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二〇一七年三月二十八日

 二〇一七年三月二十八日。

 朝起きたとき、体が重かった。

 たぶん、筋肉痛。だけど、悪くない痛みだ。昨日動いたぶん、ちゃんと眠れている証拠でもある。

 最近、「光」って名前に呼ばれるのにも、少しずつ慣れてきた。

 病院でも、おっさんたちからも、誰かと話すたびに「工藤君」って呼ばれる。

 最初は全部他人事みたいだったのに、もう振り向くことに抵抗がない。

 ……それが少し怖い。

 だけど、夢の中では違う。

 ちゃんと「俺」がいる。

 輿水大気として、甲府のグラウンドで、みんなと練習している。

 信二の声が飛んできて、はじめがふざけて、りんがぼやいてて。

 そして、その向こうに——千紗先輩がいる。

 夢の中では、決まって同じ光景だ。

 夕方の校庭。オレンジ色の空の下で、先輩が吹奏楽のケースを肩に歩いてくる。それを遠くから見つめる俺。

 ただ、それだけの光景なのに、なぜか泣きたくなるほど懐かしくて、温かい。

 朝になると、全部消えてる。手の中に何も残っていない。

 過去って、夢みたいなもんなのかもしれない。もう触れられないから、余計に儚く感じる。

 ……千紗先輩。

 名前を心の中で呼ぶたびに、胸がきゅっとなる。

 今でもはっきり覚えてる。最初に声をかけた時のことを。



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