「これは剣と魔法、人間と魔族が長年に争い続けている世界でのお話……」
「ちょっと待て!」
エリザベートが話始めたのを私は遮った。今、不可解な言葉が聞こえたような気がしたためだ。
「なんですの? まだ何も話してはいませんわよ?」
「遮って申し訳ないが、今、『剣と魔法』と言ったか? それに『魔族』とも言ったか? なんだそれは。小説や物語の話か?」
いきなり魔法だの魔族だの言われても困惑する。そんなものは現実世界には存在しない。御伽噺や小説あるいは漫画やゲームの話だ。
「今更ですわね。この『魂書』はありとあらゆる並行世界に存在する生命のものですわ。当然、あなたの生きていた世界の『魂書』もあれば、まったく違う文化、文明、さらには世界の在り方すら違う時も当然ありますわ。そんな数多あるあなたの世界とは異なる世界……言うなればそう、異世界。そんな世界の中には魔法も魔族も魔王も存在する世界は数多に存在致しますわよ」
確かに並行世界の話はしていたような気もするが、あまりにも想定とは違う世界の話だ。
「わかった……。そんな世界が存在することは認めよう。だが、そんな世界の事件、私に解決できるとは思えない。その世界では常識かもしれないが私にとっては魔法だのは身近になかったものだ。原理も効果もわかったものではない。そんなものが存在しては真相などわかりようがないだろう」
例えば、水のないところで溺死していた死体があった場合、私の常識では別の場所で殺害されたか、水以外の気化性の高い液体などが死亡に関わっていたと考えられる。これが魔法があった場合どうだろう。超常現象のように何もない空間から水が現れ、被害者の頭を覆い溺死させ、その後跡形もなく消失する……そんな魔法があったらお手上げだ。さらに言えばその魔法の使用者がそばにいる必要がなく、遠い地で遠隔に行えたなら最早完全犯罪だ。そのように私の常識外の現象を引き起こせるものが存在するなら私の手には負えない。
「まあ、言いたいことはわかりますわ。わたくしから言えることは、あらゆる可能性を考慮しなさいとしか……。無論、魔法に関してはわたくしが知識を持っていますし、可能な限り支援はするつもりですわ。それに今回の事件はただ魔法の介在だけでは何とも説明がつかないものですので、あなたの知恵を拝借したいわけですわ」
確かに魔法だけで解決するようなものなら既にこの女が適当な解決策を見つけて、自分が納得する結論を付けていることであろう。それだけでは判断がつかない、別の視点が必要。そうまさに、科学文明の申し子と呼ばれる世界に存在していた、私のような人物の視点が必要なのであろう。魔法を排除した思考と視点。それが望まれているものなのであろう。
「納得はしていないが、承知した。話の腰を折って悪かったな。続きを話してくれ」
「では……」
一呼吸置いた後エリザベートは話始めた。
「これは剣と魔法、人間と魔族が長年に争い続けている世界でのお話。この世界には面白い法則があるのですわ。それが勇者と魔王の存在。おおよそ一〇〇年に一度、魔王と呼ばれる存在がこの世界には出現しますわ。そして、魔族たちを統率し人間たちの生存を脅かす。人間たちも唯々やられているわけではなく、『勇者の剣』と呼ばれる魔王を唯一殺すことのできる剣を抜く者が一〇〇年に一度『必ず』現れるのですわ。そして、魔王に戦い挑む。勝てば後の一〇〇年は人間たちの天下。負ければ後の一〇〇年は魔族たちの天下。そうやって歴史を繰り返している世界があるのですわ」
何とも俄かには信じ難い世界だ。一〇〇年に一度の周期で『勇者』と『魔王』という世界の支配権を決める役者が現れ、その勝敗によって世界の情勢が変わるのであろう。我々の世界では到底考えられない。一種のゲームのようにすら思える。
「さて、そんな世界ですが、ここでひとつ革新的な事態が起きるのですわ。長きに渡る戦いに終止符が打たれる……人間と魔族が和睦をする運びになったのですわ。細かな理由とかは省きますけれども、当代の魔王が随分と柔軟な考えをする人物だったようですわね。人間側の代表の国と話し合い、戦いを終わらせて平和に暮らそうというのが大筋ですわ。そして、人間の国でその調印式典が執り行われる手筈になっておりましたわ」
野蛮な世界かと思っていたが、なかなかに聡明な人物もいたようだ。しかもそれが魔王とは。これがアニメや漫画なら、人間側の勇者が争いの悲惨さを訴えるような感じなのではないだろうか。魔族の王とは言え、なかなかにできた人物のようだ。
「その式典に参加するべく、魔王は人間の国に滞在していましたわ。そして、悲劇は起きてしまう。式典の前夜、何者かによって魔王が殺害されてしまいますわ」
ふむ。そこで殺人事件が発生するのか。なるほど、和平に反対する勢力や、人間側の利権関係、怨恨など絡み合ってきそうな話になってきた。だが、しかし……。
「殺されたのは魔王なのだな?」
「ええ、そうですわ。魔王ですわ」
「だったら話は簡単であろう。魔王を唯一殺せるのは『勇者の剣』だけなのであろう? と、いうことは犯人は勇者ではないか?」
「……その通りですわ。いえ、そうなのですわ。そうであるはずなのですわ」
何とも歯切れが悪く言い淀むエリザベートを私は見つめる。
「では、もう少し状況の話を致しましょう。殺害された魔王の部屋は内側から鍵がかかっており、窓にもきつく施錠がされいわば密室の状態。その部屋で魔王はうつ伏せに倒れて、その背中には『勇者の剣』が刺さっていましたわ」
ほら見ろ。それが凶器ではないか。密室の件はひとまず置いておくが、『勇者の剣』で殺されていたなら犯人は勇者であろう。……いや、もしかして『勇者の剣』は他の人物でも使用することができるのか?
「ひとつ聞きたいのだが『勇者の剣』というのは勇者以外にも使えたりするのか?」
「いい質問ですわね。けれども今はその話は置いておきましょう。事件の話を最後までさせてくださいな」
どうやら事件は終わりではないらしい。
「貴方が考えた通り『勇者の剣』で殺されているのですから、当然勇者が、いの一番に疑われましたわ。本来ならば魔王を討ち取ったのですから英雄扱いでしょうが、今回のように和平交渉のためにきた相手国の代表を殺したのであれば、それは立派な暗殺ですわ。当然投獄され、犯罪人として処罰されるわけです」
至極当たり前の話だ。どこの世界であろうとこれは変わらない話であろう。
「ですが、この勇者、魔王の殺害を一切否認致しますわ。自分は殺していない、と。数日取り調べや調査をしたようですが、ある日勇者は獄中で死亡致しますわ。人間側の報告では自殺と結論付けられたようですが、どうにもその結論に疑義が生じるのです。もし、本当に勇者が魔王を殺害していないのであれば、真犯人が存在することになりますわ」
なるほど事態が読めてきた。犯人であるはずの勇者は犯行を否定。無罪を主張していたわけか。曲がりになりも勇者と言われる人物だ、嘘や偽りを平気で言うような人物ではないと思う。となると、自殺と結論付けたのも何かしらの陰謀の香りがしてくる。あるいは真犯人が自殺に見せかけて殺したか。可能性はあり得る。
「成程……かなり難解な事件のようだな。少し興味が湧いてきた。別に制限時間とかはないのだよな? ゆっくりと紐解いて行こうではないか」
「あら? 急にやる気が出てきましたわね? まあ、いいですわ。では、まず魔王の殺害された状況から説明することに致しましょう」