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第3話 後輩に先輩風を、幼馴染にお詫びを

 コーヒーというと、思い浮かべるのは駅前の喫茶店だった。新しい記憶だからか思い出しやすく、連想すると真っ先に引っ張ってこれた。

 でも、実際に案内されたのは学校から少し離れた、駅よりもアパートに近い喫茶店だった。住宅街の中にある、民家を改装したような店構え。喫茶店という看板が出ていなければ、ただの1軒家にしか見えず、お店を探していても見逃してしまいそうだった。


 他人の家という店構えのせいで、どこか人を寄せつけない外観だが、セナは慣れた調子で店のドアを開ける。カランッという出迎える鐘の音。やや気後れはありながらも、誘われるように入店する。


 ふわりと香るのはコーヒーの香ばしい匂いだった。

 バーテンダーと思わしき女性が豆を挽いているからか、それとも部屋に染み付いているからなのか、初来店の俺には判断ができなかった。

 店内はやはりどこか民家を連想させて、お店というよりもリビングという印象だった。一応、カウンター席もあるが4席と数は少ない。


 駅前のザ・喫茶店という店作りとは異なる、庶民的な雰囲気に惹かれるように辺りを見ていると、セナがこっちこっちと空いていた2人掛けのテーブル席に手招いてくる。

 一旦、店内の観察をやめて、案内されるままセナの対面に座る。


「なんか、お店! って感じのしない店だな」

「言葉が足りない気はしますが、わかる例えですね」

 セナが店内に視線を走らせる。

「オーナー……というか、マスターの趣味で開いたお店なんだそうです」

「マスター若くない?」

 カウンターで豆を挽いているバーテンダー風の女性は、どう高く見積もっても20代後半だった。というか、大学生にしか見えない。

 あの人が趣味でマスター……? と、眉をひそめていると、「違いますよ」とセナが笑って否定する。


「あの人はマスターのお孫さんですね。お祖父様に影響されて、将来バリスタになりたいそうです。修行の一環と本人は仰っていました」

「なるほど」

 趣味でお店を開くには若すぎると思った。見ていたら目が合って、笑顔で手を振られたのでこちらも振り返す。なかなかにお茶目さんなのかもしれない。


 美人だし、看板娘なのかなと思って顔の向きを正面に戻したら、じとーっと今日1番の湿り気の帯びた視線に晒された。

「なに?」

「……高丈先輩は、ああいった美人さんがおこのみなんですか?」

「急になに」

 そのむくれた顔は、アオを彷彿とさせる。でも、こうしてまともに話すのも初めてで、1年以上も顔を合わせていなかった後輩にアオと同質の視線を向けられるわけもない。


 ただ単に面白くないだけかな。どういう理由であれ、女の子が一緒にいるのに他の女性を見てはいけないとかそういう。難しいな人付き合い。

このみもなにもないが、まぁ、美人だとは思う」

「そう、ですよね」

「でも、セナも十分美人だろ」

「え」

 セナの丸まっていた背が急に伸びる。

「顔は整ってるし、スタイルだっていい。美人じゃないと否定する方が難しいだろ」

「そう、ですか、ね?」

「俺はそう思うってだけ。言っておくが、世間一般の認識を俺に求めるなよ? 俺は俺の主観でしか物事を語れないからな」


 メニュー表を取りながら釘を刺しておく。

 ぼっちが語る一般論ほど、無意味なモノもなかった。ほほぅ、これはこれは。ハンバーガーにポテトがあるじゃまいか。

 喫茶店メニューなのでファーストジャンクフードとは違うが、写真を見るだけで垂涎すいぜんの肉汁ですなー。

 けど、家に帰ればアオの手料理がある。ここで食べたら、いやいや10代の胃袋ならいけるはずだ。


 と、メニュー表にあるハンバーガーセットによだれをじゅわじゅわさせていたら、セナが肩をすぼめて俯いていた。……?

