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第36話 アンナさんの家へ


  「どうぞ狭いけれど入って!」

 「お邪魔します……」

  アンナさんの家へお邪魔させてもらった。そういえば宿屋とかお店に行ったことはあるけれど、こうやって人間の家を尋ねるのは初めてだった。ルルシアもそうだろう。今頃、楽しんでいるといいけれど……。


 「ルルシアちゃんのことを考えているの? 今ぐらい、あなたはあなたで楽しんだら良いからね」

 どうぞ座って、とアンナさんに言われた。

 「ありがとう」

 上着を脱いで椅子の背もたれへかけた。確かにルルシアが楽しんでいる間、私も楽しんだら良いか。


 「アルシュさん、お酒は飲めるイケるかしら?」

 アンナさんはニッ! と笑って、お酒のビンを見せた。

「ええ。アンナさんはお酒に強そうね」

 私が椅子に座ると、色々なお酒をテーブルに置いた。私はそれを手に取ってどんなお酒なのか見てみた。


 「おつまみも作るわ!」

 「ありがとう。でも気をつけて帰らないといけないから、お酒は少しにするわ」

 アンナさんはキッチンへ向かった。何か作っているらしい。


 そんなに広くないけれど、必要最低限の家具や道具があって暮らしやすそう。あまり飾りはないけれど、ネコの置物が窓側の棚に置いてあった。ネコ、好きなのだろうか? この家に動物がいる気配はないので、ネコを飼ってはいないようだ。

 そういえば私とルルシアは、動物を飼っていないことに気が付いた。ペットを飼ってもいいかもしれない……。そんなことを考えていた。


 「はい、お待たせ! どうしたの? なにか心配ごと?」

 アンナさんがソーセージをお皿一杯乗せて持ってきてくれた。すごい。

 「ネコ……。好きなのかなと思って」

 私は窓側の棚に飾ってある置物を指さした。アンナさんが「ああ、あれね」と言ってお皿を置いた。


 「あたしがネコ好きなのを知っていて、亡くなった夫がお土産に買ってきてくれたものなんだ」

 アンナさんはそう言うと、ネコの置物を眺めた。

 「あ……、ごめんなさい。知らなくて」

 まさか結婚していたと知らなくて、不躾に聞いてしまった。


 「ううん! 気にしないで。ネコは好きよ」

 振り返って、いつものアンナさんの笑顔を見せてくれた。人の過去はわからない。こんなに明るくて強いアンナさんに、こんな過去があったなんて……。


 「ネコ……、じゃなくても動物を飼おうかしら? と、ふと思ったの」

 アンナさんは私の前にグラスを置いてくれた。

 「いいね。もし、ネコを飼ったときは見せてくれる?」

 座りながらアンナさんは私に話しかけてきた。犬だと散歩させなきゃいけないから、お店がある私達にはネコがいいのかしら。

 「ええ。もちろん!」


 キュポン!

 気持ちのいい音を出してワインの栓が抜けた。二人のグラスにワインを注ぎ入れる。これは赤ワイン。

 「これはね、とっておきのワインなのさ。二人で飲みましょう!」

 「ええ!」

 フォークでソーセージをおつまみにして、ワインを飲んだ。


  「美味しい! ソーセージの肉汁があふれて……。ワインは香りが爽やかで飲みやすいわ」

 私が感想を言うとアンナさんは微笑んだ。

 「気に入ってくれて、良かった! たくさん飲んで、食べて!」

 「そんなにたくさん飲んじゃだめよ。ほどほどにね」


 美味しいワインとソーセージをいただいて、楽しくアンナさんと飲んでいた。

 「あたし、先の争いで夫を亡くして。一緒に冒険していて、ギルマスは夫の友人だったの。それで知り合いだったギルマスは、あたしの腕を買ってくれて、上へ紹介してくれてギルドで働かせてくれたのさ」

