『あの、何か用があったのではないですか?』
ルルシアの態度が気になった。どうしたのだろう。
「ああ! 自己紹介がまだだったね。あたしはアンナ。厳つい冒険者相手にギルド職員をしている。よろしく、ルルシアさん!」
明るく自己紹介してルルシアに手を差し出した。握手をしたいようだった。ルルシアはそっと手を出して、アンナさんの手を握った。
「……見かけより、力がつよいね。ルルシアさん」
ルルシアは手をパッと放した。
「アンナさんは、ルルシアのクッキーを気に入ってお店にきてくれたのよ」
ちょっと妙な雰囲気になったので、アンナさんがルルシアのクッキーを気に入ってくれたことを話した。
「そうなんだ! 試食のクッキーが美味しかったから来たの。ギルマスもあんな厳つい顔をして、甘いもの好きだから買いに来たのさ」
「やっぱり! ギルマスさん、甘いものが好きだったのですね!」
私はギルマスさんの顔を思い出した。
「そうなの! あんな厳つい顔して黙々と食べるのよ――!」
二人で笑っていた。
かちゃん! 音のする方を見るとルルシアのティーカップからハーブティーがこぼれていた。
「ごめんなさい。手が滑ったの」
ルルシアの手に熱いハーブティーがかかっていた。私はハンカチを取り出してルルシアの手を拭いてあげた。
「大丈夫?」
「ええ」
手の甲が赤くなっていた。手当してあげたほうがいい。
「アンナさん。ルルシアがやけどをしたみたいなので、手当してあげたいの。申し訳ないけど、休憩はこれで終わりにしたいわ」
アンナさんに話かけると「わかった」と頷いた。
私は立ち上がってハンカチを濡らしにいって、自分のお店のカウンターの下から試飲用のティーバッグを取り出した。
「試飲用のティーバックを差し上げるので、気に入ってくれたなら今度販売するのでお店に来てください」
戻って、ルルシアの手の甲に濡らした冷たいハンカチをのせた。痛そうだ。
「喉に良いので、蜂蜜を入れて甘くして飲んでくださいね。青色からレモンを入れると、ピンク色になるので色も楽しめます」
「へえ! それは面白そう! ありがとう!」
私はアンナさんへ、マロウ ブルーのティーバッグを渡した。
「そうだ、忘れるところだった! またポーションを注文したくて来たの。これ注文書! 詳しく書いてあるからよろしく!」
「はい!」
アンナさんは注文書をカバンから出して私に渡した。
「評判良いよ。効き目がいいって! じゃあ、またね! ルルシアさんも!」
「すみません。また来てくださいね、アンナさん!」
アンナさんは、私とルルシアに手を振って帰っていった。元気な女性だ。
出口まで見送って、ルルシアの座っている向かいへ座った。
「ルルシア、やけどは大丈夫?」
私がルルシアに話しかけると、様子がおかしかった。下を向いていて、私の問いかけに返事がなかった。
「ルルシア?」
下を向いたまま、黙っているルルシア。私は心配になってルルシアの肩に手を乗せた。
「どうしたの?」
ピクッ、と体を動かして顔を上げた。そのルルシアの顔が泣きそうになっている。どうしたのだろう。声をかけず、ルルシアが何か言い出すまで待った。
「アルシュはあの人……。アンナさんが好きなの?」
ルルシアは濡れたハンカチを、別の方の手で押さえた。アンナさんのこと? ほんの数分間お話ししただけなのに、何かあったのかしら?
「まだ出会ったばかりだけど良い人だと思う、けど……。どうしたの、ルルシア?」
ルルシアの唇が動いている。声を発してはいないけれど、何かを言いたいけれど言葉にするのをためらっているようだった。
「アルシュが……」
なんだかもじもじとしていた。こんなルルシアは珍しい。
「わたしが……、何かしら?」
ルルシアはガタン! と椅子から立ち上がって、私に抱きついてきた。
「ルルシア?」
ギュ……と縋り付いているようだった。
「アルシュを取られそうと、思ったんだもん! 特定の人と仲良くなるの、いや!」
肩からと胴に腕をまわされて抱きついているルルシア。特定の人と仲良くなるのは、いや……か。
「アンナさんのこと? 彼女は仕事仲間でお友達よ。私がルルシアから離れると思ったの?」
優しく頭を撫でてあげるとしばらくして、コクン……と頷いた。
「馬鹿ね……そんなこと、ないわ」
ルルシアは私の肩から顔を上げて私を見た。
「ルルシアもお友達ができたでしょう? お友達と私、同じかしら?」
ちょっと意地悪な質問をしてみた。するとルルシアは顔を左右に振った。
「お友達とアルシュは違う。うまく言えないけれど」
「じゃ、私もルルシアと同じね。お友達は、お友達。ルルシアは特別なの。ルルシアは違う?」
顔を左右に激しく振った。
「……ごめんなさい。わがまま言って」
ルルシアは、シュン……として私に謝ってきた。『わがまま』、か……。
「いいのよ。やけどは大丈夫? 痛いでしょう」
体を離してルルシアの手を取った。まだ赤くなっていた。
「こっちにきて」
お客さんがちょうどこの時間にはいないので、ルルシアのやけどの手当をした。ルルシアを座らせて、手に薬を塗って包帯をした。
「そんなにひどくないけれど、痕が残らないと良いわね」
多分大丈夫だと思うけど、念のために薬を塗った。
「ありがとう」
手当をしているルルシアの手が、私の手を握った。