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第3話 Black sheep⑧

「――は?」


 町長の疑問に答えるように、マモンはリヴァイアサンへと視線を向ける。リヴァイアサンは紫色の瞳で彼女を睨むも、何も言わずに胸元から一枚の紙を取り出す。


「随分と私腹を肥やしてくれてるみたいね。町長さん?」


 震える手で町長がその紙を受け取ると、どんどんその呼吸が浅くなっていく。


「あんさんが言うたんやで? この町を豊かにして欲しいって。陛下はただその哀れな願いを聞き届けて、あんさんにラクリマのカケラを授けたんよ? せやのにあんさんときたら……」

「こ、これは嘘だ! こんなこと――」

「何かの間違い、だって言いてぇのか?」


 サタンが煙草に火を点けながら、言葉を拾う。彼の口から吐き出される煙に、町長は滝のような汗を流しながら、助けを求めるようにリヴァイアサンへ視線を向ける。


「そんな顔してこっちを見ないでもらえるかしら。残念ながらこの町が最近交易で売り上げを伸ばしてるって調べはついてるの。それなのに、納められた物が去年と同じだなんて。ねぇ?」

「そ、そんな! ワシは町長だ! この町が豊かになったのなら、この町の人々に還元するのは当たり前の話だろう!? 大体この町の売上の四十五パーセントなんてぼったくりもいいところだろう!!」


