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第1話 幼馴染、後輩、自称親友の邂逅は突然に

 学校のトイレをこれからも使うか悩むくらいには、隣で爽やかな笑顔を浮かべている野郎の顔を見るのは不愉快だった。

「なんでまたいるんだよ」

「偶然だよ」

 昼休み。いくら2年の教室から1番近いトイレがここだとはいえ、こうも近々《きんきん》で出会うとなると偶然ではなく必然とか故意を疑いたくなる。男のトイレならなおさらだ。


 そんな疑念すら笑顔で晴らしそうなソラは、俺が手早くトイレを済ませて表の手洗い場に向かうと当たり前のように付いてくる。

 眉を潜めるけど、男ならトイレが同時に終わる偶然もあるだろうと呑み込み、蛇口を捻って水を出す。じゃばじゃば。

「ところで、夢観ゆめみさんに会ったんだって?」

「……俺は、お前の、そういうとこが嫌いだ」

「僕は君のことが好きだよ」

「きしょい」

 ストーカーかこいつ。だいたい、用事があるなら最初から言え。偶然を装うな気持ち悪い。ほんとにホモなんじゃないかと疑いが深まってしまう。


 手の水を払って廊下を歩くと、やっぱりそのまま付いてくる。

「セナに会ったって、なんでお前が知ってるんだよ」

「本人に教えてくれたからね。嬉しそうだったのは、文面からでも伝わってきたよ」

「なにお前ら、知り合いだったの?」

「そうだよ」

 にこっとソラが微笑む。

「君が繋いだえんだ」

「繋いだ覚えがねーよ」

 そもそも、セナとまともに会話したのなんて昨日が初めてだった。こいつとセナを会わせたこともない。なのに俺が繋いだとか言われても意味がわからなすぎる。


「お前がこの前言ってたのって……」

 訊こうとして、唇をキツく結ぶ。

「……いい。なんでもない」

「訊かなくていいのかい?」

 なにを訊こうとしたのかわかっている口ぶりなのがムカつく。苛立ったのでふんっと鼻を鳴らして顔を逸らす。


「別に。ソラに訊くことじゃなかったと思っただけだ」

「僕はユイトのそういう実直な部分も大好きだな」

「きしょい」

 それは嬉しそうにニコニコ笑うアオを侮蔑を込めて睨むが、一切効きやしない。糠に釘、暖簾に腕押しソラに罵倒。なんでも笑顔で流されて、手応えをまるで感じないからか、こっちの負の感情が続かない。


 そういえば、去年同じクラスだった時もこんな感じだったよな。

 俺はあっちいけと睨んでも気にせず話かけてくるから、根負けして渋々会話に乗っかっているのが常だった。

 アオもそうだけど、強引な奴に弱いのかね、俺は。


「教室戻れよ」

「もう少しユイトと、……あぁ」

「?」

 なにか納得したというか、気が抜けたというか。そんな風な吐息が挟まった。なんだ? と思ってソラの顔を横目に見上げてぎょっとなる。

 眉間に深いシワを寄せて、普段は垂れている目尻をこれでもかと吊り上げる。誤解のしようもない、不機嫌極まるソラの顔に気圧されるくらい驚いた。


 こんな顔、初めてみる。

 女子ウケする爽やかなイケメンだ。男から嫌味の1つや2つ貰うのは日常茶飯事。それでも、苦笑するくらいで済ませるソラが、ここまで露骨に嫌悪をあらわにすることは見たことがなかった。

 ソラにこれだけの顔をさせる相手って誰だよ。

 想像すらできず、そのままソラの視線を追いかけて、えーまじぃ? となる。


「ユイト、お帰り」

 俺の気配を察知したのか、廊下まで迎えに来たアオにソラの鋭い視線が刺さっていたから。

 でも、まるでそんなの気にしてないとばかりに駆け寄ってきて、俺の前で緩い微笑みを見せる。……見せた、かと思えば、アオもじろっと睨むような横目でソラを睥睨へいげいした。

 ソラの嫌悪剥き出しよりは些かマシだが、美男美女の突発的な睨み合いに体感温度が急激に下がる。近くで談笑していた生徒たちが、わけもわからずぶるりっと身震いしているのが印象的だった。


「……この人は誰?」

「……こうして顔を合わせて挨拶するのは初めてだったね。僕は水爽みずさわソラ。いつかユイトの親友になる、元同級生かな。君と同じ中学出身でもある」

「そうなのね」

 興味なさそうにしながら、俺の手を握ってくる。ぎゅっと隙間を埋めるように指を絡めて、見せつけるように繋いだ手を掲げる。


「私はユイトの幼馴染。それだけ」

「ははっ……ほんと、変わらないよね」

 爽やかな笑い……というには、憎々しげな笑いだった。アオもなにやら敵意剥き出しで、俺の影に隠れるようにしながらも、警戒するように睨みつけている。

 なにこいつら。人をあいだに置いて睨み合って。


 初対面という割には、不倶戴天の敵のようにいがみ合っている。ハブとマングースなのだろうか。実際のところ、この2種は天敵でもなんでもないらしいが閑話休題。

 取り合うにしても、せめて片方男じゃなくて美女美少女にしてくれよ。……なんて思ったのがフラグになったのかもしれない。


「――高丈先輩っ」

「セナ」

 呼ばれて顔を上げれば、控えめに顔の横で手を振るセナがちょっと離れた場所に立っていた。偶然か、それとも学校でも声をかけるという言葉を律儀に実践したのか。

 どうあれ。

 この空気の悪さに丁度いい清涼剤だなと、ちょこちょこ近づいてくるセナを見てほっとしたのだが、

「……誰? あの子」

 と、ソラを見た時以上に低い声で確認してきて、清涼剤ではなく火薬庫に爆弾だったかと肩を落とす。


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