羽田空港の到着出口を出ると、ちょっと懐かしいシルエットの男性が、三喜雄をすぐに見つけてくれた。その人はいかんせん周りの日本人たちと比べて、頭ひとつ飛び抜けているので、三喜雄の視界にもすぐに入る。
「三喜雄、お帰りなさい」
ノアが傍らに来てくれて、三喜雄はほっとしたことを自覚する。この場で湧いたその感覚は三喜雄にとって、逆に違和感があった。羽田は20代の頃から何度となく使っており、惰性混じりに慣れているが、普段ならほっとすることはない。故郷から嫌々戻ってきて、また東京だなと、冷めた気持ちで認識する程度だ。
「ただいま戻りました」
三喜雄は自らの違和感を意識の奥に押し込めて、仕事帰りにわざわざ迎えに来てくれた同居人を見上げ、報告するように言った。
ノアはカフェオレ色の瞳に、慈しみのようなものを混えた笑みを浮かべていた。短期留学に行っていた息子の顔を、久しぶりに見たかのようである。
三喜雄にとって彼は、いろいろ迷惑をかけているパトロンだ。しかし同時に、顔を見ると微かな緊張感が湧きつつも、胸の中がぽっと温まるような存在でもある。その気持ちを敢えて何かと比べるなら、札幌に戻り藤巻のレッスンに行く時に感じるものと似ていた。
「疲れたでしょう、今日は車を出してもらいましたよ」
「え?」
ノアに言われて初めて、彼の傍に控えるように立つ人物に気づいた。シャツとスラックスを身につけた、初老の男性である。
「フォーゲルベッカー日本法人秘書室所属の
「あ、はじめまして……片山です」
やっぱり運転手がいるんじゃないか。三喜雄はやや驚きつつ、挨拶する。ノアは軽く笑った。
「私は普段あまり戸部さんのお世話にはなりません、今日はこっち方面に仕事で来ていたので、ついでに羽田まで行ってほしいとお願いしました」
戸部は、お願いだなんて、と困惑混じりに言う。
「私はCOO専属と聞いて雇われたのですが、電車でばかり移動されるので、社用車が誰でも乗せる車になってしまっています」
それでは、ノアの専属であるよりも忙しいのではないのか。三喜雄はそう口にしかけたが、戸部は車を回すのでしばらくお待ちくださいと丁寧に言って、その場を離れた。
ノアは運転手を見送りながら、三喜雄に言った。
「本当によく気がつく人です……福祉タクシーというのですか、運転していたのですが」
三喜雄はノアに促され、キャリーケースを引いた。いつもなら京急の乗り場に向かうところなので、少し戸惑う。ノアは戸部の話を続けた。
「タクシー会社が大きなところに吸収されてから丁寧なサービスができなくなったので、嫌気がさしていたそうなんです」
見た感じは、戸部は60を過ぎているかどうかといったところなので、タクシー会社の定年が見えていただろう。フォーゲルベッカーへの転職は、大胆な決断だったに違いない。
「よく考えたら、三喜雄を迎えに行くのは私用なので、戸部さんの残業代に口止め料を上乗せしないといけません」
それを聞き、三喜雄はおいおい、と突っ込みそうになる。微妙な気分になったものの、車でカレンバウアー邸まで帰ることができるのは、ちょっと嬉しいのも事実だった。
リムジンバスやタクシーを避けて滑りこんできたシルバーのセダンが、三喜雄とノアの前に止まるなりトランクを開いた。すぐにノアがそれを大きく開き、キャリーケースを入れるよう三喜雄を見る。
戸部が運転席から出ようとするのを軽く手で制して、ノアは自ら後部座席のドアを開けた。
「奥へ行ってください」
「あ、はい……」
俺が先に乗るのはどうなんだろうと思いつつ、三喜雄はふかふかしたシートに腰を下ろす。ノアも後から素早く車に乗り込み、速やかに出発した。
「そうそう、4時前に本社から、CMが来たんですよ……松本さんには送りました、三喜雄はもう空港だと思って、送らなかったんですが」
ノアの言葉に、スマートフォンを機内モードにしたままだったことに気づく。三喜雄がそれを解除すると、松本咲真から狂喜乱舞するハシビロコウのスタンプとメッセージが、RHINEに届いていた。
『おおおああぁぁ俺の名前画面に出た! 一瞬やしローマ字やし読めへんやんって家族全員から突っ込まれた! 確かに!』