 マモンはやれやれとでも言いたげに、煙草を咥えると、マッチに火を点ける。その様子に、町長は「ひっ」と間抜けな声を上げた。


「ぼったくりなァ……。他のところはちゃーんと払ってるんよ? それに、契約は契約。しかも、他でもない陛下とのもんや。それだけの方とあんさんは契約を結んだんよ」


 ふっと、マモンが紫煙を町長に吹き掛ける。後ろではスコクスが楽しそうな声で「契約ー!」と叫んでいるのが聞こえる。


「契約……」

「そうやで。契約が守られへんねやったら、しょーがないわなァ」

「ま、待ってくれ! ちゃんと払う! 払うから命だけは……」


 その言葉に、マモンは堪え切れないとでも言うように、口元を楽しげに歪めた。


「へぇ、聞いたぁ? 払ってくれるんやてぇ」

 喉の奥でクツクツと笑いながら、マモンは町長の怯えきった瞳を覗き込む。

「なぁ、教えてくれへん? どうやって、払ってくれはるん?」

「そ、それは……」


 町長の視界に映る景色には、かつての美しい町並みはない。あるのは自分がよかれと思ってやった行いのせいで滅ぼされてしまった何かがあるだけだ。


「スコクス。視覚」

「――は?」


 マモンの冷たい言葉が町長な鼓膜を揺らした次の瞬間、背中に何かが触れたと思うよりも早く辺りが真っ暗になってしまう。


「ま、前がッ! なんだこれは何も見えなく――」

「フフッもう見たないやろ? 自分のせいでなくなってもうた、この町なんて」


 耳元で囁かれた言葉に、町長はグッと唇を噛む。


「ふ、ふざけるな貴様! ワシが何をしたと言うんだ! ただこの町の人々の幸福を願っただけだぞ!!」

「せやなぁ。立派なことよ。誇ってええと思うわ。なぁサタン」

「ケッ。間抜けな質問だな」


 サタンは退屈そうに答えると、首をボキボキと鳴らした。それを見て、町長の肩に手を置くスコクスがクスクスと笑う。


「間抜けだってー間抜け!」

「ど、どこが間抜けなことかッ! ただ奪っていくだけのお前らなんぞに、この気持ちが分かってたまるか!!」

「せやなァ。でもな、うちらは分かるつもりなんてサラサラさいんやわァ。堪忍してや」


 町長は目から大量の涙を溢しながら、グッと唸り声を上げる。その様子に、マモンは目元を緩ませて、立ち上がる。


「スコクス、もうええよ」

「やだぁ」


 スコクスが町長から手を離したのと同時に、町長の視界が回復する。暗闇から解放された彼の視界を埋め尽くしたのは、周りで燃える炎のせいで逆光になったマモンの姿だった。

 表情は分からないが、それでも彼女の口元が楽しくて楽しくて仕方がないとでも言うように歪んでいることだけは分かった。


「お前らのような邪悪な存在にはいつの日か必ず白の魔女様の罰が――」


「罰ゥ? なんやそれ。ほんまに白の魔女がそんなことしてくれると思うてはるん? やとしたら滑稽やわ。だって、信じとるもんに裏切られとるんやもん。そんなもんに縋らなあかんなんて、ほんま、哀れやなァ自分。哀れ過ぎて笑ろてしまうわ」


 町長が何か言い返そうと口を開くよりも早く、マモンの舌が滑らかに動く。


「ほな、さいなら」

「待ッ――」


 次の瞬間、先程まで町長が居た場所を中心に、ぐちゃりと、粘り気のある音を立てながらクレーターが出来上がる。その中心を見て、サタンはヒューっと楽しげな口笛を吹いた。


「相変わらずエグい奇跡だな」

「そうかしら? アタシには下品にしか見えないわよ」


 二人のそんな会話を聴きながら、マモンは先程まで町長だった何かが転がっているクレーターへと足を踏み入れる。迷いなく肉塊へその長く美しい指を突っ込むと、あれだけの圧力を掛けられても尚強く光り輝く一つの石を拾い上げる。


「あんさんが悪いんやで? ちゃーんとお利口にしてたらこんなことにならんで済んだんに」


 マモンは拾い上げたそれに付着した血を服の裾で拭い取ると、そのまま胸元へとしまう。


「ほな、今日のお仕事はこれで終いやな。行くで、スコクス」


 くるりと踵を返して歩き出したマモンに、スコクスがとてとてと可愛らしく付き従う。しかし、途中テディベアを見つけると、それを嬉しそうな顔をして拾い上げた。


「あらぁ、ええもん見つけたんやね。持って帰ろか」

「持って帰らない!」


 二人はそんな会話を交わしながら、この場を後にしてしまう。その姿が暗闇に消えるのを見届けてから、リヴァイアサンは憎々しげに鼻を鳴らした。


「次も四人でと言われていたはずなのに、なんであんなに勝手なのかしら」

「別に勝手でいいだろ。オレらは元々そう言う集まりだ」

「アンタが言うと嫌に説得力があるわね」

「そうかい」


 サタンは新しい煙草に火を点けて、カカッと短く笑った。


「オレ達は陛下が求めることをやってりゃいいんだ。そうすりゃ新世界で好き勝手やれんだからな。それまでは陛下の命令に従っときゃいいんだよ」

 リヴァイアサンは紫色の瞳でサタンを睨むも、やがて「それもそうね」と呟いた。

「それじゃあさっさと次の仕事場へ向かうわよ」

「あいよ。で、次はどこだ?」


 ついっと夜空を見上げながら、本当になんでこんな奴らばっかりが幹部なんだと嫌になる。だが、自分の奇跡だけでは命令を遂行できないことも分かっているからこそ、リヴァイアサンは嫌々口を開く。


「ハーネス・シティよ」


 その名前を聞いた瞬間、サタンの顔がニヤリと楽しげに歪む。


「ハーネス・シティか。デケェとこだし、次は骨のあるヤツがいりゃ最高だな」


 リヴァイアサンは彼の首元に彫られた巨大な狼のタトゥーを見てから、自身の左手首に嵌められた、銀色に光る蛇のブレスレットをそっとなぞる。


「余計なことはしないでよね」


 そんな言葉を呟き、リヴァイアサンはサタンと共に暗闇へ向けて歩き出す。

 やがて二人の姿が月光も照らさないような暗闇へ消えてしまうと、家々が燃える音だけが虚しく辺りに響いていた。

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