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第43話 冬支度の話と青と緑の宝石




  家に帰ってバザーで買った重い荷物になるものは配達してもらって、手で持って帰れるものは持ち帰ってきた。


 「疲れたけれど、楽しかったわね」

 すぐに使う調味料などをキッチンへ運んで片付けながらルルシアに話しかけた。ルルシアも買ってきたもので、使って減っていたものに補充したりしていた。

 「本当! 今度はラグや布など、部屋のものを買いに行きたいわ」

 そういえばそろそろ涼しくなってきて、本格的に寒くなる前に冬支度を始めないといけない。

 「そうね。今度は寒くなる前、冬支度のために買い物へ行きましょうか」


 「うん。この辺は雪が降るの?」

 ルルシアは、雪が降るのを見たことがあるのかしら。私と旅をしていたときは、なるべく暖かい場所を選んでいたので雪は見ていない。私と出会う前に見たことがあったのかしら……。

 「そうね。雪は降るし、足首くらいの高さに積もるわ。それでもたくさん雪が積もる地域に比べれば少ない方よ」

 そうなのね、と言ってそれ以上の話は続かなかった。


  あまり寒さに慣れてないかもしれないルルシアのために、冬支度は入念に準備をしよう。私は密かに決心した。


  「徐々に肌寒くなっていくから、風邪に気をつけましょうね」

 「手洗いをキチンとする! でしょう? アルシュ、いつも私に言っているから」

 こちらに振り向いて、ルルシアはウインクした。そんなにいつも言っていたかしら?


 ルルシアが子供の頃に風邪を引いて高熱を出したことがあるから、言っていたような気がする。

 「あ、購入したものはいつ届くの?」

 棚の扉を開けて、未開封の袋を並べていた。

 「今日と明日に届くわ」

 返事をしながら、棚の中を掃除してみた。そんなに汚れてなかった。


 「冬支度ってどんなことをするの?」

 棚の掃除をして、買ったものをしまう場所を開けた。これで物が片付く。ルルシアがまた聞いてきたので、答える。


 「そうね……。徐々にラグやカーテンを厚めのものにしたり、寝具も暖かいものを用意したり。食料品も多めに備蓄したり、保存食を作ったり……とか。もっとたくさんあるけれどね」

 そうだ、色々準備をしないといけない。それらは私を育ててくれた、ナッシュとアリアに教わった。今度は私がルルシアに教える番だ。


 「一緒に冬支度をやっていきましょうね」

 私はルルシアに言うと、笑顔で「うん!」と返事をした。二人でならば、大変な冬支度も楽しくできるだろう。お部屋の模様替えは、得意なルルシアに任せて、保存食を教えながら作っていこう。


 「その前にお茶会は始めたいわね。私も知り合いの方を呼んで、お茶会をしたいわ。その時は、ルルシアのお菓子をお出ししていいかしら?」

 「まあ! 私の作ったお菓子でよかったら、いいわよ」

 快諾してくれて良かった。


  片付けをしているうちに購入したものが届けられた。

 「ご苦労様です」

 「また注文お願いします! では!」


 「ルルシア、小麦粉が届いたわよ」

 私は荷物を受け取ってキッチンへ戻ってきた。ルルシアは物の位置を変えているようだ。

 「あっ、ありがとう! 使いやすいように小物の場所換えたから、あとで確かめて」

 小麦粉の袋をテーブルへ置いた。

 「わかったわ」


 「小麦粉の袋、ここに置くわね」

 「うん」

 お互いに作業をしているのでだんだん会話がなくなっていった。そのかわり片付けの作業は進んだ。買い物はしたけれど、本格的な冬が来る前にもう一度買い出しへ行ったほうがよさそう……。

