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第3話 Black sheep⑤

「ここー!」


 店の看板を見上げながら、フィーが目をキラキラとさせながら叫ぶ。


「おいフィー! 耳元で叫ぶなよ」

「だって、ここなんだもん!」


 ライアンの訴えにも耳を貸さず、フィーは興奮気味にそう言った。


「何がだよ」

「あたしが行きたいって言ってたお店! ほらそこ見て!」


 指差された看板には【スリースペード】と書かれていて、パンフレット片手にフィーが話していた店名がそんな名前だったことを思い出す。


「ほう。ソムニウムさんもご存知だったとは。やはり若者に人気の店なのだなここは」

「あはは……」


 フィーはそんな愛想笑いを浮かべると、こっそりとライアンの服の裾を握った。一瞬だけ彼女の腕に抱かれているイニのオレンジ色の瞳と目が合う。彼女の目が「なんとかしなさい」と言っているようで、ライアンは内心ため息を吐いた。


「まっ、とりあえず目的の店に着いたんだし入ろうぜ。ロビンさんも本当にここでいいのか?」

「もちろんだとも」


 どこか嬉しそうに言うリーガスの後に続くように、三人は店に足を踏み入れる。店構えはどちらかと言えば落ち着いていて、先程リーガスが言っていた老人一人で入りにくいとは思えなかった。ただ、中の客層は若い人が目立つため、リーガスとしてはそのことを言っていたのかもしれない。


「いらっしゃいませ。奥のテーブル席へどうぞ」


 若いウェイターが恭しく頭を下げながら、四人を席に案内してくれる。その間にライアンは店内をぐるりと見渡す。

 席の大半が埋まっており、そのほとんどが若いカップルやグループ客ばかりで、その楽しそうな雰囲気を見ていると同じ若者であるはずなのにちょっとした疎外感を覚えてしまう。


「ん?」


 不意にとあるカップルの後ろに飾られている絵画が目に留まる。


「ライアン? どうかした?」


 先に席に着いていたフィーが不思議そうな顔でライアンを見る。それから、その視線をゆっくりと辿ってから、ニヤァと楽しそうな笑みを浮かべる。


「もしかしてライアンもああいうの興味あったり? いやぁキミもやっぱり若い男の子なんだねぇ」

「はぁ? 何の話だよ」

「何ってあのカップル見てたんでしょ?」


 そう眉根をひそめて言う彼女の様子に、ようやくフィーが言っていることを理解する。ちょうど彼氏がフォークで切り分けたケーキが彼女の口の中に吸い込まれていくところで、美味しそうに笑顔を咲かせるその様子に、ライアンもどこか幸せな気持ちになる。だが、残念ながら見ていたのはその後ろだ。

 否定しようと口を開くよりも早く、リーガスが「奥の絵の方だろう?」と言った。


「ん? 絵の方?」


 フィーがそんな声とともについっと顔を上げると、ようやくそこに絵があることを認識したらしく、不満そうに口を尖らせてライアンを見てくる。


「んな目でこっち見んなよ。それはそうと、セーカイだよロビンさん。よく分かったね」


 ライアンはそう言いながら、フィーの隣の席に腰掛ける。着席するのを見届けてからリーガスは「たいしたことじゃないさ」と笑った。


「仕事柄人の細やかな動きが気になってしまうんだ。視線の先があのカップルに向いていないなと思っただけさ」

「へぇすごいね。ロビンさん、あんた何者?」


 スッと目を細めて訊ねる。するとリーガスはそんなライアンの緑色の瞳をじっと見つめながら、ふふっと小さく笑った。


「大した仕事じゃないさ。ただ、部下に正当な評価を下したりする必要があってね、サボってないか監視している内に、と言ったところさ」


 リーガスはそう言うなり、指でその大きな目を広げて見せた。その様子があまりにもおどけていたから、隣のフィーがぷっと小さく吹き出した。それに釣られるように、ライアンも少しだけ表情を崩す。


「ロビンさんの部下は大変そうだな」

「そんなことはないぞ? 私の部下は皆生き生きと働いてくれる者ばかりだ。おっとそんなつまらない話よりお腹が空いただろう。あぁ、そこの君。私には一番高いビールと、ツマミになるものを。カーライルくん達はどうする?」

「俺は食えれば何でも。フィーはパイが食いたいんだろ?」

「そうだけど……」


 フィーはもごもごとしつつ、目の前に置かれたメニュー表を睨んでいる。その様子に気が付いたのか、リーガスはガハハと豪快に笑った。


「二人を見ていると昔の自分を思い出してしまうな」

「昔って?」


 ライアンの問い掛けに、リーガスは嬉しそうにこくりと頷いてみせる。


「何、私も昔は君達と同じように慎み深かったと言うことさ。だが、ある日上司に言われたんだ。『俺も先輩に世話になった。だから、次はお前が後輩に同じことをしてやればいい』とね」

