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第4話 Devilcry①

 ライアンはスパナをクルッと回すと、くぁっと大きな欠伸を浮かべた。

 その緑色の瞳の先には青々とした空が広がっていて、それがまた眠気を誘う。


「もう終わってんじゃん」


 ライアンが声のした方は視線を向けると、そこには黒髪の青年が一人、笑顔を浮かべて立っていた。


「なんだバッカスかよ。ちょうど今終わったよ」


 言いながら顎で指し示した先には、まるで新品のように修理された机が置いてある。最初見た時はボロボロ過ぎて本当に直せるのかと不安になっていたが、こうして修理が終わったものを眺めていると思わず頑張ったなと自画自賛してしまう。


「スッゲーな。マジでライアンって器用だよなぁ、っておい今『なんだ』つったか?」

「何だよそのノリ」


 ライアンが思わず笑ってしまうと、バッカスと呼ばれた彼も嬉しそうな表情で煙草を咥える。


「なぁおい。ここで煙草吸うのはいいけど、燃やすなよ? マジで頑張ったんだから」

「んなことそれ見りゃ嫌でも分かるっつーの。あーマジで疲れた」


 彼の口から吐き出される紫煙を眺めながら、ここに来てもう二週間が経ったのか、なんてことをぼんやり考える。


「昼の営業はまだ終わってないだろ? こんなとこいて大丈夫なのかよ」

「んーにゃ。ライアンが一人で寂しくないかなと思って、煙草ついでに見に来ただけ」

「つーことはただのサボりじゃねぇか」


 初めてこの店に訪れた時に案内してくれたウェイターは、今こうしてダラけた姿を見せてくれている。仕事の時とは違う彼の様子を知れているのだと考えると、少しだけ嬉しいような別にどうでもいいような。

 最初こそ居候と従業員と言った関係だったが、彼がサボりに来る場所で作業をしていたことや、彼が自分より三つ程上だと分かったことで自然と距離が近くなり、今に至る。


「今日は混んでたみたいだな」


 ライアンが何となしにそう訊ねると、バッカスは「はぁ?」とでも言いたげな表情を浮かべる。


「んなもん見たら分かんだろ。ライアン達がここに来てから忙し過ぎて休む暇もねえよ。まっ、店が賑わってるのはいいんだけどさ」


 バッカスはそう言うなり、首をポキポキと鳴らす。その様子から如何に彼が疲労しているかがよく分かる。


「悪いな。中のこと何もできねぇで」

「あー? 別にライアンが謝ることじゃねえだろ。ライアンは元々店の備品を修理してもらうために雇ったってジェニーも言ってたしな。それに、夜は厨房にも入って皿洗いしてくれてるじゃねぇか。あれ、マジで助かってるんだわ」

「ハハッ、そう言ってもらえると気分が楽になるよ」


 ライアンの答えに、バッカスは「真面目か」と言って声を大にして笑う。


「とりあえずマジで気にすんなって。後はウェイターならあの子もいるんだし」


 バッカスがそう言いながら店を覗き込むので、つられるようにライアンも視線をそちらへ向ける。


「フィーちゃん! こっちも注文お願い!」

「おっ、フィーちゃん今日も頑張ってるねー。そしたらビール、追加しちゃおうかな」

「お姉さーん! こっちにもビール追加で! あっ、ジョッキで三つ……じゃない四つ!」


 店内ではそこかしこで楽しげな会話が聞こえつつ、その合間合間でフィーを呼ぶ声が響いている。

 その一つひとつに、フィーは嫌な顔一つ見せず「はーい!」と元気よく返事をしている。


「……すげぇなあいつ」

「すげぇなんてもんじゃねぇよ。あの子が来てから、あの子目当てでくる客も増えたしな。老若男女関係なく好かれるのはフィーちゃんの才能だな」


 最初こそ失敗もあった彼女だったが、バッカスの言う通り、彼女はあっという間にここに馴染んでいた。今では一人でもある程度テキパキと仕事をこなせるようになっているし、大したものだと思う。


「アイツは人と仲よくなる才能があるんだろうな」

「間違いない。まっ、人気者はフィーちゃんだけじゃないけどよ」

「あん?」


 ライアンが眉根をしかめるのとほぼ同時に、背後から子ども達のキャッキャッと楽しげな笑い声と、イニの怒声が響く。


「だから私はブリキじゃなあああああああああああい!」


 それがまた子ども達の琴線に触れたようで、きゃーっと嬉しそうな声が上がる。

 そちらへ視線を向けると、レジ台に乗りながらイニがそう叫びながらぷんすかと怒っている。


「あーもう何回言えばいいのよ! ちょっとそこ! お店の中は走らないの! あっ、こら離しなさい! 髪を引っ張らなあああああああああい!」


 そんな風景に、店内には楽しげな笑い声が起こる。イニも口では怒っているが、案外こういった仕事が性に合っているのかもなと、知らずしらずのうちにライアンの口元に笑みが浮かぶ。


 視線を感じて隣に視線を向けると、にやぁとした笑みを浮かべるバッカスがいて、ライアンは顔を引きつらせる。


「……んだよ」

「いやぁ? ただ、お前らがここでくれてもいいんだけどなあって思ったり?」

「んだよそれ。悪いが目的を果たしたら少なくとも俺とイニは出ていくからな。……まあ、フィーがどうするかは分かんねえけど」

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