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第56話 狐火狩り2

 この、『謎の狐火男騒動』を衣笠組に持ち込んだのは、近藤勇だった。

 その彼が思案顔で言うには、


「日野宿周辺でここ数か月、狐火を操る怪しげなる男が出没している。狐火で追い回したり刀剣で襲いかかったりするため、近隣の人々が震えあがっている。しかし面妖なことに、天然理心流の門弟と駆けつけてもその姿を視認できない。どうやら、視ることができる者と、視ることができぬ者に分かれるらしい。どうにかこの狐火男を始末して欲しい」


 これまでに聞いたためしのない珍奇な話である。

 太一郎は「狐火」というところが解決の端緒になるのではないかと思案したのだが、同席していた英次郎は「浪人」というところに引っかかったらしい。

「刀と剣術の腕前を用いて道行く人を驚かせるとは実に怪しからぬ浪人です。これはすぐな始末しましょう」

 と、鼻息が荒く、その日のうちに太一郎と英次郎の日野行きが決まったのである。

「なにっ、すぐに出立するのか?」

「夏は盛りが過ぎて過ごしやすい。さりとて冬は遠い。つまり、今は歩くのに適しているからすぐに出かけよう」

「いや英次郎、季節がどうのと言うのではなく、日野宿は遠い……」

「何を言うか親分。近藤さんや沖田さんは、しょっちゅう出稽古に行っている。つまり、われらに歩けぬ距離ではない。それに途中、駕籠を拾ってもいい」

「う、ぬう……。しかし、わしだけ駕籠というわけにもいくまい」

 わしも歩く、と宣言した太一郎であった。しかし、健脚の英次郎と甲州街道を通いなれている近藤勇はともかく、肥え過ぎで健脚とは言い難いうえ、体を動かすことをひどく嫌う太一郎である。

 余裕がありすぎるほどにゆったりとした日程を組み、宿場や茶屋を見かけるたびに休憩を取ったが、太一郎は内藤新宿を出たあたりから「もう帰りたい」と泣き言を言いはじめ、府中宿では飯盛り女に目もくれず大飯を喰らい、大切に運んできた好物の「お絹かすていら」を食べ続けた。

 そして近藤に励まされながらなんとか日野宿に着きはしたが「わしはもう二度と歩かぬ!」とわけのわからぬ憤慨をする始末。

 近藤は呵呵大笑、英次郎にはすっかり呆れられたのだが、本人お構いなしである。

「衣笠組の親分はなんともいえず味のある御仁であるな」

 と、近藤はにこにこしながら太一郎を見る。

「日頃から、とてもやくざ者とは思えませんが、親分に降かかる事件はどれも血なまぐさいし、表に出せぬ金が絡んだものも多いので、やはり……」

 太一郎は、そのあたりをしっかり心得ている。英次郎には絶対に関わらせぬ闇の仕事があるのだ。

「親分が引き受ける闇の仕事は危険も多い。組の皆のためにも、闇の仕事からは手を引いて欲しいものです……」

 珍しく英次郎がそんな事を言った。

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