「ねぇ、本当によかったの?」
フィーが不満を全面に出しながら先を行くライアンへ訊ねる。しかし、ライアンは足を止めることなく「しゃーねぇだろ」と全く気にも止めていない様子で答えるばかりで、それがまたフィーの表情を険しくさせる。
「ま、待ってください!」
フィーが何か言おうとしたところで、後ろの方から声が聞こえてくる。立ち止まり、そちらへ視線を向けると、ガーネットの孫娘が今にも泣きそうな顔で走り寄って来ているところだった。
「祖父が失礼をしてしまい、申し訳ありませんでした!」
三人の目の前に来るなり彼女がそう言って頭を下げる様子に、ライアンとフィーは顔を見合わせる。
「いやいや待ってくれよ。謝るのは俺達の方だろ」
「そ、そうですよ! あたし達が無理矢理押しかけたのに……」
二人の言葉に、女性は少し泣きそうな顔をして「でも……」と呟いた。
「俺達は大丈夫だからさ。ガーネットさんには改めてよろしく伝えといてくれよ。な?」
ライアンがそう言って笑うと、ようやく彼女も少しだけ表情を明るくさせる。
「本当に祖父が失礼なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。あのっ、こう言っては何ですが、またよかったらウチの店に来てください。その時は、お安くしますから」
「ありがとな。じゃあ俺達は行くよ。お姉さんも店番しなきゃだろ」
ぺこりと頭を下げて店に戻る彼女の後ろ姿を眺めながら、ライアンは小さく息を吐いた。
「で、どうするの?」
フィーの腕の中でイニが退屈そうに問い掛けると、ライアンは雲一つない青空を見上げて「あー」と声にもならない声を上げた。
「どうするも何も、向こうが渡せないって言ってるもんを無理矢理に渡せっつーのは強盗と変わんねえだろ。そんなことまでして手に入れたくはねぇよ」
そう言ったライアンの服の裾を、フィーがきゅっと引っ張る。
「ねえ、ガーネットさんが言ったあの話って本当だったのかな?」
「……嘘は言ってなかった。それだけは間違いねえよ」
「ずっと気になってたんだけど、ライアンのその嘘を見抜く力って、耳に着けてるラクリマのおかげなの?」
フィーが問い掛けると、ライアンは面倒臭そうに「ちげーよ」と答えた。
「少なくともラクリマにそんな力はないわよ。ライのはもう一つの記憶のせいね」
「どう言うこと?」
フィーが眉根を寄せて訊ねると、腕の中でイニがチラリとライアンを見た。彼はうげっとでも言いたげに顔をしかめると、そのままボリボリと金色にカールした髪を掻く。
「あーそれはだな。もう一つの記憶の中で、俺は――」
言いかけて、ライアンは言葉を止める。それからじっと【ガーネット宝石店】の方を睨むものだから、フィーも思わずそちらへ視線を向ける。
すると、そこには一人の大男と、長い銀髪を頭の後ろで一纏めにした高身長の女性のカップルが店内へ入っていくところだった。
「カップル? 婚約指輪でも買うのかな?」
「それはどうかしかしら。少なくとも、そんな風には見えなかったけど」
のほほんとしたフィーの問い掛けに、イニがどこか警戒した声音で答える。
「ライはどう思う?」
「さあな。でも、あの男の方、前にどこかで……まっ、気にするようなことでもねぇだろ。早く店に戻ろうぜ」
ライアンが欠伸混じりに答えるのと、悲鳴のような叫び声とともに何かが割れる激しい音が聞こえたのは同時だった。