「どうかしらね――? 人さらいの事件は、この似顔絵と関係あるかはわからない」
アンナさんは、この似顔絵の人物がルルシアに似ていると思わなかったようだ。魔法で髪の毛と瞳の色を変えて、多少顔も違って見えるようにしていたから一致しないのだろう。
人探しと、人さらい……。別件のような気がするけれど、案外つながっているかも。
「あ。そろそろ誕生日パーティーは終わったかしら?」
アンナさんが窓の外を見ながら言った。隣の様子がわかるらしい。
「迎えに行きましょう」
「ええ」
私は上着を羽織って隣まで行こうとした。
「今日はアルシュさんと話ができて良かった。また遊びに来てよ。これ、お土産」
「ありがとう……。私も楽しかったわ」
アンナさんとこれから良い関係を続けられるといいな。
「近いうちにギルドと別のお仕事を、ギルマスから頼まれるかもしれない。決まったらお話しするわね」
アンナさんからお土産の入ったカゴをもらった。
「カゴは返さなくていいわ。それ、あたしが作ったものだから」
言われてカゴを見ると、丈夫そうな植物のツルで編まれたカゴだった。
「このカゴをアンナさんが? 素敵ね」
しっかりしていて持ち手もついていて使いやすそうだった。
「そう、かな?」
褒めるとアンナさんは照れていたようだ。普段ギルドで見ているアンナさんと違って新鮮だった。
「私も作ってみたい。アンナさん、教えてもらえますか?」
「ええ!」
ニッコリと笑って答えてくれた。
「アルシュ――!」
迎えに行ったらルルシアが走って、私の胸に飛び込んできた。ニコニコと笑顔だったので楽しかったようだ。
「ルルシアさん、またみんなで集まってお話ししましょうね!」
招待してくれた女の子がルルシアをまた誘ってくれた。他の子達もにこやかに、楽しそうに笑っていた。仲良くなったようだ。
「ええ! またお話ししましょうね!」
「またね!」
ルルシアはお友達に見送られて、私達と家へ帰ろうとした。他の女の子の両親が迎えに来て、すれ違いに挨拶をした。
「楽しかったみたいね」
私は楽しそうなルルシアに話しかけた。
「ええ! とても!」
うふふ……! とルルシアはまた笑って答えた。
「あの子達と気が合ったみたいで良かったよ!」
アンナさんはルルシアに良かったねと、肩を撫でた。帰り道は真っ暗だったけれど、三人で歩いているので怖くなかった。
「うん! 楽しかったです」
ニコニコとルルシアは、アンナさんに言った。
「あはは! 良かった、良かった!」
アンナさんのおかげで暗い夜道でも気分が明るくなった。帰り道はルルシアが、はしゃいで誕生日パーティーのことをずっと話してくれた。同じくらいの友達と一緒に、楽しめたようだ。
ルルシアの話を聞いているうちにあっという間に家へ着いた。
「アンナさんありがとう。アンナさんも、気をつけて帰って下さいね」
私は送ってくれたアンナさんにお礼を言った。
「どちらかと言うと。あたしに向かってくるやつがいたら、相手が気をつけないと!」
「まあ!」
あはは! またね! と笑ってアンナさんは帰っていった。
「さっ、中へ入りましょう。お話、もっと聞かせてね」
「ええ!」
家に入って、ハーブティーを淹れてルルシアと話した。
「お友達とたくさんお話できたのね。良かったわ」
「うん! 色々な、お友達の話が聞けたの」
ルルシアは、ありがとうと言ってハーブティーを飲んだ。いつもより微笑んでいて可愛らしい。
「今日メリーの誕生日だったけど毎年、誕生日パーティーをしてお友達を招いているそうよ」
椅子に座って落ち着いて話すルルシア。
「マリアンとケイトも、お誕生日パーティーをしているって。その時は来てねって誘われた」
「良かったわね」
そういえば私とルルシアの誕生日はお互いにお祝いしていたけれど、人を誘ったことはなかった。
「……次のルルシアの誕生日に、お友達を招待したらどうかしら?」
