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第3話 Black sheep⑥

「いやあ、実に美味かった」


 ビール二杯を飲み干したところで、リーガスがそう言って立ち上がった。


「それじゃあお勘定はしておくから、君達はゆっくり食べなさい。あぁ、ウェイター。お勘定を」

「かしこまりました」


 近くに備えていたウェイターにリーガスは金銭を渡すと、そのまま店を後にしようとする。その後を追うように、ライアンとフィーも立ち上がる。


「ロビンさんもう行くのか?」

「あぁ。こう見えて多忙の身でね。実に愉快な時間だったよ。ありがとう三人とも」

「それはこっちこそだよ。本当にありがとうロビンさん」

「あ、ありがとうございました! ご馳走様でした!」

「何度も言ってるが、私もしてもらったことだ。気にしないでくれ。それに、私も久々に若い者達と交流できたからね。そう考えると安いものさ」


 リーガスはそう言ってライアンの肩を数回叩くと、そのまま店を後にする。

 ライアン達はその後ろ姿をしばらく眺めていたが、やがてゆっくりと腰を下ろした。


「いい人だったな」

「……うん」


 そう答えたフィーの眉間にはシワが寄っていて、イニがくいっと服を引っ張った。


「フィー? どうかした?」

「……ううん、何でもない。ただ何でか分かんないけど、胸の奥がソワソワして」

「胸の奥がソワソワねぇ」


 ライアンは呟きながら、まだ少しだけ残っていたパイに齧り付くと、甘い味付けの牛肉の旨みが口の中に広がる。


「実は知り合いだったとか?」

「それはないよ。だって、あんな人。一回会ったら絶対忘れないと思うし」


 フィーが首を左右に振りながら否定すると、ライアンも「間違いねえな」と笑った。


「少なくとも俺は忘れらんねぇだろうな。あんないい人中々いねぇよ」

「いい人かどうかはともかく、少なくとも気前はいい人ね」


 イニの言葉に「それもかなりのな」と同意しながら、ライアンは最後の一切れを口に放り込む。


「ゴーマンさん然り、助けてもらってばっかりだな」


 胸ポケットから写真を取り出し、その写真に映る人物を眺める。


「それゴーマンさんから預かってるやつだよね? あたしも見ていい?」

「ん? あぁ」


 フィーは写真を受け取ると、それをじっと眺め始める。


「これ、いつ撮った写真なんだろうね。もしかして結婚する前とか?」

「さあな。まっ、気になることは全部本人に会った時にでも訊きゃいいだろ。なぁイニ」

「それはお好きにどーぞ。そんなことよりこれからどうするつもり? もう夕方だけど」

「まあ、今日のところは宿取るしかねぇだろ。宝石店みたいなとこが夜中まで店やってるとは考えらんねえし」


 ライアンの言葉に、フィーもこくこくと頷く。


「でも、今からだと――」

「おっ、そこに写ってるのはガーネットさんじゃないか」


 ライアン達が驚いて顔を上げると、そこには厨房服に身を包んだ、浅黒い肌の若い女性がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。


「ああっと悪いね。驚かせたかい? あーしはこの店の料理長のジェニーってんだ。食器を下げに来たら常連の若い頃らしき写真がたまたま見えちまってね。つい声掛けちまったんだ。許しておくれ」


 ジェニーと名乗ったその女性は、にっと白い歯を見せて笑うと、そう続けた。


「こ、この人を知ってるんですか?」


 フィーの問い掛けに、ジェニーは「この街でガーネットさんを知らない人はいないさ」と嬉しそうに答えてくれた。


「そんな有名な人なんだ?」

「そりゃあ、この街一の宝石商と言えば、皆んな口を揃えてガーネットさんの名前を挙げるだろうね。偏屈な人だけど、とんでもなく商才がある人だし、案外話してみると面白いんだ」


 そう楽しげに言う彼女の様子から、それが嘘ではないことは分かる。


「常連ってことは今から行ったら会えたりすんの?」

「んーどうだろうねぇ……足を悪くしてからは店が開いてる日も少ないって聞くし……なんだい、アンタら若いのに宝石なんて買うつもりかい? 見た目によらず随分儲かってるんだねぇ」


 ジェニーは言いながらライアンとフィーを青い瞳で交互に見比べてから、にやぁと楽しそうな笑みを浮かべる。


「もしかしてあれかい? 恋人にプレゼントってやつだね?」

「ちげーよ!」


 ライアンが否定すると、ジェニーはアッハッハと声を上げて笑う。


「フィーも否定しろよ!」


 ライアンがそう言うも、フィーは顔を真っ赤にさせてアワアワとしているだけだし、その様子をイニが「しーらない」とでも言いたげな表情で不機嫌そうに見つめているばかりだ。


「そんな否定しなくてもいいじゃないか。ねぇお嬢さん?」

「あっ、えっ、あの、本当に違うんですえっと……」


 フィーのそんな様子が面白かったのか、ジェニーは茶色い髪を揺らしながらまた笑うが、ひとしきり笑った後、誤魔化すように咳払いを一つした。


「ちょっと茶化し過ぎたね。いやぁ、あんまりにも初々しいお客さん達だからつい悪戯心が働いちまった。お詫びに今夜はウチに泊まりな。従業員用の部屋が空いてるからね」

「いや、この話の流れで言われても……っつーか、なんでジェニーさんは俺らが宿を取ってないこと知ってんだよ?」

「たまたまね。食器下げに来たら話が聞こえちまったのさ」


 そう肩をすくめて言う姿に、ライアンは何も言えなくなる。イニの方へチラリと視線を向けるも、彼女は面白くないとでも言いたげにそっぽを向いてしまっていた。


「まっ、揶揄からかったのはあーしだから、嫌なら今の話は忘れておくれよ。ただ、さっきも言った通りガーネットさんの店が開いてるかは分からないし、どうせなら店が開くまではここにいたらいいさね。それに、店が開くまで宿に泊まり続けてたら、いくらアンタらが金を持ってたとしてもあっという間に破産しちまうよ」

「でも、流石に何もしないで泊まらせてもうらうのは悪いしさ」

「んーそうだねぇ。それなら、この街に滞在する間はウチの店で働くってのはどうだい? ちょうど最近人が辞めちまってね。あーしは人手が欲しい、アンタらは寝泊まりできて、しかも食事まで付く。悪い話じゃないだろ?」


 ウィンクしながら言うジェニーに、ライアンはアハハと乾いた笑いを浮かべる。


「最初からそれが目的ってことね」

「さーて何のことだろうねえ? まっ、細かいことはいいじゃないか。それじゃあよろしく頼むよ三人とも。ところでアンタら料理の心得は?」


 ライアン達が困ったように顔を見合わせると、ジェニーは一際楽しそうな笑い声を上げた。

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