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二〇一七年七月八日

 二〇一七年七月八日。

 初戦が始まると、予想外の展開が待っていた。

 東さんがデッドボールを食らった瞬間、胸に衝撃が走った。

 そして反射的に、心の中で「来た……」と確信が芽生えた。

 驚きよりも先に、胸を満たしたのは歓喜に似た熱だった。

 この感覚を、俺は知っている。

 それは、身体が新しくなっても変わらない感覚。

 世界が、静かに、でも確かに自分の中心に集まっていくような感覚だ。

 ユニフォームの背番号が、ようやく重みを持って肌に馴染む。

 日々の退屈や煩わしさなんて、この場所にはひとかけらも存在しない。

 ここは、俺だけの舞台。

 胸の奥を駆け巡るアドレナリンに任せて、俺は一歩、マウンドへと踏み出した。

 信二がマウンドで待っていた。

 視線が合った。その目が、「大丈夫か?」と問いかけてくる。

 俺は頷いた。強く、迷いなく。

「大丈夫です」

 言葉が喉を通った瞬間、すべてが変わる。

 まるで世界そのものが、俺のために用意された装置みたいに見えた。

 重力の中心が、いま確かに自分にある。

 そう、ようやく帰ってきた。

 この場所へ。

 あの時の、ピリつくような緊張感。

 喉の奥に詰まったような高揚感。

 何もかもが、俺を呼び戻してくれていた。

 ひとつ息を吐く。

 指先に意識を集め、風を斬るように腕を振る。

「ズバッ!」

 白球が信二のミットに吸い込まれた瞬間、審判の声が響く。

「ストライク!」

 たったそれだけのやり取りで、俺の中に火が点いた。

 肩が震えるほど嬉しくて、笑い出しそうで、でも必死に堪えた。

 心の中では叫んでいた。

「なぁ、見てろよ。てめぇら全員、黙らせてやるわ」

 俺の夏が、ようやく戻ってきた。


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