ああ……。私は夢を見ているのだわ……。小さい頃のルルシアが私に話しかけている。
旅をしてなんとなく一緒にいるのが慣れた頃だった。
『アルシュ、魔法を教えて』
小さい手で私のスカートを引っ張った。宿屋に泊っていて、その日は雨が降っていて出かけず部屋にいた。
『まだ基本ができてないと教えられないわ』
私がそう言うと、ルルシアは黙ってしまった。何も言わずルルシアを見ていたら、フッと私のスカートから手を離して隣の部屋へ行ってしまった。ご飯をきちんと食べているので健康的には、なった。ただ精神的にまだ回復をしていないようだ。
正直、私は子育てをしたことはない。実はとても困っていた。誰かに相談するべきだと思っている。
『ルルシア、ちょっと出かけてくるわね』
隣の部屋をのぞくとルルシアは、ベッドで寝ていた。
『寝ているのを起こすのも可哀そうだし……。メモをテーブルへ書いて置いていけばいいかしら?』
私はテーブルの上に書いたメモを置いた。もう文字も読めるし、お留守番できる年齢だし、大丈夫よね。私は部屋を出て、薬屋さんへ向かった。
宿屋のすぐ近く。
七人の子供を育てているお母さんが営む薬屋さん。何回かルルシアの体調が悪くなった時、お世話になった。
『こんにちは……』
チリリン! と入り口のドアのベルが鳴った。
『あら! アルシュさん、いらっしゃい。今日は、どうしたのかしら?』
こちらのお母さんは明るく世話好きで、とても頼りになった。お店の中を見てみるとお客さんはいなかった。今なら相談できるかしら。
『あの、ちょっと相談したいことがあるのですが……。今、いいですか?』
忙しいかなと思って、遠慮がちに聞いた。
『大丈夫よ! 何かしら? とりあえず、こちらに来て座ってみて』
薬屋のお母さんは、カウンターの近くに置いてある椅子に座ってと言ってくれた。
『今、誰もいないから遠慮なく言ってみて。はい、私がブレンドしたハーブティーよ』
そう言ってハーブティーを淹れてくれた。爽やかな香りが落ちつく……。
『ありがとうございます』
一口飲んでみると爽やかですっきりしていた。これがハーブティー?
『美味しいでしょう? リラックス効果があるからハーブティーはいいのよ』
薬屋のお母さんはそう言って、ハーブティーを飲んだ。
ハーブティーか……。今まで飲んだハーブティーより美味しい。とてもリラックスできる香り。私もブレンドして美味しいハーブティーを淹れてみたい。
『それで、相談って何かしら?』
あまりにリラックスして相談を忘れるところだった。
『あ、はい。子育てのことでアドバイスを聞こうと思いまして……』
私はなんて聞こうか迷ったけれど、ストレートに聞いた。
笑われるかと思って、ティーカップを両手で握った。
『ルルシアちゃんのこと?』
薬屋のお母さんはティーカップを置いて私を見た。
『はい。……分からなくて』
本当の母親ではないし、血がつながっている姉妹でも、家族でもない。まして私は結婚どころか子供がいない。どう接したらいいか悩んでいた。
薬屋のお母さんは少し考えてから私に話しかけた。
『子育てって言っても、アルシュさんの子供じゃないでしょう?』
薬屋のお母さんは椅子に座っていて、カウンターに肘を乗せて頬杖をついた。ルルシアとの関係を言ってないのに、私の子供じゃないと言った。
『ああ。子供を七人も育てていると、何となくわかるんだよ。それに私の子供も、何人か血が繋がってない連れ子や養子の子もいる』
『え!』
何でもないように薬屋のお母さんは私に教えてくれた。……すごいわ。
『別に、そんなに悩むことないよ。血が繋がっていようが、いないかは関係ない。その子を愛してあげていればいい』
そう言って薬屋のお母さんはニコッと笑った。私は驚いた。さすが七人も育ててない。
『そう……ですね。少し考えすぎてたかも』
肩の力がいい具合に取れたような感じだ。
『そうね……。友人と思って、接すればいいと思うわ。女の子は成長が早いからね。そのくらいの距離感が良いわ』
