目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第4話 Devilcry⑥

 三人が声のした方へ視線を向けると、割れた窓ガラスの破片の上でぐったりとした孫娘の姿があった。先程の音が、彼女が窓ガラスを突き破って外に投げ飛ばされたものだと瞬時に悟る。

 フィーが小さく悲鳴を上げて後退りするのを守るかのように、ライアンがすっとフィーの前に立って目の前の光景を睨む。


「だから言っているだろう! ここに貴様の望むものはない! “悪魔の宝石”は隠したとッ!」


 そんな苦し気な声はガーネットのもので、ライアン達はハッと顔を見合わせる。


「“悪魔の宝石”ってまさか……」


 フィーの震える声にライアンは小さく頷くと、ただ「イニを頼む」とだけ言ってそのまま店へ向かって駆け出した。


「ちょっとライアン!」


 フィーの静止も聞かず、ライアンは店の扉を蹴り開く。開け放たれた扉の向こうでは、巨大な狼のタトゥーが首元に彫られた大男に、首を絞め上げられたガーネットが、足をバタバタと苦しそうに動かしている姿が見え、フィーも思わず走り出してしまう。


「フィー! ダメよ止まりなさい!」

「でもッ!!」


 イニの制止に立ち止まったフィーはぎゅっと唇を噛んで、ライアンの背後から店内を睨む。ライアンはそんなフィーをチラッとだけ見て制すると、一切物怖じしない様子で大男へ向かっていく。そして、そのまま自分よりも遥かに背丈の大きい男の腕をがっしりと掴んだ。


「あぁ?」


 そんなライアンの行動が気に食わなかったのか、大男はあからさまに苛立たし気にライアンを睨んだ。ライアンはその緑色の瞳に怒りを宿し、じっと男の血のように赤い瞳を睨む。


「その手離せよ。死んじまうだろうが」

「嫌だと言ったら?」


 ニヤリと、まるで挑発するかのように笑う男に、ライアンの手の力が更に強くなるのが遠目からでも分かった


「離せっつってんだよ。クソ野郎」


 ライアンが低く唸るような声で言うと、大男は何も答えずに、ガーネットの首を絞めている手を離す。どしゃっと鈍い音とともに、ガーネットが激しく咳き込む音が聞こえてきて、これでガーネットは助かったとフィーが胸を撫で下ろした。

 しかし、次の瞬間大男はそのままの体勢でライアンに殴りかかるも、ライアンはまるでそれを予見していたかのようにヒラリと一撃を避け、そのまま大男の顔面に思いっきり蹴りを見舞う。


「すごっ」

「まだよ」


 驚くフィーとは対照的に、イニが冷めた声で呟いた。


「嘘っ……ライアンの蹴りが顔に入ったのに……」


 そんなフィーの言葉を掻き消すように、笑い声が辺りに響き渡る。ライアンはどこか苛立たしげな表情を浮かべて、今し方渾身の蹴りを入れた大男の顔を睨む。


「……何笑ってんだよクソ野郎」

「クハハッ! いい蹴りだと思っただけだ、ガキ」


 大男がそう言った瞬間、ライアンは瞬時にバックステップを踏んで店を出る。


「おいおい逃げんのか?」

「逃げたんじゃねぇよ。外の方がやりやすいだけだ」


 ライアンが答えると、大男は楽しそうに再びクハハッと笑って店内から姿を現す。


「テメェの言う通りだ。喧嘩は広い場所でやんねぇと楽しくねぇよなァ!!」


 大男はそう叫ぶなりライアンが立っている場所まで一気に肉薄すると、そのままライアンへ向けて拳を振り下ろす。それを間一髪で躱すも、ライアンは先程まで自分が立っていた場所に巨大なクレーターができていることに驚いてしまう。


「マジかここ煉瓦だぞ……バケモンかよアンタ」

「あぁ? 何ボソボソ喋ってんだガキィ!」


 大男がぎゅっと拳を握ったのを見てとっさに回避しようとした瞬間、全身が一気に強張るような気味の悪い感覚がしてライアンの身体が動かなくなる。しまったと思うよりも早く、無防備なライアンの顔面へ、大男の拳が力一杯叩き込まれてしまう。

 ライアンはそのまま近くの民家にまで吹き飛ばされると、そのまま壁に激突する。遠巻きで事の様子を眺めていた住民達から悲鳴が上がったのが聞こえてくる。


「――かはッ」

「ライアン!!」


 壁に叩き付けられたせいで肺の中から一気に空気が吐き出され、ライアンの口からは苦しげな声が漏れた。フィーはぎゅっと腕の中のイニを抱きしめて、怯えた視線で今し方ライアンを殴り飛ばしたその人物を見遣る。しかし、彼は既にライアンを見ておらず、フィーを、より正確に言えばフィーの後ろを睨んでいた。


「余計なことすんじゃねぇ! コイツは俺の獲物だ!」


 後ろに誰がと振り返るよりも早く、フィーの喉元に白い腕が巻かれると、そのまま視界の隅にキラリと光るナイフが現れた。たったそれだけのことで、フィーの頭の中にかつて傷付けられた記憶が次々と蘇り、ダラダラと冷や汗が垂れて動けなくなってしまう。


「……あら? 素直じゃない」


 そんな美しくも、でもどこかくぐもった女性の声が耳元で囁かれる。微かに香る甘い香水でも隠しきれない程の濃い血の臭いに、思わずフィーの喉がごくりと鳴った。

 先程強く壁に叩き付けられたライアンがよろよろと立ち上がると、目に強い怒りを宿してフィーの後ろに立つ人物に向けて指を差す。


「おい銀髪野郎。今すぐそのナイフを下せ。フィーをちょっとでも傷付けてみろ。そん時は殺すぞ」

「殺す? その前に死ぬでしょ。あなた」


 女性は小馬鹿にするようにフッと笑うと、見せしめのようにフィーの首に巻いた腕の力を強くする。その動きに合わせてチリっと彼女の腕に巻かれていた、銀色の蛇を模したブレスレットが揺れた。


「それを決めるのはてめぇじゃねぇよ銀髪!」


 ライアンがそう言ってフィー達目掛けて走り出すも、そんなライアンを嘲笑うかのように横から大男がたった一回の踏み込みで一気に距離を詰めてくる。


「ッ!!」


 咄嗟に一撃を防ごうと防御の体勢を取ろうとするも、それより早く大男の腕がライアンに伸び、そのままの勢いでライアンの身体を地面に強く叩き付けた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?