目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 Devilcry②

「わーってるよ」


 バッカスはそう言ってライアンの肩を叩くと、流れるようにもう一本の煙草に火を点ける。


「ただの愚痴だって。けど、あの二人が残ってくれりゃ店も繁盛し続けるんだけどなぁ……」

「おい、それが本心だろ」

「あ、バレた?」


 ケケケっと意地悪そうな笑みを浮かべながら、バッカスが気持ちよさそうに煙を吐き出す。


「でもま、ライアンがいてくれたら嬉しいのはマジだよ。それに、繁盛すればする程ジェニーの夢も叶うしな」

「ジェニーさんの夢?」


 ライアンの問いに、バッカスはこくりと頷く。


「そっ。前に話したかもだけど、俺もジェニーも出身はここから少し行ったスラムなんだ。スラムってさ、変な薬が蔓延してたり、盗みや殺しが当たり前にあるような場所だからさ、やっぱり危ねぇのよ。でも、そんな場所でも望んでも望まなくても子どもは産まれる。ジェニーと俺は、二人であそこの子達が安心して働ける場所を作りたいと思ってスラムを出てこの店を始めたんだよ」


 懐かしむように細められた彼の目は、きっと彼の言う出身地を見ているのだろう。ライアンは何も言わず、ただ彼が再び口を開くのを待つ。


「俺さ、弟がいるんだ。つっても血は繋がってないんだけどな。でも、物心着いた頃からずっと一緒にいて、あんな場所でもコイツがいれば生きていけると思いながら生きてきた」

「へぇ。その弟さんとやらはまだスラムにいるのか?」


 バッカスは少しだけ悲しそうな表情を浮かべると、「あぁ」と言って頷いた。


「何だよその表情。何かあったのか?」

「別に大したことじゃねぇんだ。あいつは俺より頭がよくてさ。スラムの人達を助けられるような医者になりたいってずっと言ってたんだ。でも、あんなところでマトモな教育を受けられるはずもないし、俺はアイツに一緒に来いって言ったんだけど、ここに残るってキッパリ断られちまってそれっきりだ」

「何だよそれ……仲直りはしなくていいのか?」


 バッカスはその問いに、首を緩く振ることで否定する。


「いいんだよ。風の噂でアイツが最近医者に弟子入りしたって聞いたし。余計なことしなくてもアイツはアイツの道を生きてる。出て行ったヤツがとやかく言うようなことじゃねえよ」


 どこか寂しさのある声で言う彼に、ライアンは何も言えなくなる。それを察したのか、バッカスは「悪かったな」と笑ってみせた。


「……色々あんだな、お前も」

「あん? 別に色々って程じゃねぇよ。それに、別に俺は今のままでも構わないと思ってるし」

「へぇ。そりゃまたなんで?」


 ライアンが眉間に皺を寄せながら訊ねると、バッカスはハハッと笑いながら楽しそうに煙を吐き出した。


「アルフレードにはアルフレードの人生があるからな。アイツが自分で考えて選んだことに、俺がとやかく言う方が野暮ってもんだろ」


 アルフレード、と言うのが彼の弟分の名前なのだろう。ライアンは会ったこともない、そのアルフレードとやらに思いを馳せる――も、特別思い入れがない分何も出てこないのだが。


「でも、そう言うってことは、本当はアルフレードって子にはこっちに来て欲しいと」

「んぐっ……お前そんなにズバッと言うなよ。そりゃあさ。やっぱり自分が家族だと思ってるヤツには、そばに居て欲しいもんなんだよ」


 ぷかぷかと気怠げに紫煙を吐き出しながら言う彼に、ライアンはふと師匠とソフィアのことを思い出す。彼女らはきっと――いや、別に何とも思ってなさそうか。


「そう言うもんかねぇ……」

「何だよ。ライアンには待っててくれるヤツ――イッテェ!!」


 バッカスが言い終わるよりも速く、彼の頭が勢いよく叩かれる。あまりにも透き通ったパシンと乾いた音に、ライアンは驚きのあまり思わず身を引いてしまう。


「なーにサボってんのよアンタら! このクソ忙しい時に!」


 背後を見ると、後ろでは腕を組んだ浅黒い肌の若い女性が、短く切り揃えられた金色の髪を風になびかせて立っていた。彼女の黒い瞳は怒りのせいで驚く程冷たい。


「あー……ジェニーさん。俺はそのっ、ちゃんとやること終わったからぁ……」


 そろーっとその場を逃げ出そうとしたライアンの首根っこを、ジェニーがぐっと掴む。


「同罪に決まってんでしょ? アンタら揃いも揃ってサボりすぎ! フィーちゃん見て何か思うことないわけ!?」


 視線を店の中へ向けると、そこには次々と届く注文を笑顔で受け答えし続けるフィーがいて、ライアンは何も言えなくなる。


「……悪かったよ」


 素直に降参するライアンに、バッカスが「あっ! ズリぃ!」と叫ぶ。


「何がズルいよ! このバカ!」


 ガツンと今度は拳がバッカスの頭に突き刺さる。無意識のうちに頭を両手で守る体制になるも、拳がライアンに降りかかることはなかった。


「まったく……用事があったからと思って来てみれば、サボり魔が二人もいるなんて」


 やれやれと肩を竦めるジェニーに、ライアンとバッカスは顔を見合わせる。


「用事? 誰に?」


 ライアンが訊ねると、ジェニーは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。


「アンタ、サラッと流したわね……まあいいけど。ライアン、ガーネットさんが今日は店に来てるってさ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?