目から鱗……が落ちた。なるほど……。
『友人くらいの距離感かしら……』
友人……か。ちょっと違う気がするけれど。私が考えていると、薬屋のお母さんはクスクス笑った。
『例えばだよ! アルシュさんとルルシアちゃんは、これからいい関係を作っていけばいいじゃないか』
薬屋のお母さんの言葉はとても身に染みた。
『ですね。ありがとう御座います』
『こんにちは。頭痛薬、ある?』
そのとき、薬屋にお客さんが入ってきた。
『あっ、そろそろ行きます。ありがとうございました』
『いいのよ。またおいで』
私は頭を下げて薬屋を出た。やはり七人も育てているお母さんはすごいわ。霧が晴れたようだった。
買い物をして宿屋へ戻ってきた。ルルシアの好きな果物をいくつか買ってきた。一緒に食べようと思った。
『ただいま』
カギを開けて部屋の中へ入った。
『ルルシア!』
部屋の中へ入ってすぐに見えたのは、ルルシアが涙を流しながらテーブルに置いたメモを握りしめて立っていた姿だった。私は泣いているルルシアに駆け寄って、しゃがんで両肩に手をおいた。買ってきた品物が入った袋は床に落とした。
『ルルシア、どうして泣いているの?』
ひっく、ひっく……と泣いているルルシアに聞いた。
『アルシュが、いなかっ……たから』
ポロポロ……と大粒の涙を流していた。私はどうして泣いているかわからず、オロオロとしてしまった。
『メモをテーブルの上に置いていったでしょう? 読んだわね?』
字が読めるから安心していた。まさか読めなかったとか?
『読めたけど……。置いていかれたと、思っ……て』
ポロポロとまた涙が流れた。
『ルルシア……』
ああ。この子は目が覚めて、私がいなかったから置いていかれたと思ったのだ。メモを見ても寂しかったのだろう。
『ルルシア! 寂しい思いさせて、ごめんね……!』
私はルルシアを引き寄せて、ギュッと抱きしめた。
『アル……シュ……!』
うわ――ん! とルルシアは大声で泣いて私にしがみついた。今まで大声で泣いたことがなかったルルシア。初めて大声で泣いた。
『ルルシア、大好きよ……!』
ルルシアをギュッと抱きしめながら伝えた。私も視界が滲んだ。
しばらくルルシアは思いっきり泣いて、すっきりしたのか落ち着いた。涙を柔らかい布でポンポンと拭いてあげた。
『あなたが離れたいって言うまで、一緒にいるわ』
フッと笑ってルルシアに言った。ルルシアは『本当?』と言ってきたので『本当よ』と言った。
二人で一緒に笑い合った。
『ルルシアの好きな果物を買ってきたわ。一緒に食べましょうか』
私は買ってきた果物を、テーブルに並べて見せた。ルルシアは、わあ……! と言って喜んだ。
『食べたい!』
『切ってあげるわね。待っていて』
私はナイフを取り出して、まずはリンゴの皮を剥いていった。
『リンゴの香り……』
ルルシアは私がリンゴの皮むきを熱心に見ていた。面白いみたいで目を輝かせていた。
『私もやってみたい……ダメ?』
リンゴの皮を剥きたい? ナイフは危ない……と思ったけれど、やらせてみないと危ないこともわからない。あえてやらせてあげるのもいい。
『いいわよ。教えてあげるわね』
そう言うとルルシアは体全体で喜んだ。……ああ。この子は人にやってもらうだけではなく、自分でやってみたくなったのだ。
『嬉しい』
右手にナイフを持たせて、後ろから一緒に握ってあげた。左手にはリンゴを持つ。
『最初は私がやって見せるから、力を抜いていてね』
『うん』
シャリ……、シャリ……とゆっくりリンゴの皮を剥いていく。私が力を入れて皮を剥いているけれど、感覚を覚えるにはこれがいい。
『力を入れすぎないようにして。あとナイフが進む方向に、指や手を置かないようにしてね』
自分が母親に教わったことを、ルルシアに教えていた。懐かしい。
『今度は私が、一人でやってみるね!』
『ええ。気をつけてね』
ルルシアは慎重にリンゴの皮を剥いていった。でこぼこのリンゴが出来上がったけれど、ルルシアが剥いてくれたリンゴは美味しかった。