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第40話 アルシュの回想③ アルシュの同僚たちと、本屋




  家に帰っても、しばらく興奮気味にサーカスのことを話していた。見に行ってよかった。私も楽しかったし、とてもスリルがあった。

猛獣を、火のついた輪にくぐらせたり、空中ブランコはヒヤヒヤしたりと面白かった。


  数日、サーカスがやってきた街に滞在していた。買い物にいって次の旅の準備をしていた。

 でもちょっと資金が足りないので、昼間の短時間だけ食堂で働くことにした。ルルシアは宿屋でお留守番になるけれど、お金を貯めるお手伝いを頼むことにした。


『えっ? アルシュ、昼間に働くの?』

 夜ご飯を食べ終わって片付けをしている時に、ルルシアに話をした。ちょっと驚いていたけれど、旅に資金を貯めると言ったら『私も手伝う!』と言ってくれた。


 ルルシアが働くと言ってもまだ子供なので、お菓子を作ってお店の端に置いてもらったりする方法だ。ルルシアが作ったお菓子を、置いてもらうお店を試食してもらって了解を得て増やしていった。

 子供がこうやって何かで賃金を得るのは一般的だ。平民は小さいうちに、商売の基本を学んでいく。


 『たくさんお菓子を作るね!』

 ルルシアは張り切っていた。私も短時間だけど食堂で頑張って働こう。

『ケガや、やけどに気をつけてね』

『はい!』

 いい返事だ。



 『いらっしゃいませ』

 宿屋から歩いて行ける食堂で、私は働き出した。お昼の時間はとても混み合っていて、テキパキと動かなければいけなかった。

『A定食、一つ!』

『はい』

 慣れるまで大変だったけれど、慣れれば楽しくなった。


『アルシュさんは、下町の娘っぽくないね~! 何か動きが上品だよ』

 一緒に働いている二十歳くらいの年のサリーに言われた。普通だと思うけれど……。

『そんなことないわよ。……それよりサリーの髪飾り、可愛くて似合っているわ』

 ニッコリ笑って答えた。


『本当? 似合っているかしら! これ、彼にもらったの!』

 サリーはニコニコ笑って、その髪飾りのことを私に教えてくれた。……そうか。このくらいの年の子は恋人がいるのだった。

『ええ』

 サリーは可愛らしく、彼のことを色々話してくれた。他の子も混ざって来て、サリーの彼の話題になった。ちょうど休憩時間になって、みんなでの話で盛り上がった。


 私は皆の話を聞いていて、女の子たちは頬を染めたり彼の態度に怒ったりしていた。……正直よくわからなかったけれど、これが惚気のろけというものだろう。お世話になった人間の夫婦、ナッシュとアリアに教えてもらった。

 彼女たちの表情がコロコロ変わって、とても可愛かった。


  恋……というものをすると、こんな風になるのだろうか? ルルシアが大きくなったら、こんな風に彼のことで頬を染めて話すのかしら?

 まだ小さいけれど、人間の子は早熟と聞く。寿命がエルフに比べて短いからそうだろう。

 ルルシアがいつか恋をするのかしら……。何だか寂しい気持ちになった。――まだ小さいのに。


 『アルシュさんは?』

『えっ?』

 急にサリーに話を振られて、驚いてしまった。……どうしよう、何も話すことがない。私はにっこりと微笑んで口を開いた。

 『と、特に話せるようなことは……』


 みんなの注目を浴びてしまった。変に思われたかしら。

 『そうなの――? アルシュさん、モテそうなのにね~?』

『うん、うん。でもアルシュさん、気が付いてなさそう……』『そうね。美人なのに』

 色々言われた気がするけれど、他の人は違う話題に変わっていった。


『お店に来るお客さんで、かっこいい人何人かいるよね――!』

『そう! 冒険者風の人や、騎士っぽい人とか!』

 冒険者の人・騎士っぽいってどんな人だろう……? 冒険者ではないけれど、服装がそうなのかしら。よくわからない。 一緒に働いている子達が恋バナで盛り上がって、休憩時間は終わった。でも楽しそうに話をしていたので、皆の話を聞いていただけでも良かった。


  『さあ! 休憩時間が終わったら、頑張って働きましょう!』

 『ええ!』

 サリーが私の背中に触れて声をかけてくれたので、このあとも頑張って働けた。


『アルシュさん、定食Bができたから運んでくれる? 三番テーブルね』

『はい』

 トレイに乗せて定食を運んでいく。こぼさないように、慎重に歩いていく。つい魔法を使いたくなるけれど、我慢する。


 夢中で働いていると、時間を忘れる。

『アルシュさん、夕方まででしょう? もう終わりの時間だよ』

『は――い』

 いつの間にか時間が経っていた。急いで支度してルルシアの待つ宿屋に帰る。



『ただいま』

『アルシュ! お帰りなさい!』

 パタパタと走ってきて出迎えしてくれたルルシア。一緒に部屋の中へ入ると、たくさんの本がテーブルの上に重なっていた。

『今日は、本をたくさん読んでいたのね』

 上着を脱ぎながらルルシアに話しかけると、本を片づけていた。


『そうなの。たくさん読んで勉強していたの!』

 ルルシアはたくさん本を読む。大体が料理の本やお菓子作りの本、魔法の基礎の本……に、この国の歴史の本と地方の名物料理本。だいたい私が購入した本だ。そろそろルルシアに、好きな本を選んでもらって買って読んだ方がいいかなと思った。 


