ちゅ……。
「え」
私の指先に柔らかいものが触れた。
「ふふっ。アルシュの指、細くてきれい」
上目づかいに私を見たルルシアは、いたずらっ子のように笑った。
「アルシュ、手当ありがとう! 休憩は終わりね。お客さんが来たみたい」
そう言ってルルシアは、立ち上がって自分のお店の方へ行ってしまった。私は呆然としてルルシアの後姿を見ていた。
「……」
これはいわゆる人間の、思春期……というものだろうか?
『アルシュちゃん、大変だけど何かあったら私らに聞いてね。力になるわ』
ご近所のベテラン奥様達の、優しい言葉を思い出した。
相談してみようかと思うけど、ルルシアとどう出会ったか聞かれたくない。親戚関係……と話しているけれど、おしゃべり好きな人がいたら困る。
「いらっしゃいませ」
お客様がいらしたので、カウンター内へ入った。
「アルシュさん! また人さらいがいたらしいわよ。町の中をウロウロしていたって!」
近所の常連の奥様の一人がお店に来て、教えてくれた。
「なんでも若い女性を無理やり連れていこうとしたのですって!」
怖いわね! と奥様は言った。
前にも気をつけてと言われていた。町を安全に見回ってくれる人はいないのだろうか?
「ルルシア。ちょっと、ギルドに行って来ていいかしら?」
私は接客が終わったルルシアに話しかけた。ルルシアはキョトンとした顔をした。
「いいけど……。気をつけて」
「ルルシアも。何かあったらご近所さんを頼ってね」
お店の中にいた年配のお客様たちが「まかせて!」と言ってくれた。ありがたい。
私はエプロンを外して、お店の外に出た。向かうのはギルド。
ギルドの前にはいつも厳つい冒険者たちがいて、依頼の成果や貴重な情報交換を話している。
「おっ! アルシュさん。今日はポーションを持ってないな」
顔なじみの冒険者がいて、話しかけてきた。
「ええ。そういえば……。最近、人さらいがこの町に現れているみたいだけど、何か知っている?」
ギルドに訪れる冒険者なら何か知っているかもしれない。そう思って聞いてみた。
「ああ! 人さらいっていうか、誰かを探しているみたいなんだが……」
剣を二本持った冒険者が話しかけてきた。
「誰かを探している?」
人さらいじゃなく? 正確な情報ではないのかしら。
「あ――、俺も聞いた。なんでも、どこかの偉い人に頼まれて人を探しているって話」
顔なじみの冒険者も聞いたと言った。
「そうだな。どこの誰だ? と聞いても教えてくれなかったって話だろ。やばい話なんじゃないかと噂している」
人さらいではなく、人を探しているという話。どうして『人さらい』と言われているのだろう。
「ねえ。私が聞いたのは『人さらい』なのだけれど。誰かを探しているのなら、なんで『人さらい』と言われているの?」
人さらいと噂が広がったなら、人を探すどころじゃなくなるのではないかしら。
「ああ。なんでも似たような感じの人を強引に連れていこうとするから、らしいぜ」
「強引に、か? そりゃ、人さらいって言われるわ!」
教えてくれた冒険者たちは「なるほどなぁ――!」と納得していた。
「その探している人物って、似顔絵とか何かあるの?」
何となく気になった。
「アルシュさん。それならギルド職員のアンナさんが知っているかも」
剣を二本持った冒険者が教えてくれた。
「ありがとう。聞いてみるわね」
私はギルドの中へ入ろうとした。 けれど剣を二本持った冒険者に引き留められた。
「あんまり深入りしない方がいい。探ろうとした冒険者が行方不明になったとか、口封じされたとか風のうわさで聞いたぞ」
ギルドの入り口にいた冒険者たちは、お互いの顔を見合わせた。
「なんかヤバい感じがするから、気をつけな。アルシュさん」
「ありがとう!」
厳つい人達だけど、お互いに情報交換して危険を避けている。
「こんにちは。アンナさんいるかしら?」
ギルドの中には依頼を受けに来た人たちがいた。私は真っすぐにカウンターへ向かった。
「あら? アルシュさん。先ほどはどうも、ごちそう様!」
ニコッと笑って挨拶をしてくれた。
「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……。今、
私はカウンター越しにアンナさんと話をした。ここじゃ話をするには人が多すぎる。
「……いいわ、きて。代わりに冒険者のことお願いね。オリバー」
アンナさんは隣にいたギルド職員に声をかけた。
「わかりました」
コンコン!
「アンナです。お客様をお連れしました」
ノックの後、低い声が聞こえた。
「入れ」
「失礼します!」
ドアを開けるとギルマスがこちらを睨んでいた。
「アルシュさんか。今日は納品日じゃなかったはずだが。まあ座れ」
変わらず迫力がある人だが、甘いものを好きという情報を知っているので怖くない。
「お仕事中、すみません。ちょっとお聞きしたいことがありまして……」
私が座るとアンナさんがお茶を淹れてくれた。ありがとう御座いますと言って、一口飲んだ。
「聞きたいことって、人さらい……いや人捜しについて、か?」
ギルマスは静かに私に言った。