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第38話 アルシュの回想① 相談




 ああ……。私は夢を見ているのだわ……。小さい頃のルルシアが私に話しかけている。



 旅をしてなんとなく一緒にいるのが慣れた頃だった。


  『アルシュ、魔法を教えて』

小さい手で私のスカートを引っ張った。宿屋に泊っていて、その日は雨が降っていて出かけず部屋にいた。


『まだ基本ができてないと教えられないわ』

私がそう言うと、ルルシアは黙ってしまった。何も言わずルルシアを見ていたら、フッと私のスカートから手を離して隣の部屋へ行ってしまった。ご飯をきちんと食べているので健康的には、なった。ただ精神的にまだ回復をしていないようだ。


  正直、私は子育てをしたことはない。実はとても困っていた。誰かに相談するべきだと思っている。

『ルルシア、ちょっと出かけてくるわね』

 隣の部屋をのぞくとルルシアは、ベッドで寝ていた。


『寝ているのを起こすのも可哀そうだし……。メモをテーブルへ書いて置いていけばいいかしら?』

 私はテーブルの上に書いたメモを置いた。もう文字も読めるし、お留守番できる年齢だし、大丈夫よね。私は部屋を出て、薬屋さんへ向かった。


 宿屋のすぐ近く。

 七人の子供を育てているお母さんが営む薬屋さん。何回かルルシアの体調が悪くなった時、お世話になった。

『こんにちは……』

 チリリン! と入り口のドアのベルが鳴った。


『あら! アルシュさん、いらっしゃい。今日は、どうしたのかしら?』

 こちらのお母さんは明るく世話好きで、とても頼りになった。お店の中を見てみるとお客さんはいなかった。今なら相談できるかしら。


 『あの、ちょっと相談したいことがあるのですが……。今、いいですか?』

 忙しいかなと思って、遠慮がちに聞いた。

『大丈夫よ! 何かしら? とりあえず、こちらに来て座ってみて』

 薬屋のお母さんは、カウンターの近くに置いてある椅子に座ってと言ってくれた。


 『今、誰もいないから遠慮なく言ってみて。はい、私がブレンドしたハーブティーよ』

 そう言ってハーブティーを淹れてくれた。爽やかな香りが落ちつく……。

『ありがとうございます』

 一口飲んでみると爽やかですっきりしていた。これがハーブティー? 

