「どうぞ狭いけれど入って!」
「お邪魔します……」
アンナさんの家へお邪魔させてもらった。そういえば宿屋とかお店に行ったことはあるけれど、こうやって人間の家を尋ねるのは初めてだった。ルルシアもそうだろう。今頃、楽しんでいるといいけれど……。
「ルルシアちゃんのことを考えているの? 今ぐらい、あなたはあなたで楽しんだら良いからね」
どうぞ座って、とアンナさんに言われた。
「ありがとう」
上着を脱いで椅子の背もたれへかけた。確かにルルシアが楽しんでいる間、私も楽しんだら良いか。
「アルシュさん、
アンナさんはニッ! と笑って、お酒のビンを見せた。
「ええ。アンナさんはお酒に強そうね」
私が椅子に座ると、色々なお酒をテーブルに置いた。私はそれを手に取ってどんなお酒なのか見てみた。
「おつまみも作るわ!」
「ありがとう。でも気をつけて帰らないといけないから、お酒は少しにするわ」
アンナさんはキッチンへ向かった。何か作っているらしい。
そんなに広くないけれど、必要最低限の家具や道具があって暮らしやすそう。あまり飾りはないけれど、ネコの置物が窓側の棚に置いてあった。ネコ、好きなのだろうか? この家に動物がいる気配はないので、ネコを飼ってはいないようだ。
そういえば私とルルシアは、動物を飼っていないことに気が付いた。ペットを飼ってもいいかもしれない……。そんなことを考えていた。
「はい、お待たせ! どうしたの? なにか心配ごと?」
アンナさんがソーセージをお皿一杯乗せて持ってきてくれた。すごい。
「ネコ……。好きなのかなと思って」
私は窓側の棚に飾ってある置物を指さした。アンナさんが「ああ、あれね」と言ってお皿を置いた。
「あたしがネコ好きなのを知っていて、亡くなった夫がお土産に買ってきてくれたものなんだ」
アンナさんはそう言うと、ネコの置物を眺めた。
「あ……、ごめんなさい。知らなくて」
まさか結婚していたと知らなくて、不躾に聞いてしまった。
「ううん! 気にしないで。ネコは好きよ」
振り返って、いつものアンナさんの笑顔を見せてくれた。人の過去はわからない。こんなに明るくて強いアンナさんに、こんな過去があったなんて……。
「ネコ……、じゃなくても動物を飼おうかしら? と、ふと思ったの」
アンナさんは私の前にグラスを置いてくれた。
「いいね。もし、ネコを飼ったときは見せてくれる?」
座りながらアンナさんは私に話しかけてきた。犬だと散歩させなきゃいけないから、お店がある私達にはネコがいいのかしら。
「ええ。もちろん!」
キュポン!
気持ちのいい音を出してワインの栓が抜けた。二人のグラスにワインを注ぎ入れる。これは赤ワイン。
「これはね、とっておきのワインなのさ。二人で飲みましょう!」
「ええ!」
フォークでソーセージをおつまみにして、ワインを飲んだ。
「美味しい! ソーセージの肉汁があふれて……。ワインは香りが爽やかで飲みやすいわ」
私が感想を言うとアンナさんは微笑んだ。
「気に入ってくれて、良かった! たくさん飲んで、食べて!」
「そんなにたくさん飲んじゃだめよ。ほどほどにね」
美味しいワインとソーセージをいただいて、楽しくアンナさんと飲んでいた。
「あたし、先の争いで夫を亡くして。一緒に冒険していて、ギルマスは夫の友人だったの。それで知り合いだったギルマスは、あたしの腕を買ってくれて、上へ紹介してくれてギルドで働かせてくれたのさ」
「そうなのですか……」
思いがけないアンナさんの話が聞けた。ギルマスさん、顔は厳ついけれどやっぱり優しい人なのね。
「あ! あたしの話ばかりじゃつまんないよね! そうね……。アルシュさん、ハーブを育てているって聞いたわ。ハーブって育てやすいのかしら?」