 「そうなのですか……」

 思いがけないアンナさんの話が聞けた。ギルマスさん、顔は厳ついけれどやっぱり優しい人なのね。


 「あ! あたしの話ばかりじゃつまんないよね! そうね……。アルシュさん、ハーブを育てているって聞いたわ。ハーブって育てやすいのかしら?」

 アンナさんはもうグラスのワインを飲み終えていた。

 「ハーブは育てやすいですよ。ただ直植えはものすごく増えるので、鉢植えで育てるのをお薦めします」

 私は強調して言った。


 「そうなの?」

 ハーブは物凄く増える。気をつけないと……。

 「そこら中、ハーブばかりになります。強いです。お隣さんのお庭にまで生えます」

 アンナさんは、「それは困る。気をつけるわね」 ……と言った。


 「もしよかったら、私のミントをお分けしましょうか?」

 育てているハーブのうち、ミントはたくさんある。

 「え、いいのかい?」

 アンナさんは二杯目を飲み干したところだった。


 「ええ。苗から育てたほうが簡単ですし、ミントは香りがいいのと色々用途がありますからいいですよ」

 私はゆっくりとワインを味わって、あまり飲みすぎないように気をつけていた。それにしても美味しいワインだ。

 「嬉しいな。じゃあ都合のいい時、ミントをもらいに行っていいかな?」

 「どうぞ」

 私とアンナさんは微笑みあった。


  今まで親切にしてくれた人はいたけれど、こうやってゆっくりとお話をしながらお酒を飲むなんてなかった。アンナさんは私にしつこく身の上を探ってこないし、話しやすい。ルルシアとまた違った楽しさを味わっている。


 アンナさんが色々話をしてくれて、とても楽しい。

 「それで、ギルマスが冒険者たちをこぶしで黙らせて……! 武闘派だから、ギルドに来る荒くれたちが大人しくなって助かったのよ!」

 「ギルマスさん、すごいですね!」

 あはははは! うふふふ! と色んな話をしてくれて、お腹が痛いくらい笑った。


 「あ、そうそう! 例の人さらいの話、なのだけど……」

 アンナさんの『人さらい』の言葉に、私はワインを飲む手がとまった。

 「捕まえた者からギルマスが話を聞いているから、明日には詳しいことは私達の耳に入ると思うけれど、前から噂があったのよ」

 グラスにドボドボと、アンナさんはワインの残りを入れた。何杯目かわからないけど、あまり酔っていないようだ。


 「……それはどんな噂かしら?」

 残りのワインの香りを楽しみながら、アンナさんに聞いた。前から噂があった?


 「ん――。人さらいは、今日捕まえた男たちの組織。人探しをしている人が別にいたとかいないとか……」

 アンナさんは、ごくごくごく……と一気にワインを飲み干した。

 「それは探していたか、聞いている?」

 私は、自分の知りたい情報なのかフォークを握りしめた。


 「よくわからないのよね――。どこかの偉い人に頼まれて、人を探しているって話もあるし」

 それは私も冒険者から聞いた話だ。アンナさんも正確な情報を持っているわけじゃないのか。

 「あ、そうだ。人探しの方の、似顔絵の紙を手に入れたんだった」

 思いついたようにアンナさんは、似顔絵の紙を手に入れたと言った。


 「それ、見せてもらえないですか?」

 なにか手がかりに、なるかもしれないと私はアンナさんへ聞いた。

 「ん? いいわよ。今、持ってくるわ」

 カタン! と椅子から立ち上がってアンナさんはリビングから出ていった。似顔絵……。どんなものなのかしら。


 ルルシアがさらわれそうになったのは、何か理由があるのだろうかと考えていた。ただ若い娘をさらいたかったのか、それとも……。

 アンナさんが似顔絵の紙を持って戻ってきた。お酒を飲んで暑くなって、脱いだのか袖なしの服になっていた。

 「これだけど」


  「!?」

 テーブルに置いた似顔絵の紙を見て、私は声を出しそうになった。表情を崩さずに似顔絵の紙を見ていた。


 「似顔絵の人物は、若い女性ね。……この似顔絵の紙と、人さらいの事件は関係あると思う?」

 私は冷静にその似顔絵の紙を見て、持つ手が震えそうになるのをこらえながらアンナさんに聞いた。


 その似顔絵は金髪碧眼の少女……を成長した風に書いた、ルルシアに少し似ている絵だった。
























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