『美味しいでしょう? リラックス効果があるからハーブティーはいいのよ』

 薬屋のお母さんはそう言って、ハーブティーを飲んだ。


  ハーブティーか……。今まで飲んだハーブティーより美味しい。とてもリラックスできる香り。私もブレンドして美味しいハーブティーを淹れてみたい。


『それで、相談って何かしら?』

 あまりにリラックスして相談を忘れるところだった。

『あ、はい。子育てのことでアドバイスを聞こうと思いまして……』

 私はなんて聞こうか迷ったけれど、ストレートに聞いた。


 笑われるかと思って、ティーカップを両手で握った。

『ルルシアちゃんのこと?』

 薬屋のお母さんはティーカップを置いて私を見た。

『はい。……分からなくて』

  本当の母親ではないし、血がつながっている姉妹でも、家族でもない。まして私は結婚どころか子供がいない。どう接したらいいか悩んでいた。


  薬屋のお母さんは少し考えてから私に話しかけた。

 『子育てって言っても、アルシュさんの子供じゃないでしょう?』

 薬屋のお母さんは椅子に座っていて、カウンターに肘を乗せて頬杖をついた。ルルシアとの関係を言ってないのに、私の子供じゃないと言った。


『ああ。子供を七人も育てていると、何となくわかるんだよ。それに私の子供も、何人か血が繋がってない連れ子や養子の子もいる』

『え!』

 何でもないように薬屋のお母さんは私に教えてくれた。……すごいわ。


『別に、そんなに悩むことないよ。血が繋がっていようが、いないかは関係ない。その子を愛してあげていればいい』

 そう言って薬屋のお母さんはニコッと笑った。私は驚いた。さすが七人も育ててない。

『そう……ですね。少し考えすぎてたかも』

 肩の力がいい具合に取れたような感じだ。


 『そうね……。友人と思って、接すればいいと思うわ。女の子は成長が早いからね。そのくらいの距離感が良いわ』

 目から鱗……が落ちた。なるほど……。

『友人くらいの距離感かしら……』

 友人……か。ちょっと違う気がするけれど。私が考えていると、薬屋のお母さんはクスクス笑った。


『例えばだよ! アルシュさんとルルシアちゃんは、これからいい関係を作っていけばいいじゃないか』

 薬屋のお母さんの言葉はとても身に染みた。

『ですね。ありがとう御座います』


  『こんにちは。頭痛薬、ある?』

 そのとき、薬屋にお客さんが入ってきた。

『あっ、そろそろ行きます。ありがとうございました』

『いいのよ。またおいで』

 私は頭を下げて薬屋を出た。やはり七人も育てているお母さんはすごいわ。霧が晴れたようだった。


  買い物をして宿屋へ戻ってきた。ルルシアの好きな果物をいくつか買ってきた。一緒に食べようと思った。

 『ただいま』

 カギを開けて部屋の中へ入った。


  『ルルシア!』

 部屋の中へ入ってすぐに見えたのは、ルルシアが涙を流しながらテーブルに置いたメモを握りしめて立っていた姿だった。私は泣いているルルシアに駆け寄って、しゃがんで両肩に手をおいた。買ってきた品物が入った袋は床に落とした。

  『ルルシア、どうして泣いているの?』

 ひっく、ひっく……と泣いているルルシアに聞いた。


  『アルシュが、いなかっ……たから』

 ポロポロ……と大粒の涙を流していた。私はどうして泣いているかわからず、オロオロとしてしまった。

 『メモをテーブルの上に置いていったでしょう? 読んだわね?』

 字が読めるから安心していた。まさか読めなかったとか?


  『読めたけど……。置いていかれたと、思っ……て』

 ポロポロとまた涙が流れた。

『ルルシア……』


 ああ。この子は目が覚めて、私がいなかったから置いていかれたと思ったのだ。メモを見ても寂しかったのだろう。

 『ルルシア! 寂しい思いさせて、ごめんね……!』

 私はルルシアを引き寄せて、ギュッと抱きしめた。


『アル……シュ……!』

 うわ――ん! とルルシアは大声で泣いて私にしがみついた。今まで大声で泣いたことがなかったルルシア。初めて大声で泣いた。

『ルルシア、大好きよ……!』

 ルルシアをギュッと抱きしめながら伝えた。私も視界が滲んだ。



  しばらくルルシアは思いっきり泣いて、すっきりしたのか落ち着いた。涙を柔らかい布でポンポンと拭いてあげた。

 『あなたが離れたいって言うまで、一緒にいるわ』

 フッと笑ってルルシアに言った。ルルシアは『本当?』と言ってきたので『本当よ』と言った。

 二人で一緒に笑い合った。



  『ルルシアの好きな果物を買ってきたわ。一緒に食べましょうか』

 私は買ってきた果物を、テーブルに並べて見せた。ルルシアは、わあ……! と言って喜んだ。

 『食べたい!』

 『切ってあげるわね。待っていて』


 私はナイフを取り出して、まずはリンゴの皮を剥いていった。


 『リンゴの香り……』

 ルルシアは私がリンゴの皮むきを熱心に見ていた。面白いみたいで目を輝かせていた。

『私もやってみたい……ダメ?』

 リンゴの皮を剥きたい? ナイフは危ない……と思ったけれど、やらせてみないと危ないこともわからない。あえてやらせてあげるのもいい。


 『いいわよ。教えてあげるわね』

 そう言うとルルシアは体全体で喜んだ。……ああ。この子は人にやってもらうだけではなく、自分でやってみたくなったのだ。

『嬉しい』


  右手にナイフを持たせて、後ろから一緒に握ってあげた。左手にはリンゴを持つ。

『最初は私がやって見せるから、力を抜いていてね』

 『うん』

 シャリ……、シャリ……とゆっくりリンゴの皮を剥いていく。私が力を入れて皮を剥いているけれど、感覚を覚えるにはこれがいい。


 『力を入れすぎないようにして。あとナイフが進む方向に、指や手を置かないようにしてね』

 自分が母親に教わったことを、ルルシアに教えていた。懐かしい。


『今度は私が、一人でやってみるね!』

『ええ。気をつけてね』


ルルシアは慎重にリンゴの皮を剥いていった。でこぼこのリンゴが出来上がったけれど、ルルシアが剥いてくれたリンゴは美味しかった。











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