『今度、本屋さんか図書館へ行きましょうか? そろそろルルシアも、自分で読みたい本があると思うし……』

『えっ!? いいの? 嬉しい!』

ルルシアは、ピョン! ピョン! と跳ねて喜んでいた。今度ルルシアを連れて行ってみよう。


『帰りにお買い物をしてきたから、作るわね。あら? 今日、お菓子は作らなかったの?』

 私が食堂で働いている間、お菓子を作ってそれらを売り物用にラッピングをしていた。残ったお菓子は私達のおやつになっていた。それがなかったので、ルルシアに聞いてみた。

『うん。新作を作ろうとして色々研究していたの!』

 ルルシアは私の夕食のお手伝いをしようとして、エプロンを着けて隣に来た。


『新作! すごいわ。研究しているのね』

 私が感心していると、ルルシアは得意そうな顔をして言った。

『もちろん! 頑張っているの!』


 ルルシアの歳位の子は皆、お手伝いでお料理やお菓子作りをしているけれど、ルルシアの作るお菓子は大人顔負けの味と形をしている。だからお店の一角に置かせてもらえているけれど、大きくなったらお店を開店できる腕を持っているかも。何年後かわからないけれど楽しみだ。


『それなら本屋か図書館へ、本を選びに行かないといけないわね』

『うん!』

ルルシアに手伝ってもらって、夕食は鶏肉の蒸し料理を作った。柔らかくて美味しくてルルシアも気に入ったのかたくさん食べてくれた。ルルシアは今日どんな本を読んだか、今度どんな本が欲しいか教えてくれた。本屋と図書館は、お休みの日へ行くことにした。



 何日か過ぎてお休みの日になった。私とルルシアは本屋へ出かけることにした。ルルシアは嬉しそうに私の隣を歩いていた。

『どんな本があるかしら?』

 ニコニコと誰が見ても機嫌が良い顔をしていた。私も久しぶりに本屋へ行くので楽しみにしていた。


 街で一番大きな本屋に着くと、ルルシアの瞳が好奇心いっぱいに輝いていた。

『入りましょうか』

 『ええ!』


  大きな本屋さんに私達は夢中で本を選んでいた。ルルシアはスイーツの本を見て、どの本にするか迷っていた。

『どの本にしようかな……』

 私は何となく、食堂で働いている子達の話題になっていた流行の物語の本を手に取ってみた。恋愛ものらしい。パラパラとページをめくってどんなものか読んでみると、ルルシアに読ませられないシーンがあってやめた。私の持っている本は読んでいいと言っているからだ。


 結局きれいな挿絵のある詩集を選んだ。ルルシアは……。

『スイーツの本の二冊、どっちか選べなかった!』

 そう言って二冊とも選んだ。いい方法だ。


 会計をして本屋から出て、街で買い物して帰ろうとしていた。

『あれ? アルシュさん?』

 呼び止められたので振り返って見てみた。ルルシアも歩きをとめて後ろを見た。

『あなたは……』

 見たことのある男性。たしかお昼に食堂へきて定食を注文しているお客さんだったような……。


『ああ! 失礼しました! あなたが働いている食堂へ、食べに行っている客のランドです!』

 男性は頭を下げて自己紹介をしてくれた。私たちも会釈した。

『見かけたので、つい、声をかけてしまいました! 妹さんと一緒かな?』

ルルシアの姿を見つけてランドさんは言った。

 『美人姉妹だね。……実は前からあなたのことが』

 男性が言いかけたときに、ルルシアが私の前に出てきた。


『こんにちは! 私のに、何か用ですか?』と言って、にっこりと微笑んだ。私はルルシアからと、言われたことがなかったので驚いた。

『え? お母さん?』

 男性は驚いて、私とルルシアの顔を交互に見た。


『……そ、そうでしたか! 知らなかったです。それじゃ失礼します!』

 ランドさんは慌てて行ってしまった。ルルシアは両手を腰に当てて『あの人、好きじゃない』と言った。私はポカンとルルシアを眺めていた。


『アルシュ、帰って本を読もう!』

 そう言って腕を引かれた。

『え、ええ』

 言われるまま、ルルシアに腕を引かれて帰った。あとから考えてみると、もしかして……。やきもち、みたいなのかしら?


  そんなことを考えながら、ルルシアの読書時間を楽しんだ。 




























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