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第30話 町の人のうわさ


 ちゅ……。

 「え」

 私の指先に柔らかいものが触れた。

 「ふふっ。アルシュの指、細くてきれい」

 上目づかいに私を見たルルシアは、いたずらっ子のように笑った。


  「アルシュ、手当ありがとう! 休憩は終わりね。お客さんが来たみたい」

 そう言ってルルシアは、立ち上がって自分のお店の方へ行ってしまった。私は呆然としてルルシアの後姿を見ていた。


 「……」

 これはいわゆる人間の、思春期……というものだろうか? 

『アルシュちゃん、大変だけど何かあったら私らに聞いてね。力になるわ』

 ご近所のベテラン奥様達の、優しい言葉を思い出した。


 相談してみようかと思うけど、ルルシアとどう出会ったか聞かれたくない。親戚関係……と話しているけれど、おしゃべり好きな人がいたら困る。


 「いらっしゃいませ」

 お客様がいらしたので、カウンター内へ入った。


 「アルシュさん! また人さらいがいたらしいわよ。町の中をウロウロしていたって!」

 近所の常連の奥様の一人がお店に来て、教えてくれた。

 「なんでも若い女性を無理やり連れていこうとしたのですって!」

 怖いわね! と奥様は言った。

  前にも気をつけてと言われていた。町を安全に見回ってくれる人はいないのだろうか?


  「ルルシア。ちょっと、ギルドに行って来ていいかしら?」

 私は接客が終わったルルシアに話しかけた。ルルシアはキョトンとした顔をした。

 「いいけど……。気をつけて」

 「ルルシアも。何かあったらご近所さんを頼ってね」

 お店の中にいた年配のお客様たちが「まかせて!」と言ってくれた。ありがたい。


  私はエプロンを外して、お店の外に出た。向かうのはギルド。


  ギルドの前にはいつも厳つい冒険者たちがいて、依頼の成果や貴重な情報交換を話している。

 「おっ! アルシュさん。今日はポーションを持ってないな」

 顔なじみの冒険者がいて、話しかけてきた。

 「ええ。そういえば……。最近、人さらいがこの町に現れているみたいだけど、何か知っている?」

 ギルドに訪れる冒険者なら何か知っているかもしれない。そう思って聞いてみた。


 「ああ! 人さらいっていうか、誰かを探しているみたいなんだが……」

 剣を二本持った冒険者が話しかけてきた。

 「誰かを探している?」

 人さらいじゃなく? 正確な情報ではないのかしら。


 「あ――、俺も聞いた。なんでも、どこかの偉い人に頼まれて人を探しているって話」

 顔なじみの冒険者も聞いたと言った。

 「そうだな。どこの誰だ? と聞いても教えてくれなかったって話だろ。やばい話なんじゃないかと噂している」


  人さらいではなく、人を探しているという話。どうして『人さらい』と言われているのだろう。

 「ねえ。私が聞いたのは『人さらい』なのだけれど。誰かを探しているのなら、なんで『人さらい』と言われているの?」

 人さらいと噂が広がったなら、人を探すどころじゃなくなるのではないかしら。


 「ああ。なんでも似たような感じの人を強引に連れていこうとするから、らしいぜ」

 「強引に、か? そりゃ、人さらいって言われるわ!」

 教えてくれた冒険者たちは「なるほどなぁ――!」と納得していた。


  「その探している人物って、似顔絵とか何かあるの?」

 何となく気になった。

 「アルシュさん。それならギルド職員のアンナさんが知っているかも」

  剣を二本持った冒険者が教えてくれた。


 「ありがとう。聞いてみるわね」

 私はギルドの中へ入ろうとした。 けれど剣を二本持った冒険者に引き留められた。

 「あんまり深入りしない方がいい。探ろうとした冒険者が行方不明になったとか、口封じされたとか風のうわさで聞いたぞ」

 ギルドの入り口にいた冒険者たちは、お互いの顔を見合わせた。


  「なんかヤバい感じがするから、気をつけな。アルシュさん」

 「ありがとう!」

 厳つい人達だけど、お互いに情報交換して危険を避けている。ギルドここで嘘や騙しあいは許されない。厳しい掟はある。


 「こんにちは。アンナさんいるかしら?」

 ギルドの中には依頼を受けに来た人たちがいた。私は真っすぐにカウンターへ向かった。

 「あら? アルシュさん。先ほどはどうも、ごちそう様!」

 ニコッと笑って挨拶をしてくれた。


  「ちょっと聞きたいことがあるのだけれど……。今、、いいかしら?」

 私はカウンター越しにアンナさんと話をした。ここじゃ話をするには人が多すぎる。

 「……いいわ、きて。代わりに冒険者のことお願いね。オリバー」

アンナさんは隣にいたギルド職員に声をかけた。

 「わかりました」


 コンコン! 

 「アンナです。お客様をお連れしました」

 ノックの後、低い声が聞こえた。

  「入れ」


  「失礼します!」

 ドアを開けるとギルマスがこちらを睨んでいた。

 「アルシュさんか。今日は納品日じゃなかったはずだが。まあ座れ」

 変わらず迫力がある人だが、甘いものを好きという情報を知っているので怖くない。


 「お仕事中、すみません。ちょっとお聞きしたいことがありまして……」

 私が座るとアンナさんがお茶を淹れてくれた。ありがとう御座いますと言って、一口飲んだ。


 「聞きたいことって、人さらい……いや人捜しについて、か?」

 ギルマスは静かに私に言った。















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