目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

8月 22

 塚山は眉を上げ、そうかな? と呟いた。彼のスマホに通知が次々と来て、それらがSNSのいいねを知らせていると気づき、三喜雄はあ然とした。塚山は通知をチェックする。


「『嫁と食事ですか、ツーショットいつも視覚的に癒されます』」


 読み上げられて、三喜雄は思わずやめて、と口にしてしまった。とりあえず自分も、真面目な歌手たちの写真を投稿する。すると速攻、通知が3件来たので、ちょっと驚いた。


「これ、おまえと俺の両方をフォローしてる人っているのかな?」

「え? めちゃくちゃいるぞ、何言ってんだ」


 三喜雄は自分のアカウントのフォロワーが、他に誰をフォローしているかを、ほぼチェックしたことは無い。しかし塚山の言うことは誇張ではないらしく、三喜雄のスマホも賑やかになってきた。


『同時に写真上げるとか♡仲良しなんですね♡関西でも共演してほしいです♡』


 アプリを立ち上げメッセージを確認すると、まだ酔っていないのに三喜雄の視界が回った。


「関西で歌うなら1人で行くよ、俺こんな風にずっと言われるのか?」


 塚山は三喜雄のスマホを覗きこみ、だははと笑った。


「ファンの素直な反応だろが、俺んとこのこれを見ろ」


 塚山がこちらを向けたスマホの画面には、好意的なリプライに混じり、捨て垢と見られるアカウントからの難癖が並んでいた。


『うざいわ調子に乗るな、早く消えろ』

『片山三喜雄以外に友達いないんだろ?』

『こいつがもてはやされるオペラ界マジ終わってる』


 三喜雄はそれを見て、呆れると同時に腹立たしくなった。何が気に入らないのか知らないが、正体を明かさず汚い言葉をぶつけてくるこの連中は、一体何なのか。

 すると三喜雄のところにも、何かやってきた。塚山にクソリプを送ってきたのと同じ捨て垢からのメッセージだった。


『最近調子に乗ってるよな、実力も無いおまえの人気なんか一過性に決まってるだろ笑』


 クラシックファンと見られるアカウントから、あなたの歌には力が無いなどと直接言われたことは数回あるが、これはここ最近で、一番攻撃的なリプライだった。

 三喜雄は溜め息をついた。こういう一方的な攻撃にもだいぶ慣れたとはいえ、嫌な気持ちにならないわけではない。


「おまえのせいで俺んとこにもこんなのが……」

「見せろ」


 塚山は三喜雄宛てのリプライを読み、目をぎらつかせた。そして予想外の行動に出る。


「おまえはこいつを無視しとけ、今から俺が潰す」

「えっ! そんな虚しいことやめろ」


 三喜雄は焦ったが、このテノール歌手は三喜雄が認識する以上に、敵と見做した相手を叩き潰そうとする攻撃性を備えているのだった。


「こいつからより誹謗中傷的な言葉を引き出して運営に通報するんだ……俺のファンも怒って通報してくれるから、蜂の巣にされて尻尾を巻いて逃げ出すぞ」


 塚山はにやにやしながら親指をキーパッドに走らせる。三喜雄は恐ろしくなり、黙ってビールを飲む。

 しかし同様の小競り合いが、三喜雄のアカウント内でも始まっていた。先ほどのリプライに、早速複数のアカウントが噛みついている。それを見て、三喜雄は有り難いような恐ろしいような複雑な気持ちになった。そしてその中に、堂々と本名で発言する者を見出してしまう。


『私のみっきぃにクソリプするんじゃねぇよ、おまえ同業者か? さぞかし実力があるんだろうな、コンサートの案内私によこせよ、飛んで行ってやるわw』


 ローマ在住のソプラノ歌手、太田おおた紗里奈さりなだった。きみのみっきぃでもないんだが、と三喜雄は心の中で彼女に突っ込んだ。大学院の同期である太田は、学生時代にガチンコで三喜雄に交際を迫ってきたのだが、三喜雄がのらりくらりとかわしていた。

 三喜雄のフォロワーたちが、サリ様(イタリアでも人気のプリマドンナである彼女は、日本のオペラファンからそう呼ばれている)降臨と言ってやんややんやと盛り上がる。


「塚山、SNSって疲れる……」


 捨て垢叩きに一段落ついたのか、スマホをテーブルに置いた塚山は、そう呟く三喜雄を不思議そうに見つめた。


「クソ垢は無視するか戦うかどちらかだ、でも俺もやり過ぎたら事務所から叱られるから、最近あまり戦わないぞ」


 こんな話を聞くと、三喜雄はこの高校時代からの歌友が、常にパワーを有り余らせているのだと実感する。


「俺はそんなことに時間も力も使いたくないから、無視一択で」

「おう、俺と太田で守ってやるぜ」


 塚山は学部生時代、太田紗里奈と短い期間交際し、派手に喧嘩して別れていた。今も顔を合わせることがあれば、すぐに言い合いになる。似た者同士だからすぐぶつかるけれど、意気投合すればもの凄いパワーを発露してくれそうなので、三喜雄は好意に甘えることにした。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?