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第4話 拗ねた幼馴染と月のない帰り道

 湖のほとりで食事を、なんて訊けば優雅な食事風景を想像するかもしれないが、そこに冬のと付くだけで実態は180℃変わる。

 天気にもよるが、人が死ぬ程度には気温が下がる。楽しそうだからという感情だけで、準備もなく向かってはいけない。


 そんな極寒を想像させる食事会は1時間ほどで終わりを迎えた。それは空気が凍っていたからというだけでなく、おじさんが忙しい人だからでもある。

『今度は時間のある時にゆっくりと』

『私を除け者にしないのなら』

 娘からの手厳しい棘に頬を引きらせながら、さらっと伝票を持っておじさんは先に喫茶店を後にした。

 あれくらいスマートな大人になれるといいなぁ。なれるかなぁと思いながら、テーブルに突っ伏するアオを見かねてため息を零す。


「まだ拗ねてるのか?」

「……拗ねてないわ」

 拗ねてるじゃん、ととがる唇と声で思う。


 結局、吹雪くアオに口は割らなかった。

 俺はもとより、おじさんも娘の怒りを鎮めることよりも、俺への義理を優先してくれた。そのせいで、娘からの不況を買ったのは申し訳ないが、感謝はする。ありがとうおじさん。


 まぁ、俺と自分の父親の組み合わせ。それも、アオに伝えずとなると、その内容は想像つきそうだけど。

 曖昧なまま、証明しなければ確定されないこともある。99%と100%の間には計りきれない距離があった。


 隠し事に、俺とおじさんの結託。

 アオが拗ねるには十分すぎる要素で、普段はあまり食べないアオの回りには、やけ食いとばかりに食事の皿が積まれている。主にケーキやパフェといったデザート系の。

 これを払えと言われたら、払いはするも12月初旬だというのに早くも月末までの生活費を心配するところだった。

 その点もおじさんに感謝しつつ、できることなら娘の機嫌を直してから帰ってほしかったなと思わずにはいられない。さすがに高望みすぎるが。


「おじさんは俺が呼んだんだから、あんまり責めるよな」

「……いいのよ、パパなんてほっとけば」

 可哀想なおじさん。

 娘にほっとけと言われる父親に同情するが、今は幼馴染の機嫌を直すことを優先させてもらう。それに気になることもある。

「黙ってた俺が悪いのは認めるが、なんでここにいるんだよ」

「……偶然」

 テーブルの上で組んだ腕の中に顔を隠した。その態度が答え以外のなにものでもなく、頭痛を堪えるように目頭を親指で押す。

「跡を付けたな?」

「…………知らない」

 黙秘を決め込むアオ。

 肘を付いた手に顎を乗せる。困った幼馴染だった。


 どうりで一緒に図書室を出なかったわけだ。いつもなら、少しでも俺の傍にいようとするのに、テスト勉強をするというありきたりな理由で離れるのは変だと感じてはいた。

 その本当の理由が、まさか俺の尾行をするためとは思いもしなかったが。


 まぁいい。

 アオも隠し事があるとわかりながらも、拗ねるだけに留めてくれているんだ。俺も尾行の1つ2つ誤魔化されよう。

 本当にただの偶然の可能性もある。問い詰めて、証明してしまう怖さもあるのだから、気付かなかったことにするのが正解だろう。幼馴染に尾行……理由はどうあれあんまり考えたくないよな。


「そろそろ帰ろう」

「……帰る」

 いつまでも喫茶店でグダを巻かれても困るので、応じてくれたことにほっとする。そのまま出迎えてくれた慇懃な店員に会釈をして店を出た。


 窓際の席だったからわかってはいたが、外はすっかり日が暮れていた。駅周辺だからまだ明るいが、アパートまでの道のりは月明かりが頼りになりそうだった。

 夜道を心配していると、アオが手を握ってくる。ただ、いつものように恋人繋ぎではなく、少し動かしただけで離れてしまいそうな、摘む程度の繋ぎ方だった。


 いまさら恥ずかしくなった……というわけでもないはずだ。この程度で羞恥心が芽生えるのであれば、まず真っ先にワイシャツ1枚という軽装で人の布団に潜り込んでくるのをやめるに決まっている。

 あれ不思議なんだが、風呂から出た後は普通にパジャマを着ている。寝る前までパジャマなのに、朝起きるとワイシャツ。一体いつ着替えているのか。狭いワンルームで起こる7不思議の1つだった。残りの6つは鋭意検討中。


 俯いて、とぼとぼという擬態語がよく似合う姿でアオが付いてくる。その姿は拗ねた子どもそのもので、泣きながら走り出すんじゃないかと不安にさせる。

 逃さないようしっかりと握り返して、アパートを目指す。


 特別話すこともなく、明かりが乏しくなっていく道を星空の下ただ歩く。幼馴染相手とはいえ、今日ばかりは沈黙に気まずさを感じる。

 空を見上げて口から息を吐くと、白い煙が上った。

「さむ」

 夏の残滓が長く残っているとはいえ、もう12月だ。陽のない夜は肌寒く、秋を感じるのは赤く化粧した木々だけ。


 いつか、四季がニ季になるのかなぁと、将来を心配している間にアパートが見えてきた。歩くとそこそこ長い距離なのだけど、たわい無いことを考えていたら到着していた。

 時間を潰すのがうまいなー。

 1人でいることの多いぼっち特有の能力かもしれない。教室の隅っこで静かにしていても、頭の中だけはいつだって騒がしかった。


 そのままアパートに入る。オートロックを開けて、階段を上がる。

 玄関前で鍵を取り出して開けた所で、長い間口を閉じていたアオがぽつりと呟いた。

「私は……ユイトがいれば、それでいい」

 言って、俺を抜かして部屋に入っていく。


 キィィッと閉まる玄関ドアの錆びた音が響く。空気が乾燥しているから、やけに音の通りがいいのかもしれない。

 俺が入る前にバタンッと玄関ドアが閉まった。鍵をかけられたわけではないから、閉め出されてはいない。なにより、鍵穴に鍵を挿しっぱなしだ。


 でも、そのまま家に入る気にならず、そのまま下がって壁に背中を預ける。壁の上に肘をかけて、仰け反るように首を後ろに倒す。見上げた空には星が瞬くばかりで、頼りにしていた月は欠片も見えていなかった。

「いつからいたんだよ」

 紫煙しえんの代わりに白煙はくえんくゆらせる。

 黄昏なんてとっくに終わっているのに、心に茜を見る。



  ◆第4章_fin◆

  __To be continued.


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