 黙々と作業をしていたら時間が経っていた。


 「少し休憩しましょうか? ちょっと疲れたわ」

 上の方にある棚を片づけたり、しゃがんでお掃除していたりしたら疲れてしまった。買い物もしてきたし休憩がしたい。ルルシアはこちらを向いて、頷いた。

 「ハーブティーを淹れるわ」

 私は手を洗って、ハーブティーを淹れるためにケトルへ水を入れて火にかけた。


 「ローズヒップのハーブティーを淹れるわ」

 疲労回復を助けるローズヒップティーにした。赤い色のハーブティーは甘酸っぱい。好きなハーブティーだ。

 「それじゃあ、作っておいたクッキーを持ってくる?」

 「食べたいわ」

 すぐにお菓子を食べられるのは嬉しい。


 キッチンのあるテーブルの上へ、ルルシアと私の分のハーブティーを淹れると甘酸っぱい香りが漂ってきてホッとした。ルルシアの前にティーカップを置いた。

 「ありがとう。このクッキー、少し焦げちゃって……。売り物にならないけれど、味は普通のと変わりないの。食べてくれる?」

 珍しい。ルルシアがお菓子を焦がすなんて。見たら少し焦げていて、売り物にはならないけれど形は普通だ。

 「大丈夫よ」

 そんなに焦げているわけじゃない。味は少し香ばしいくらいだけど、売り物にできないのか……。


 ハーブティーを飲みながらクッキーを食べて、休憩していた。ふと、指先に視線を向けるとバザーで買った指輪が目に入った。

 「この指輪の宝石、サファイアと言っていたわね。ルルシアの瞳みたいできれい」

 目の上まで手をあげて指輪を眺めた。

 「私のネックレスはエメラルドと聞いた。本物かしら?」

 ルルシアはネックレスを手に乗せて言った。


 「偽物を作る方ががかかるわ」

 「それもそうよね」

 隣国に宝石の採れる鉱山がある。このくらいの小さな石だから、手ごろに買えたお値段だったのだろう。でも良いものを買えて満足している。ルルシアに買ってあげられて良かった。


 王都から離れた町の庶民の女性は、そんなに装飾品をつけない。指輪やネックレス・髪留めくらいで、イヤリングやピアスをつけている人は、ほぼ見かけない。エルフの村にいたときはピアスをつけていたけれど、もうつけていない。

もう少し都会の方に住んでルルシアを飾ってあげたいけれど……。本人が嫌がるし。


 「ルルシアは、こういう宝石に興味ないの?」

 私の手につけている指輪を見せた。クッキーを食べているルルシアと目が合った。

 「きれいなものは、好きよ。でも高価なものは興味ない」

 モグモグとクッキーを食べている。なるほど……?


 「贅沢とかしたくないの?」

 人間だったら贅沢してみたいのではないか? そう思って聞いてしまった。

 「したくないわ。衣食住がきちんとしていればいい」

 ルルシアは興味なさそうに言った。……私も同じ考えだけど、いいのかしら。


  「もし何か欲しいものがあるなら、自分でお金を稼ぐわ。これからはアルシュに楽をさせてあげたい」

 「え? 楽に?」

 私を楽に? 初めて聞いて私はルルシアを見た。楽をさせてあげたい?

 「ええ、そうよ。私もお金を稼げるようになったし。今まで私を連れて旅をして、大変だったでしょう」


 たしかに大変だった。だけど……。

 「もちろん旅は大変だったわ。だけどルルシアと一緒に旅ができて、こうしてお茶を飲めることが幸せよ」

 私が思っていたことをルルシアに伝えた。これは本心。一人だったらこんなに早く、私を育ててくれた恩人のナッシュとアリアの家へ帰ってこなかったはず。私はルルシアに微笑んだ。


 「アルシュ……」

 ルルシアは泣きそうな顔になった。生意気なことを言うようになったけれど、まだまだ可愛い。旅でルルシアと出会えたことは、何かのえんだと思っている。

 「それに……。一緒にいると居心地がいいの」

 「アルシュ……!」

 ルルシアが立ち上がってこちらに走ってきた。どうしたのかと思っていたら抱きついてきた。最近抱きついてくるのが多いような……?


 「どうしたの?」

 私はルルシアの頭を撫でた。ルルシアは猫のように顔を私のお腹へうずめた。

 「アルシュと、ずぅ――と一緒にいるからね! 離れないもん!」

 ギュッとルルシアは、私に抱きついてきた。……離れない? これから好きな人もできると思うし、やがて離れて行って今のルルシアを思い出したりするのかしら。私はルルシアの頭を撫でながら、そんなことを思っていた。

 いつか離れるかもしれない。――さびしい・悲しいという気持ち。多く持ちたくないと、知った。




































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