「アルシュ! これ見て」
朝起きてキッチンへ行くと、香ばしい匂いがした。何かしら、と思ってルルシアに近づくと平らなお皿にたくさんのパンの耳が並んであった。
「パンの耳ラスクを作ってみたの!」
カリッと焼いたパンの耳に、砂糖がまぶしてあった。
「試食してみて。普通の形のラスクもあるから、こっちも食べてみて」
「ええ」
朝早くからこれを作っていたようだ。一つ摘まんで食べてみると、カリカリの食感と甘い味。美味しい。お皿を見てみるともう一種類のラスクがあった。
「これは?」
「それは塩コショウと粉チーズをまぶした、甘くないラスク。塩気のものもあっても良いかなと思って」
ルルシアから説明を聞いて甘いスイーツのお店なのに、塩気の食べ物を作ってみるなんて面白いと思った。
「もらうわね」
そう言って一つ、塩気のラスクを食べてみた。
「んんっ!? これ、美味しい!」
甘いラスクを食べた後なので、塩気のあるラスクを食べると不思議な感じはしたけれど美味しい!
「お酒のおつまみにも、なりそうね」
指で持ちながら、塩気のあるラスクを眺めた。
「そうなの! 味を変えればお菓子にも、おつまみにもなるの!」
エプロン姿のルルシアは笑って言った。
「……型抜きで、色々な形にしても面白いかもね」
何気なく呟いてみた。それは、ルルシアの思いつかないことだったらしい。
「それ! それいいかも! ありがとう、アルシュ! やってみるわね!」
ルルシアはクッキー型のある場所へ、楽しそうに向かった。
「朝ご飯、先に食べるわよ――」
「は――い」
私はルルシアの作ってくれたサンドイッチをいただいた。……なるほど。サンドイッチを作ったときに、切り落としたパンのみみを使ったのか。材料を無駄にしないことはいいこと。工夫すれば美味しいおやつまで作れる。
カフェオレを飲んで、眠気を覚ました。
開店準備をしてお店の周りを掃除してきれいにする。そうしているうちに男性のお客さんがやってきた。
「おはようございます。いらっしゃいませ」
「おはよう! アルシュさん。咳に効くものは、あるかい?」
最近涼しくなって空気が乾燥してきたので、咳をしている人が目立ってきた。
「はい。ありますよ。中へどうぞ」
お店の中へ入ってもらうと、ルルシアが商品を並べ終わったところだった。新商品のラスクが並べてあってなかなかいい感じのディスプレイだ。
「咳に良いのはこれですね」
カウンターの後ろの棚に置いてあるものをカウンターの上へ置いた。
「ああ、ありがとう」
お客さんが受け取って帰ろうとした時に、ルルシアの方へ視線を向けた。
「おや、新作のお菓子かい?」
そう言うとお客さんはルルシアのお店の方へ歩いた。何人かのお客さんが来店していて、ルルシアのお店の前に並んでいた。
「はい。ラスクと言ってパンを焼いて、味をつけたお菓子になります。甘いものが中心ですが、塩気のあるラスクはおつまみにもなります」
こちらをどうぞ、と言って飾っているラスクを紹介した。
「これは……。ラスク? 色々な形があるのだね。お? この犬や猫の動物の形のラスクは、子供達が喜びそうだ。ひとつもらおうか」
男性のお客さんが、ルルシアの作ったラスクを気に入ってくれて買ってくれた。新作を並べてすぐだった。
「ありがとう御座います」
男性はラスクを一つ買っていった。
「あら! 可愛い。花や動物の形のものがあって良いわね! 私も欲しいわ!」
「私も!」
身なりの良いご婦人たちがお買い上げした。なかなか好評で良かった。ルルシアも喜んでいる。
「このラスク、可愛いわ! お友達に紹介するわね~!」
「ありがとう御座います」
ご婦人方はラスクの形が可愛いと言った。女性にも気に入ってもらえたようだ。
そのあともラスクを買ってくれるお客さんが続いた。
「初日でラスクが完売したわ……!」
お店の閉店後、ラスクの完売をルルシアから聞いた。
「好評だったわね。明日は倍の数を用意した方がいいかも……」
