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第4話 Devilcry④

「不幸の始まり? でも、ガーネットさんはこの街で一番の宝石店を経営するようになったんだろ?」


 ガーネットはライアンを鋭い視線で睨むと、「それは誤解だ」と呟いた。


「誤解?」

「あぁ。確かに俺はウィリアムと手を組んだことで、傾いていた経営を回復させることができた。でも、それは俺の力じゃない」

「それはゴーマンさんの力があったからってことか?」


 いいやとでも言うように、彼は緩く首を振った。


「最初は何も変わらんかったよ。むしろ経営は悪化するばかりだった。もう店を畳もうかと考え始めた頃、アグラオニケで俺はある宝石を譲り受けた。それが“悪魔の宝石”と俺が呼ぶようになったものだ」

「アグラオニケ?」


 フィーが片眉を上げて訊ねると、ガーネットは「町の名前だ。十五年も前に内乱で滅び、もう地図には残ってないがな」とぶっきらぼうに答えた。


「まあ、その話は置いておこう。俺はそこでその宝石を譲り受けてから、奇跡を目の当たりにした」

「奇跡? “悪魔の宝石”なんだろ? 名前からして真逆じゃねえかよ」

「あぁそうだ。あれは人に奇跡を与える、宝石の見た目をした悪魔だ。俺はあの石を手に入れてから途端に運がよくなった。店が急に繁盛し始め、あっという間に生活が一変した。今でこそ店はこの大きさだが、当時は今よりも数倍も大きい店を構えていたよ。しかし、時を同じくしてある事件が起きた」


 ガーネットはそこで言いにくそうに言葉を切ると、探るような目付きでライアンとフィーを見た。


「ウィリアムの家内がどうなったかは知ってるか?」

「あ、あぁ。あの寝たきりの人だろ?」


 ライアンは務めていつも通りにそう答える。だが、その様子を見たガーネットは何かを察したように「そうだ」と目を伏せて答えた。


「で、でもその件はガーネットさんと関係ないんじゃ……」


 フィーの言葉に、彼は首を左右に振ることで否定する。


「もちろん俺はその件に関わっていたわけではない。それに、一回だけなら関係ないと思ったかもしれん。だが、事件は俺の周りで次々と起こるようになった。まるで俺が幸福になる代償のようにな」


 ライアンはごくりと唾を飲むと、「教えてくれガーネットさん」と前のめりになって訊ねる。


「詳しいことは話せん。俺がペラペラと馬鹿みたいに口にすることははばかられるような事件ばかりだからな。しかし、こうも俺の周りに不幸が連続して訪れるようになると、怖くなった。だから、俺は宝石を手放すことにした」

「……そしたらガーネットさんの言う不幸はなくなったのか?」

「なくなったよ。笑ってしまう程ピタリとな」


 その言葉には、後悔ともつかない何かがまるでこびりついた油のように染み込んでいるようだった。


「だがその宝石を売った数年後、そいつはまた俺の元へ返って来た。買った人の息子と名乗る者が持って来たんだ。詳しいことは話さんかったが、もうすっかり憔悴しきった様子だった。それから数日後、その息子は自ら命を経った」

「そんな……」


 フィーがその白い肌を更に白くさせて呟いた。ガーネットはそんな彼女を一瞬だけ見遣ると、再び口を開いた。


「そんなことが繰り返されるうちに、これはただの宝石ではないのだと考えるようになった。俺は宝石店の店主である以前に一人の人間だ。莫大な富を与える代わりに、それ以上の絶望を振り撒くこの石を誰にも渡してはいけないと俺は考えるようになった」


 ガーネットはそこまで一息で話してしまうと、疲れ切った様子で椅子に深くもたれかかった。


「俺はずっと後悔している。あんな物を手に入れさえしなければ、ウィリアムの家内もあんな目に合わなかったと思うと、やりきれん」

「で、でも! それはガーネットさんが悪い訳じゃ……」

「嬢ちゃんがそう言ってくれるのはありがたい。だがな、これは俺の気持ちの問題だ。死んでしまいたいと思い悩んだことも一回や二回じゃない。だが、俺はあの石が誰の手にも渡らないことを見守る役目がある。だから、あの宝石は誰も知らない場所に隠した。俺は最初にも言ったが、あれを誰かに渡すつもりはない。坊主にとってどれだけ必要な物だとしても、な」


 ライアンはしばらく何かを考えるように目を閉じたかと思うと、やがて「分かった」と掠れた声で呟いた。


「ならこの話は忘れてくれ」

「ライアン!」


 フィーが悲鳴のように叫ぶも、ライアンは「いいんだ」と首を振って否定する。


「フィー。これは俺らが勝手に押し掛けて、ガーネットさんに無理矢理話をしてもらっただけだ。その上でまだその宝石を寄越せって言うのは強盗と何も変わんねぇ。だから、この話はここで終わりだ」

「で、でも……」


 フィーはまだ何か言いたげではあったが、ライアンの表情を見てやがて諦めたように肩を落とした。


「嫌なことを思い出させちまって悪ったな。ガーネットさんの気持ちはよく分かったよ」

「理解してもらえて恩に切る」

「あぁ。でもさ、一つだけいいか?」


 ライアンの言葉に、ガーネットは片眉を上げることで答える。それを肯定と受け取り、ライアンは微笑んで見せた。


「ガーネットさんの思いも分かるけど、せめてゴーマンさんには会ってくれよ。もちろん体調のことはあると思うし、無理はしなくていいんだけどさ。あの人、アンタに会えるのを楽しみにしてるって言ってたからさ」


 ガーネットは一瞬ポカンとした表情をしたかと思うと、フッと肩頬を上げてみせた。


「ぬかせ小僧」


 ライアンはそんなガーネットに、ニッと笑い返す。


「んじゃ、しっかり渡したからな。あっ、そうそう。来る時はその写真持って来てくれって言ってたから。忘れんなよ?」


 ガーネットはフンッと不満げに鼻を鳴らすと、それ以上何も言うことはなかった。ライアンはそんな彼の様子にやれやれとでも言いたげな笑みを浮かべると、フィーへと視線を向ける。


「んじゃ、俺らは行くよ。悪いね、時間取らせた」

「早く行け」


 しっしと手を振るガーネットに、ライアン達は軽く頭を下げて店を後にするのだった。

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