「さっきもだけど、顔赤いぞ? 実は今日学校に遅刻して登校してたのも風邪だからとか言わないよな? それなら強制的に家に帰すぞ」

「いえ、いえ! 大丈夫です! 体調は悪くありませんというかここ2週間で1番いいまでありますので、はい! 全然、平気ですっ」

「そ、そうか?」

 顔振り手振り。

 そうも必死に言われては俺も、お、おぅとしか反応できない。顔こそ赤いが、元気そうなのは間違いないし、ここは本人の言葉を信じよう。


 どれにしましょうかー? と、うそぶくようにセナはもう1冊のメニュー表を広げる。テーブルと顔を並行にして、メニュー表をつぶさに見ているようでちらちらと瞳が上を向く。

 なんなんだろうな、ほんと。

 頭の隅でそんな疑問を抱きつつ、お腹を撫でる。……いける!


  ■■


 おじさんのように格好よく会計を済ませる機会がこうも早く訪れるとは思ってもいなかった。意外とボリュームがあって、満腹気味なお腹が少々不安になりながら、会計を済ませる。


 ハキハキとした発音で金額を読み上げてくれるバーテンダー風の店員さんに、スマホを掲げてタッチ決済と伝える。

 それに不服を唱える、というか申し訳なさそうなのがセナだった。

「私が誘ったんですから、支払いは私がしますよ」

「格好つけさせろって」

 決済端末にスマホをかざすと、ピピッと電子音が鳴る。

「俺が唯一手放しで後輩だと思えるのはセナくらいだからな。先輩風吹かせられとけ」

「あ……」

 おろおろしていたセナは驚いた様子で見上げてくる。さすがに格好つけすぎたかと、少々恥ずかしくなったので逃げるように店を出る。


 強い日差しに手でひさしを作る。冬というには暑すぎると思っていると、ありがとうございましたの声と、店のドアを開く音が聞こえてくる。

「先輩」

「ん?」

 横に回り込んできたセナが、腰を曲げて下から見上げてくる。

「ごちそうさまです」

「うむ」

 満面の笑みに俺も満足だ。


 それからどうしてか、セナは悩む素振りを見せる。なんだ? と思っていると、今度は窺うような上目遣いを向けられた。

「学校でも、声をかけて、……よろしいでしょうか?」

「? 好きにすれば」

 別に無視とか、子どものような真似はしない。知り合いから声をかけられれば、普通に応えるくらいはする。

 そんな当たり前のことをなぜ訊いてきたのか不思議だけれど、「はいっ」と嬉しそうに笑うので尋ね返すことはできず、不思議は不思議のまま後輩との食事は幕を閉じた。


 ……だがしかし。

「コーヒーとこれは、……ハンバーガーの匂い?」

「…………」

 帰って早々、香水の匂いで浮気を疑う妻みたいに服をスンスンされて、どこでなにをしていたのか一発で看破される。そして、玄関前で腰に手を当てて、頬をぷっくりさせるアオから必死に顔を逸らしていた。


「駅前のハンバーガーショップ?」

「いやぁ違うけど」

「そう。でも、うん、それはいいわ。ただ、私は昼までには帰ってきてって言ったわよね? お昼は一緒に食べようって意味だったんだけど、伝わらなかったかしら? それなら私が悪いけど?」

 ジロリと睥睨へいげいされて、冷や汗が止まらない。

「いやぁ、わかってはいたんだけどね? 食べたくなっちゃったというか……ね?」

「……お昼作ってあるから、残さないでね」

 なんて、怒りから一変して寂しげな顔をされるのは、ただただ怒られるよりも心にくるものがある。


 これは、賄賂じゃ足らなそうだ。

 後ろ手で隠した喫茶店で買ったケーキの入った箱を小さく振りながら、小さくため息を零す。

 残り少ないお腹の隙間と小遣いが消えるのを憂いつつ、今度は幼馴染との食事とご機嫌取りが幕を上げるのだった。



  ◆第5章_fin◆

  __To be continued.


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