「ここ……だよな?」
ライアンが【ガーネット宝石店】と書かれた看板を見上げながら呟くと、隣のフィーが「うん」と自信なさげに頷いた。
ジェニーの話では、今日ならガーネットがいると言う話であったが、中を覗いても若い女性が一人いるだけで目当ての人物は見当たらなかった。
「ジェニーさんが聞き間違ったとか?」
「どうだろうな……。とりあえず中に入れば分かんだろ」
そう言いながらライアンが店内に入ると、先程の若い女性がにこやかに笑いながら「いらっしゃいませー」と出迎えてくれる。
店内には宝石店と銘打っている通り、宝石があしらわれたネックレスやリング、ピアスなどがショーウィンドウに所狭しと並べられていた。フィーがその青い目をキラキラとさせながら見ているのを横目に、ライアンは目の前の女性へと要件を伝える。
「えーっとすみません。ジェームズ・ガーネットさんっています?」
ガーネットと聞いた瞬間、女性の顔が曇る。それから、一瞬だけ後ろを振り返るような素振りを見せると「祖父に何か?」と訝しむような視線で問うた。
「あぁ、ちょっとね。これを渡しに来たんだ」
ライアンはそう言ってポケットからゴーマンから預かっていた写真を見せる。
「これ……」
女性はそう呟くと、
「ねねっ、あれ渡してもよかったの? もし会えなかったら……」
「しゃーねぇだろ。どっちみち渡すことになるんだし」
ライアンが肩をすくめて言う様子に、フィーは不安だとでも言いたげにイニを抱きしめる力を強めた。
「そんな心配することないわよ。まずは信頼を得ることから始めないと」
「そうかもだけどさあ」
イニがよしよしとフィーの腕を
「俺に何か用か?」
深くしわがれた声が聞こえて来て三人はそちらへ視線を戻すと、杖をついた初老の男性が睨み付けるような鋭い視線でこちらを見ていた。
「アンタがジェームズ・ガーネットさん?」
「あぁ、如何にも。で? お前さん方はなんだ? あのウィリアムの馬鹿の使いをしに来たって訳でもないんだろう」
ウィリアムの馬鹿というのはゴーマンのことだろう。隣でフィーがムッとしたような気配がして、ライアンは彼女を制すようにフィーの前に手を伸ばして静止させる。
「まあね。俺らの探し物をアンタが持ってるってゴーマンさんに教えて貰ってね。話だけでも聞かせてくんねぇかな?」
「フン。貴様が探してるのはどうせ、あの“悪魔の宝石”のことだろう? 全く。なんであんなモノを欲しがる愚か者ばかりいるんだ」
「“悪魔の宝石”? 俺が探してるのは白い石なんだけど」
ライアンが言うと、ガーネットは不服そうにフンッと鼻を鳴らした。
「それこそが幸福を与える代わりに、それ以上の災厄をもたらす“悪魔の宝石”のことだろうが。あんなものを手に入れてどうするつもりだ? 手に入れたところで不幸になるだけだぞ」
「俺が俺であるために必要なんでね」
「どう言うことだ?」
「悪いけど、理由は詳しくは話せねぇんだ。ただ、俺自身のことを知るためにそれが必要なんだよ」
じっとライアンとガーネットの視線が交差する。フィーが唾を飲む硬い音が嫌に大きく響く程の静寂。やがて、先に口を開いたのはガーネットだった。
「くだらんな」
「人からすればそうかもしんねぇけど、俺にとっては大事なことなんでね」
ガーネットはしばらく何かを考え込むような仕草をすると、先程まで彼の孫娘が座っていた席に腰掛ける。
「聞くだけ聞こう。ただ、最初に言っておくが、俺は貴様らにあの宝石を渡すつもりはない」
「それでも構わねぇよ」
「ちょっとライアン! それだとライアンの――」
「いいんだよ。まずは知らなくちゃいけねぇだろ?」
ライアンはそう言って軽く微笑む。フィーはまだ何か言いたげであったが、それ以上何も言うことなくじっとライアンとガーネットの顔を見比べて小さく頷いた。
「格好付けおってからに」
ガーネットは不満げにそう漏らすが、先程までのツンケンとした態度ではなくなっていて、ライアンは内心安堵する。
「忙しいところ悪いね」
「忙しいように見えるか?」
「ただの社交辞令だよ」
ライアンが肩をすくめながら言うと、ガーネットは「偉そうに言いよる」と言って小さく笑った。
「俺の話をする前に教えてくれ。ガーネットさんの言う“悪魔の宝石”ってなんなんだ? 俺が知ってるのは小さな白い石なんだけどさ」
ガーネットはフンと鼻を鳴らすと、先程彼の孫娘に手渡した写真を眺める。
「俺があの石を手に入れたのは、この写真を撮った頃ぐらいか。ウィリアムは鉄道業を営み始めた頃で、俺はこの宝石店を継いだばかりの頃だ」
彼はそう言うと、長い長い息を吐き出した。
「俺とウィリアムは昔馴染みでな。ガキの頃はよく一緒に馬鹿をしては怒られる仲だった。よくあいつは俺に『いつか一緒に仕事をしよう』と語ったものだ」
「へぇお二人はずっと仲よしだったんですね」
フィーが感心したように言うと、ガーネットはチラッとだけ彼女を見て「まあな」とどこか悲しそうな声で言った。その様子に、ライアンとフィーは顔を見合わせる。
「ウィリアムの鉄道業が軌道に乗り始めた頃、俺はまだ親父からこの店を継いだばかりだった。経営は悪い方向に傾きかけていて、当時の俺は焦っていた。そんな時、ウィリアムが俺に鉄道を使って宝石を集めることを提案してきたのさ」
「その時にこの写真を?」
「あぁ。坊主の言う通り、この写真は俺がアイツの鉄道に乗って各国を回ることを決めた日に撮ったものだ」
ガーネットはそう言うと懐かしそうな目で写真へと視線を向ける。しかし、その瞳はまたすぐに曇ってしまう。
「思えばあれが不幸の始まりだった」