「アルシュさん。最近、人さらいの未遂事件が起きているって聞いたわ」
ご近所のおばあさんがお店に来て、私に教えてくれた。町に人が増えたのは賑やかでいいけれど、だんだん治安が悪くなったようだ。
「そうなのですか……。怖いですね」
おばあさんは、夜に出歩かないこと・戸締りをきちんとすること・一人で行動しないようにね? と親切に教えてくれた。
町に犯罪を取り締まってくれる組織があればいいのにね、とおばあさんは話していた。本当にそうだ。
「湿布とハーブのお茶ですね。こちらになります」
いつも来てくれるおばあさんは腰痛に良い湿布薬と、リラックスできるハーブをブレンドしたお茶をお買い求めになった。
「ありがとうね。アルシュさんの薬はよく効くし、ハーブティーは飲みやすいから美味しいわ」
お褒めの言葉をいただいた。私はにっこりと微笑んで、おまけに試飲用のティーバッグをカウンター下から取り出した。
「このハーブティー。今度販売する予定なのですけれど、よかったら試しに飲んでみて下さい。喉などに良いハーブなので、これから良いのでどうぞ」
「まあ。ありがとう」
おばあさんは優しく笑ってくれた。
「お湯を注ぐと、きれいな青色や紫色になります。レモンを入れるとピンク色になる、面白いハーブなのですよ」
カウンターの上、目の前でガラスのカップにハーブを淹れて見せてみた。
「あら! きれいな色ね!」
おばあさんは口に手を当てていった。周りのお客さんも集まってきた。
カップにお湯を入れてしばらく青いきれいな色を楽しんだ後に、くし形に切ったレモンを入れた。
「まあ――! 色がピンク色に変わったわ! きれいね!」
「不思議!」
マロウ ブルーという、花のハーブティー。色が変わる珍しいハーブだ。
「味はないので、はちみつを入れて甘くしてくださいね。注意点としては、妊婦さんは飲まない方がいいそうです」
お客さんは「そうなのね」と言って、ピンク色になったマロウ ブルーのハーブティーを見ていた。
「いつから販売するのかしら?」
なかなか好感触だった。
「来週から予定しています」
「まあ楽しみね!」
お客さんは興味を持ってくれたようで、他のハーブティーを購入してくれた。
「あちらのお茶菓子とも合いますので、良かったらどうぞ」
ルルシアのお菓子もお勧めした。
「そうね、いただきましょう。ルルシアさんのお菓子、あまり甘くなくてちょうどいいのよね」
両方のお店で、お客さんに購入していただけた。
「ありがとうございます!」
裏庭でハーブを育てているのでお店で使っているハーブは、摘み取って新鮮なうちにお菓子の上へ飾ったり乾燥させたりしたもの。ハーブは育てやすいけれど、ちゃんと管理しないと大変だ。繫殖力が強いので庭一面、ハーブだらけになるので直に地面に植えないで鉢やプランターで育てるのがいいとされる。
ルルシアのお菓子にも、ハーブが使われている。
お客さんが買い物を終えて、店内に誰もいなくなった。
「少し、休憩しましょうか。ルルシア」
「うん」
お店の壁際に置いてある椅子に二人で座って、先ほどお客様に淹れてみせたマロウ ブルーのハーブティーを新しく淹れた。
「きれいな色ね」
ルルシアは透明なティーカップに淹れた、マロウ ブルーのハーブティーの色を見ながら私に言った。
「本当ね。ルルシアはどっちの色が好き?」
レモンの果汁を入れるとピンク色に変わった。
「こっちのピンク色の方が好きかな。アルシュは?」
ニコッと笑って聞いてきた。しばらく考えてから「……青いほうかしら」と答えた。
「やっぱりね」
そう言ってルルシアはマロウ ブルーのハーブティーの中へ蜂蜜をいれた。
「美味しい。これは話題になるわ」
まったりとルルシアと休憩をしていた。
「ごめん――入るよ! 今、営業中?」
お店の扉が開いたと思ったら、お客様がやってきた。
「あ! アンナさん!」
その顔には見覚えがあった。ギルド職員のアンナさんだった。
「アルシュ、知り合いなの?」
背が高く迫力ある女性の、今まで出会ったことのないアンナさんを見てルルシアは表情を変えた。
「え、ええ。ギルド職員のアンナさん。ルルシアのお菓子を気に入ってくれたのよ」
私が説明をすると、アンナさんは私達の方へ来てくれた。
「今ね、休憩中なの。よかったらアンナさんも、このマロウ ブルーのハーブティーを飲みません?」
私はさっそくお店に来てくれたので、アンナさんをお茶に誘った。
「いいのかい?」
「はい」
私は隣から椅子を持ってきて、アンナさんの分の席を作ってあげた。
ルルシアは立ち上がって、自分のお店からフィナンシェを持ってきてくれた。
「ちょっと形が崩れていますが、よかったらどうぞ」
カゴに入ったフィナンシェは形が崩れているけど、味に問題ないやつだ。
「ありがとう! おいしそうだ」
アンナさんは嬉しそうに椅子に座って、私がお茶を淹れるのを珍しそうに見ていた。思いがけない三人の休憩タイムになった。
「あの、何か用があったのではないですか?」
ルルシアは、アンナさんを見つめて話しかけた。私は少しルルシアがアンナさんに警戒しているのを感じた。