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第29話 アンナさん来店


   『あの、何か用があったのではないですか?』

 ルルシアの態度が気になった。どうしたのだろう。


 「ああ! 自己紹介がまだだったね。あたしはアンナ。厳つい冒険者相手にギルド職員をしている。よろしく、ルルシアさん!」

 明るく自己紹介してルルシアに手を差し出した。握手をしたいようだった。ルルシアはそっと手を出して、アンナさんの手を握った。

 「……見かけより、力がつよいね。ルルシアさん」

 ルルシアは手をパッと放した。


 「アンナさんは、ルルシアのクッキーを気に入ってお店にきてくれたのよ」

 ちょっと妙な雰囲気になったので、アンナさんがルルシアのクッキーを気に入ってくれたことを話した。

 「そうなんだ! 試食のクッキーが美味しかったから来たの。ギルマスもあんな厳つい顔をして、甘いもの好きだから買いに来たのさ」


 「やっぱり! ギルマスさん、甘いものが好きだったのですね!」

 私はギルマスさんの顔を思い出した。

 「そうなの! あんな厳つい顔して黙々と食べるのよ――!」

 二人で笑っていた。


  かちゃん! 音のする方を見るとルルシアのティーカップからハーブティーがこぼれていた。

 「ごめんなさい。手が滑ったの」


 ルルシアの手に熱いハーブティーがかかっていた。私はハンカチを取り出してルルシアの手を拭いてあげた。

 「大丈夫?」

 「ええ」

 手の甲が赤くなっていた。手当してあげたほうがいい。


 「アンナさん。ルルシアがやけどをしたみたいなので、手当してあげたいの。申し訳ないけど、休憩はこれで終わりにしたいわ」

 アンナさんに話かけると「わかった」と頷いた。

  私は立ち上がってハンカチを濡らしにいって、自分のお店のカウンターの下から試飲用のティーバッグを取り出した。

 「試飲用のティーバックを差し上げるので、気に入ってくれたなら今度販売するのでお店に来てください」


 戻って、ルルシアの手の甲に濡らした冷たいハンカチをのせた。痛そうだ。


 「喉に良いので、蜂蜜を入れて甘くして飲んでくださいね。青色からレモンを入れると、ピンク色になるので色も楽しめます」

 「へえ! それは面白そう! ありがとう!」

 私はアンナさんへ、マロウ ブルーのティーバッグを渡した。


 「そうだ、忘れるところだった! またポーションを注文したくて来たの。これ注文書! 詳しく書いてあるからよろしく!」

 「はい!」

 アンナさんは注文書をカバンから出して私に渡した。

 「評判良いよ。効き目がいいって! じゃあ、またね! ルルシアさんも!」

 「すみません。また来てくださいね、アンナさん!」

 アンナさんは、私とルルシアに手を振って帰っていった。元気な女性だ。


  出口まで見送って、ルルシアの座っている向かいへ座った。

 「ルルシア、やけどは大丈夫?」

 私がルルシアに話しかけると、様子がおかしかった。下を向いていて、私の問いかけに返事がなかった。

 「ルルシア?」


  下を向いたまま、黙っているルルシア。私は心配になってルルシアの肩に手を乗せた。

 「どうしたの?」

 ピクッ、と体を動かして顔を上げた。そのルルシアの顔が泣きそうになっている。どうしたのだろう。声をかけず、ルルシアが何か言い出すまで待った。


 「アルシュはあの人……。アンナさんが好きなの?」

 ルルシアは濡れたハンカチを、別の方の手で押さえた。アンナさんのこと? ほんの数分間お話ししただけなのに、何かあったのかしら?

 「まだ出会ったばかりだけど良い人だと思う、けど……。どうしたの、ルルシア?」


 ルルシアの唇が動いている。声を発してはいないけれど、何かを言いたいけれど言葉にするのをためらっているようだった。


 「アルシュが……」

 なんだかもじもじとしていた。こんなルルシアは珍しい。

 「わたしが……、何かしら?」


 ルルシアはガタン! と椅子から立ち上がって、私に抱きついてきた。

 「ルルシア?」

 ギュ……と縋り付いているようだった。


  「アルシュを取られそうと、思ったんだもん! 特定の人と仲良くなるの、いや!」

 肩からと胴に腕をまわされて抱きついているルルシア。特定の人と仲良くなるのは、いや……か。

 「アンナさんのこと? 彼女は仕事仲間でお友達よ。私がルルシアから離れると思ったの?」

 優しく頭を撫でてあげるとしばらくして、コクン……と頷いた。


  「馬鹿ね……そんなこと、ないわ」

 ルルシアは私の肩から顔を上げて私を見た。

 「ルルシアもお友達ができたでしょう? お友達と私、同じかしら?」

 ちょっと意地悪な質問をしてみた。するとルルシアは顔を左右に振った。

 「お友達とアルシュは違う。うまく言えないけれど」


  「じゃ、私もルルシアと同じね。お友達は、お友達。ルルシアは特別なの。ルルシアは違う?」

 顔を左右に激しく振った。

 「……ごめんなさい。わがまま言って」

 ルルシアは、シュン……として私に謝ってきた。『わがまま』、か……。

 「いいのよ。やけどは大丈夫? 痛いでしょう」


  体を離してルルシアの手を取った。まだ赤くなっていた。


 「こっちにきて」

お客さんがちょうどこの時間にはいないので、ルルシアのやけどの手当をした。ルルシアを座らせて、手に薬を塗って包帯をした。

 「そんなにひどくないけれど、痕が残らないと良いわね」

 多分大丈夫だと思うけど、念のために薬を塗った。


 「ありがとう」

 手当をしているルルシアの手が、私の手を握った。



















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