「同じことを後輩に、ね。でも俺達はロビンさんの後輩じゃねぇよ?」

「変わりないさ。私にとってはね」


 そう言ってウィンクするリーガスに、ライアンとフィーは顔を見合わせる。


「そこまで言われると遠慮する方が失礼か。んじゃ遠慮なく。フィーはどれがいいんだ?」

「……これ、かな」


 そう言っておずおずと指差さされたのは、この店オススメと書かれた物で、リーガスはふっと優しく微笑む。


「では、それを頼もう。君、とびきり美味いやつを頼む」

「もちろんです」


 ウェイターもにっこりと笑みを浮かべると、そのまま店の奥へと消える。


「あのっ、本当にありがとうございます、ロビンさん」

「先程もカーライルくんに言ったが、気にすることなんか何もないさ。後は君が大人になった時に同じことをしてやってくれたらいい」


 リーガスはそう言って、視線を先程ライアンが見ていたそれに目を向ける。


「ところで、カーライルくん。話が変わってすまないが、君はあの絵をどう思う?」

「どう思うって言われてもな。綺麗な絵だと思うよ」

「ハハハそうだね。しかし、ただ綺麗だから気になった訳ではないだろう?」


 リーガスの瞳が、すっと細められる。ライアンはその様子に片眉を上げるが、やがて観念したように息を吐いた。


「別にたいした理由なんかねえよ。ただ、白の魔女について描かれた絵だなって」

「あれが? そうなの?」


 フィーの問い掛けに、ライアンはこくりと頷く。


「そう。あの白いドレスみたいな服に白くて長い髪。あれは白の魔女に共通して語られる特徴なんだよ」

「へぇ……あっ、もしかしてジェームズさんの家にあった絵も?」

「多分な。そう考えると、白の魔女に限らず魔法は既に廃れたもので、しかも魔法を信じると変わり者に見られる今の世の中で、こうして白の魔女の絵が飾られてるのに違和感があってさ」


 ライアンの言葉に、リーガスが興味深そうに「ふむ」と唸った。


「カーライルくんの問いはもっともだな。しかし、それは簡単な話なんだよ」

「簡単な話って?」


 リーガスはこくりと頷くと再び口を開く。


「六人の魔女の話も魔法も、どちらも真実ではない御伽話ではあるが、知らない者は少ないだろう? 多くの人にとって、それが本当かどうかは関係ない。ただ、白の魔女が成したとされている功績は素晴らしく、見習うべき教訓があることを忘れないために、あぁして芸術の題材になっていると言うことさ」

「……なるほどね」


 ライアンは納得するが、フィーにはいまいちピンと来ていないようで、「どう言うこと?」と眉間にシワを寄せている。


「逸話としては色々あるけど、共通して白の魔女は命を生み出す存在である以外にも、魔法の力で多くの人を助けたとされているんだ。例えば飢餓で苦しんでいる人々の土地を水と食料で溢れた豊かな土地に変えたり、悩める人々にはその悩みを解決できるように寄り添ったりっつー感じにな。白の魔女の文献を漁ればこんな話がごろごろ出てくるよ」


 そう言ってライアンが背もたれに体重をかけると、ギシッと椅子が鳴った。ライアンの言葉を引き継ぐかのように、リーガスが口を開く。


「今カーライルくんが話してくれた内容の根本には、どちらも困っている人には損得に関係なく助けなさいと言ったメッセージが込められていると言うことだね。だから、人を思う気持ちを忘れないようにと、絵や文献として残し、後世に語り継がれていく。例えばこの国の首都であるアローラ・シティも、白の魔女の名前である〈アローラ・ライズ〉が由来だったりするからね」

「えっ、そうなの!?」


 驚きのあまり声を上げるフィーに、ライアンとイニはそろってこくりと頷いて見せる。


「有名な話ね。他にもアローラって付くものは結構あったりするわよ。例えばアローラ湖やアローラ橋なんか至る所にあるわね」

「……なんか凄いね」


 イニの言葉にフィーが目を丸くしていると、リーガスはクククと喉の奥で楽しげに笑った。


「ソムニウムさんは素直でいいな。うちの若い連中にも見習って欲しいものだ」

「そ、そうですかね?」


 フィーの問いに、リーガスは「そうとも」と強く頷く。


「時には知らないことを隠すことが必要な場面もあるだろう。しかし、知らないことは知らないとハッキリ口に出すことは大切なことだと私は思うのだよ」


 フィーが何か言おうと口を開くよりも早く、テーブルの上にビールとソーセージ、パイ二つが運ばれてくる。


「さっ、堅い話はここまでにしよう。料理はいつだって食べ頃を逃せば不味くなるものだ」


 リーガスはそう言ってウィンクすると、「乾杯」と言って美味しそうにビールで喉を鳴らした。

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