「では、現場の状況説明から……。先程も申し上げました通り殺されたのは魔王ですわ。これは本当に魔王本人であり、誰かが入れ替わっているとか、影武者であるとかそういった類の物ではありませんわ。殺されたのは確実に魔王でしたわ」
先手を取られたが、替え玉の可能性を実は考えていた。死体の入れ替えトリックなどミステリの王道でよくある話だ。あとは双子の可能性か。
「一応聞いておくが、双子であったとか兄弟がいたとかそういうことはあるのか?」
「いいえ、ありませんわ。魔王と呼ばれる存在は世界で唯一人であり、双子も兄弟も存在しませんわ。もし、仮に存在していたとしてもそれは魔王ではありませんわ。魔王とそして勇者は世界が与えた役割でありそれは世界で一人しか存在を許されませんわ」
「ふむ。では勇者も魔王も血筋によって定められるわけではないのだな?」
「ええ、その通りですわ。血筋は関係致しませんわ。例えば過去の勇者の子孫が必ずしも当代の勇者になるかはわかりませんわ。まったく関係のない貧民の子共が勇者になる可能性だってありますわ。何を基準に決めているかなどはわたくしは存じ上げませんけれども。それは魔王側も同じことですわ。ですので、当代の勇者と魔王はそれぞれたった一人ずつしかいない……と、考えてくださいな。従って先代の魔王が死んだ……というわけでもないことをご理解くださいな」
難儀な話だ。理由はわからないがいきなり大層な役割を押し付けられるわけなのだから。勇者も魔王もやりたくてやっているわけではないだろう。そんな責務を世界から押し付けられるとは。ああ、だから当代の魔王は人間と話し合うという考えに至ったのかもしれないな。
「しかし、一体その魔王と勇者はどうやって任命されるものなのだ? 神にでも指名されるのか?」
「いいえ。勇者については『勇者の剣』を抜くことのできるモノが勇者とされていますわ。魔王は同じように『魔王の珠』と呼ばれるものに選ばれるようですわ」
「ふむ、過去にその二つは破壊を試みたことはないのか? そうすれば役目から解放もされるだろうに」
「過去にあったようですわね。ですが、いつの間にかまた復元し元通りになってしまうようですわね」
どうしてもこの争いを続けさせたいようだ。それは神の意志なのか、はたまた過去の文明の遺物か。その世界に住む人々に取ってはえらく迷惑な話であろう。
「勇者と魔王のシステムについてはわかった。殺害現場の状況に戻ろう」
「ええ、それでは簡単なものですが……」
そう言うとエリザベートの手が光り出し、その手を広げると目の前の空間に立体的な図が浮かんできた。まるでディスプレイに表示される3Dモデルのように。見た所それは四角い部屋を俯瞰した状態の図であるようだ。おそらく今回の殺害現場の密室の部屋を模しているのであろう。
「まず、この部屋にあるのは出入り口である扉、そして明り取りの硝子窓、簡易な机と本の入っていない本棚、そして寝具」
そう言うと表示された部屋の長辺に扉と思しきものが出現する。次に扉と正反対の長辺に窓、部屋の短辺の隅に本棚とその横に机、そして反対側の短辺にベッドのようなものが出現した。おおよその部屋の概略図であろう。魔王という賓客を迎える客室にしては少し貧相な気もするが、異世界の感性ではこれが普通なのかもしれない。極々一般的な家具と部屋であろう。
「その部屋のほぼ中央あたりで魔王はうつ伏せに倒れて死んでいましたわ」
図の部屋に人を模したような青い物体が表示される。テレビで見る様な殺害現場のイメージ図のような感じだ。何ともわかりやすく便利なものだ。
「魔王の背には『勇者の剣』が刺さっており、それが心臓を貫いていました。辺りは出血による血だまりが出来ていましたわ。その血だまりを踏んだような足跡も、乱れもなかったことから背後から心臓を一突き、即死だったのでは、と言うのが考えられる死因ですわね」
何者かが部屋に侵入し、魔王の不意を突き剣でグサリ。魔王と呼ばれる存在がそんな簡単に背後を取られ、不意打ち程度で死ぬのもおかしな話な気がする。
「魔王の遺体の周囲にダイイングメッセージなどはなかったのか?」