手軽なお値段で、可愛い形のラスクは人気が出そうだ。おつまみ系のラスクもお酒に合うので人気が出そうだ。
「アルシュが色々な形の型を使ってみれば面白いかも、って言ってくれたから好評だったのよ。ありがとう!」
ルルシアは私の両手を握ってお礼を言ってきた。ただ思い付きで言ったことがこんなにルルシアに感謝されるなんて。
「え、ええ。よかったわ」
まあ、もしかしたら今日だけのことかもしれないし……。少し複雑だった。新商品は長い目で見てあげないといけない。
「そろそろ眠りましょう!」
ニコニコと笑うルルシアを見て、難しいことを考えるのをやめた。
「そうね」
先にお布団の中へ入っていたルルシアは、私の方へ近づいてきた。
「アルシュ――!」
「ルルシア……!?」
いきなり抱きついてきたので驚いた。夜は茶色い毛から金色の髪の毛に戻しているので、柔らかな金の髪が頬に触れてくすぐったい。足も絡めてきて、ルルシアの体温を感じた。気温が低くなってきている夜は、自分以外のぬくもりが欲しくなる。ルルシアは体温が高いほうなので肌に触れると気持ちが良い。
「アルシュ、お出かけのことなのだけれど……」
胸に埋もれていたルルシアは顔を上げて私の顔の近くで話しかけてきた。
「お出かけのこと? なあに?」
また、ポフッ! と私の胸に顔をすり寄せて、背中へ回していた手に力を入れた。柔らかい布団とルルシアから伝わる体温でホッとした。
「今度お出かけする場所、どこがいいかなぁ……」
どうやら楽しみにしてくれているらしい。モゾモゾと動くルルシア。
「ちょっと……。くすぐったいわ、ルルシア」
私がルルシアに言うと、指を背中で不規則に動かした。
「ルルシア!?」
小さい子供のようにルルシアは、私にくすぐり始めた。
「ふふっ! アルシュのくすぐったい所は、知っているから!」
「ちょっと! やめなさいってば! きゃっ!」
背中や脇などくすぐって、やめない。
「もう! やめないのなら……! 私も、くすぐるわよ!」
「きゃあ!」
二人でムキになって、くすぐり合いをした。布団が乱れて、ぐちゃぐちゃになっていく。
「きゃん! アルシュ、ちょっと待って! 降参――!」
あははははっ! とルルシアが、くすぐられて笑っている。だいたい子供の頃から、先にくすぐってきたのはルルシア。そしていつも負けるのはルルシアだ。
「もう! ルルシアってば!」
くすぐりをやめても笑っているルルシア。
「変わらず、強い……」
ふう……と、深呼吸して枕や布団を直し始めた。みるとだいぶ、寝具がぐちゃぐちゃになっていた。枕元の近くに置いてあるテーブルからコップを取って、水を注いでルルシアに渡した。
「はい。喉が渇いたでしょう?」
「ありがと……」
ルルシアが水を飲んでいる間に布団を直していく。
「私もお水を飲むわ」
ルルシアからコップを受け取って、お水を注いで飲んだ。
「眠る前の運動になったわね」
ルルシアがそんな事を言ったので「もうやめてね」と注意した。
「は――い」
返事をしてけれど、……またやると思う。ふと見ると、ルルシアの髪の毛が乱れていたので手櫛で整えてあげた。もう大きくなったと思っていると、こんな風に小さい子のようにかまってくる。嫌じゃないけれど気が抜けない。
「もう……ルルシアってば」
横になって、こちらを微笑んで見ているルルシアを見ると怒れない。
「アルシュって、怒るけれど私を怒鳴ったり叩いたりしないわね。私の小さい頃から」
ふとそんなことを思い出したのか話しかけてきた。
「怒鳴ったり叩いたりなんてできないわ。こんなに可愛い子、叩けないわよ」
私が正直に言うと、ルルシアは布団で顔を隠した。
「……どうしたの?」
そっと顔をのぞかせるとルルシアは、顔を真っ赤にしていた。
「……見つけてくれたのが、アルシュで良かった」
そう言ってまた顔を隠した。
「……もう眠りましょうね。お休みなさい、ルルシア」
明かりを消すとルルシアはこちらを見た。
「お休みなさい。アルシュ」
しばらくするとルルシアの静かな寝息が聞こえてきた。