アンナさんはもうグラスのワインを飲み終えていた。
「ハーブは育てやすいですよ。ただ直植えはものすごく増えるので、鉢植えで育てるのをお薦めします」
私は強調して言った。
「そうなの?」
ハーブは物凄く増える。気をつけないと……。
「そこら中、ハーブばかりになります。強いです。お隣さんのお庭にまで生えます」
アンナさんは、「それは困る。気をつけるわね」 ……と言った。
「もしよかったら、私のミントをお分けしましょうか?」
育てているハーブのうち、ミントはたくさんある。
「え、いいのかい?」
アンナさんは二杯目を飲み干したところだった。
「ええ。苗から育てたほうが簡単ですし、ミントは香りがいいのと色々用途がありますからいいですよ」
私はゆっくりとワインを味わって、あまり飲みすぎないように気をつけていた。それにしても美味しいワインだ。
「嬉しいな。じゃあ都合のいい時、ミントをもらいに行っていいかな?」
「どうぞ」
私とアンナさんは微笑みあった。
今まで親切にしてくれた人はいたけれど、こうやってゆっくりとお話をしながらお酒を飲むなんてなかった。アンナさんは私にしつこく身の上を探ってこないし、話しやすい。ルルシアとまた違った楽しさを味わっている。
アンナさんが色々話をしてくれて、とても楽しい。
「それで、ギルマスが冒険者たちをこぶしで黙らせて……! 武闘派だから、ギルドに来る荒くれたちが大人しくなって助かったのよ!」
「ギルマスさん、すごいですね!」
あはははは! うふふふ! と色んな話をしてくれて、お腹が痛いくらい笑った。
「あ、そうそう! 例の人さらいの話、なのだけど……」
アンナさんの『人さらい』の言葉に、私はワインを飲む手がとまった。
「捕まえた者からギルマスが話を聞いているから、明日には詳しいことは私達の耳に入ると思うけれど、前から噂があったのよ」
グラスにドボドボと、アンナさんはワインの残りを入れた。何杯目かわからないけど、あまり酔っていないようだ。
「……それはどんな噂かしら?」
残りのワインの香りを楽しみながら、アンナさんに聞いた。前から噂があった?
「ん――。人さらいは、今日捕まえた男たちの組織。人探しをしている人が別にいたとかいないとか……」
アンナさんは、ごくごくごく……と一気にワインを飲み干した。
「それは
私は、自分の知りたい情報なのかフォークを握りしめた。
「よくわからないのよね――。どこかの偉い人に頼まれて、人を探しているって話もあるし」
それは私も冒険者から聞いた話だ。アンナさんも正確な情報を持っているわけじゃないのか。
「あ、そうだ。人探しの方の、似顔絵の紙を手に入れたんだった」
思いついたようにアンナさんは、似顔絵の紙を手に入れたと言った。
「それ、見せてもらえないですか?」
なにか手がかりに、なるかもしれないと私はアンナさんへ聞いた。
「ん? いいわよ。今、持ってくるわ」
カタン! と椅子から立ち上がってアンナさんはリビングから出ていった。似顔絵……。どんなものなのかしら。
ルルシアがさらわれそうになったのは、何か理由があるのだろうかと考えていた。ただ若い娘をさらいたかったのか、それとも……。
アンナさんが似顔絵の紙を持って戻ってきた。お酒を飲んで暑くなって、脱いだのか袖なしの服になっていた。
「これだけど」
「!?」
テーブルに置いた似顔絵の紙を見て、私は声を出しそうになった。表情を崩さずに似顔絵の紙を見ていた。
「似顔絵の人物は、若い女性ね。……この似顔絵の紙と、人さらいの事件は関係あると思う?」
私は冷静にその似顔絵の紙を見て、持つ手が震えそうになるのをこらえながらアンナさんに聞いた。
その似顔絵は金髪碧眼の少女……を成長した風に書いた、ルルシアに少し似ている絵だった。