「だいいんぐめっせーじ? ええと……ああ、死んだ時に犯人の手掛かりを遺すものですわね。特に犯人を特定するための手助けとなる様なものは何も遺されていませんわね。とはいえ、背中に刺さった『勇者の剣』が動かぬ証拠……とも言えなくはありませんけども」
「なるほど……では『勇者の剣』の話を……」
「その前に」
エリザベートは部屋のモデルの出入り口と思しき扉を指差した。
「この部屋の唯一の出入り口である扉は、内側から施錠をされていましたわ。極々一般的にありふれた鍵の機構で、補助鍵などは存在しませんわ。部屋にある窓も嵌め殺しの窓で、そこから出入りするには破壊するしかありませんわね。ですが、窓には傷ひとつついていませんわ」
典型的な密室殺人と言ったところか。窓からの侵入は事実上不可能ということか。だが、それはあくまでも私の常識での話だ。方法がないかの確認を取る必要がある。
「その窓から侵入するには本当に破壊するしかないのか? 例えば壁をすり抜けるような魔法などで痕跡を残さず侵入することは可能か?」
「いいえ、不可能ですわね。壁を貫通するような魔法は存在しませんわ。それに現場は塔の上階に位置し、そこまで登るのにも一苦労あるような場所ですわ。痕跡を残さないというのは難しいでしょう」
なるほど。やはり窓からの侵入は不可能と見て間違いないだろう。そうなると、犯人は唯一の出入り口の扉から堂々と侵入したことになる。その場合、考えられることは二つ。一つは、その扉の合鍵等を犯人が持っており、それを使って侵入したケース。もう一つは、魔王自らが部屋に犯人を招き入れたケースだ。だが、この場合は魔王の所持している鍵を使用して犯行後施錠する必要が出てくる。つまり犯人は鍵を所持していることになる。
「では、部屋の鍵について話そう。唯一の出入り口の部屋の鍵は誰が持っている? まず、その部屋を使用した魔王が所持しているものがあるだろう。それ以外は存在するのか?」
「ええ、もちろん。まず、魔王が所持しているもので一本。合鍵は他の部屋の鍵束と一緒になっているものが一本。存在するのはこの計二本ですわ」
「魔王の所持している鍵は部屋に残っていたのか?」
「はい、魔王の衣服の中から出てきましたわ。なので、犯人が奪って犯行後施錠した……ということは考えられませんわね」
となれば、鍵束の合鍵を使用したと考えるのが妥当か。
「なら、その合鍵の鍵束を当日持っていた人間が怪しいな」
「そう……とも言い切れませんわ」
エリザベートは歯切れ悪く、私の顔から眼を背けた。どうやら何かあるらしい。
「まず、この鍵は非常に作りが単純なものですわ。一般人には無理でしょうが少し知識のあるものなら事前に複製して合鍵を作り出しておくことも可能でしょう。それに、合鍵などを作らなくても開錠の知識や技術があるものなら扉の鍵を開けることもできるでしょう。そして、その開錠はなにも専門の技術だけではなく、魔法での開錠方法というのもありますわ」
そう来たか。事前に魔王の宿泊する部屋を特定でき、尚且つ合鍵の束に触れることのできる関係者ならば複製することも可能ということか。そして、鍵開けの技術または魔法を有するものならその手間を掛けずとも開錠は可能と。そうなると侵入方法は多岐に渡ってくる。犯人を特定するにはあまりにも広すぎる。
「ただし、この中で魔法に関してはもしかしたら除外してもいいかもしれませんわ」
「ん……? それは何故だ?」
「魔法というのは使用するときに微量ですが魔力の波動を発生しますわ。普通の人間ならそれに気付くことはまずないでしょうけども、魔族の王である魔王は相当な魔法の使い手であるかと思われますわ。そんな魔王が魔法を使用されたことに気付かないはずがないのでは、とわたくしは思っています」
魔王は魔力を感知することができる……。そう仮定するのであれば確かに扉の開錠に魔法を使用することはかなりのリスキーであろう。中の魔王に気付かれては意味がない。
「成程……。だとするとやはり物理的な開錠をしたか、あるいは合鍵を使用したか。その辺りになるわけだな。では、複製が作られていないと仮定して、合鍵の束が管理されていたはずだがそれは当日どこにあったのだ?」
「合鍵の束は当日の警備責任者が所持して、夜間の見回りなどに使用しているようですわね。そして、魔王が殺害された時の警備責任者は……勇者ですわ」