目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

二〇一七年七月十七日

 二〇一七年七月十七日。

 この夏は、少しずつ、俺に味方しはじめていた。

 二回戦、三回戦と、嘘のようにスムーズに勝ち進んでいく。

 マウンドの上でボールを握るたび、肩から腕へと流れ込んでくる力が確かに感じられた。

 ピッチャーとして、チームの一員として、その一球に声援が集まる。

 歓声に背中を押されながら、俺は今、たしかに「ここにいる」。

 放課後の教室でも、何となく空気が違ってきた気がした。

 クラスメイトの挨拶がよりフランクになって、冗談の数も増えた。

 誰かの期待を背負って、グラウンドに立つ自分が、少し誇らしくて、でもどこか照れくさかった。

 家に帰れば、母が夕飯をつくりながら笑っている。

 湯気の向こうで、「昔の光に戻ったみたい」とつぶやく声が聞こえた。

 その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。

 少年野球のころ。

 都大会を目指して、朝も夜もグラウンドで泥まみれになっていたあの日々。

 あのころの自分が、今ここにもう一度戻ってきているような気がした。

 勝ちたいと思えることの幸せを、ようやくまた感じられている。

 ――とはいえ、現実は甘くない。

 学園祭の熱狂がようやく落ち着いたかと思えば、今度は期末テストが待ち構えていた。

 クラス全員がクタクタになっている中、まるで追い打ちをかけるように試験がやってくる。

「なぜこのタイミングなんだ」

 誰にぶつけることもできない苛立ちを抱えながら、俺たちは再び机に向かわされた。

 そんな中で、ひとつだけ救いがあった。

 それが、日本史。

 小学生の頃、新宿の本屋で母が買ってくれた、日本史の漫画。

 戦国武将の名言や、幕末の熱狂を、何度も何度もページが擦り切れるほどに読み返した。

 物語のように頭に染み込んでいたその知識が、今になって思わぬ形で力を貸してくれる。

 答案を返されると、思わず目を疑った。

 まさかの、学年トップクラスの点数。

 そのせいで、日本史の担当の高橋監督が眉をひそめて言った。

「お前、……カンニングしてねぇよな?」

 冗談半分、本気半分。

 でもその目つきは、試合中のサイン確認より鋭かった。

 俺は思わず笑ってしまった。

 そんなひと悶着さえ、今となっては、ひと夏の鮮やかなスパイスだ。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?