ティーカップを持っていたルルシアに聞いてみると、顔を上げた。
「え! いいの?」
たちまち満面の笑みになった。私が頷くと椅子から立ち上がって、ぴょん! ぴょん! と飛び上がった。
「楽しみだわ! 自分へ好みの誕生日のケーキを作ったり、飾りつけしたり招待状を書いたり。今から考えないと!」
私の方へ向いて、ニコッと笑った。
「自分の誕生日パーティーのことは楽しみにして、そろそろ寝ましょうか」
今日は怖い思いをしたり、楽しい誕生日パーティーに招かれたりして疲れたと思うので早く休ませたい。
「うん」
一日が楽しく終わって良かった。……明日はギルマスから尋問で聞き出した話が聞けるだろうか。私とルルシアは寝室に向かった。
「疲れたわね」
そう言ってベッドへ横になった。ルルシアも寝間着になって私の隣へ横に入ってきた。
「……今日は怖いことと、楽しいことがあった」
上掛けの布団を口元まで上げて私を見ているルルシア。横向きのまま、なんて声をかけたらいいか悩んだ。
「……私も、アンナさんもギルドの人達やお友達、ご近所の方達も皆、ルルシアの仲間よ」
ルルシアを安心させる、上手な言葉が出てこなかった。でも皆は仲間ということを知って欲しかった。
頭を少し上げてルルシアの顔を覗き込んだ。瞳だけが見えていて私に視線が向いていた。
「……うん。ありがとう」
小さな声だったけれど聞こえた。
すぐにルルシアの静かな寝息が聞こえてきて、私は微笑んだ。
「良かったわね……」
魔法がとけて金の髪の毛が見えた。そっと手を伸ばしてルルシアの頭を撫でて、柔らかい髪の毛に触れる。
「似顔絵……か」
私はルルシアの髪の毛を一房、指に取って柔らかさを楽しんでいた。アンナさんの家で見せてもらった似顔絵は、ルルシアに似ていた。他人の空似だといいけれど、金髪碧眼の少女は普通に町にはいない。
だとしたら、
「……明日になったら、何かわかるかしら」
ルルシアの髪の毛から名残惜しく指を離して、枕に顔をうずめた。
「そういえば……」
私は何となく、ルルシアの金髪を見て思い出したことがある。
あれはルルシアと、旅をしていたときだった……。
ルルシアが私と一緒についてくることを決めて、しばらく経った日のこと。
たどり着いた、にぎやかな町を歩いていた。人混みで離れないように手をしっかり掴んで、人と人の間をかき分けながら進んでいると前から女の子と母親が体を寄せ合ってこちらへ向かってきた。
仲が良さそうな親子の会話が聞こえてきた。
「ねえ! この国に、お姫様っているのでしょう?」
どういう話のつながりか知るよしもないけど、女の子は母親に聞いていた。すると母親は「そうよ」と言って女の子に教えた。
「金色の髪で青い色の眼のお姫様が、お城にいらっしゃるのよ」
母親は私達とすれ違いに歩いていったけれど、その会話が私にはちゃんと聞こえた。そのあとの女の子が「わあ、いいなあ。私もお城で暮らしたい!」と返事したのも聞こえた。
ルルシアは人混みに潰されそうだったので必死に歩いていた。聞こえたのかわからないけれど、表情を変えた感じはなかったので関係ないかとその時は思っていた。
でも、もしかしたら。――お姫様ではないかもしれないけれど地位の高い貴族の子供か、または表に出られない貴族の隠し子かなんて考えてしまった。
今頃になって、ルルシアを探しているとか……? でも何のために?
「……」
きっと考えすぎね……。今日はルルシアがさらわれそうになったから不安で、色々考えすぎてしまっている。アンナさんと楽しく話していたけれど、やっぱり心配なのだわ。
ふう……。
上掛けを肩までかけて、私はまぶたを閉じた。何か聞こえたような気がするけれど眠ろう。明日は忙しくなりそうだから……。
ポーションを頼まれていたし、あと何か仕事を頼みたいようなこともアンナさんは言っていたような。
私は考え事したまま眠ってしまった。