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第2話 三竦みの中心で食べる昼食は味がしない

 ――空気おっも……っ!

 清潔さの伴う薬品臭さが鼻につく、食事をするには適さない教室なのだが、そんなことよりも肩に重くのしかかる空気の重さに耐えきれなくなりそうだった。


 素知らぬ顔。戸惑い顔。目元に影のかかる笑顔。

 三者三様の無言の威嚇。そこから1人外れて、けれども逃げられない俺はどうしてこうなったと味のしないおかずをもそもそと口に運ぶ。


 それぞれ俺とは知己だった3人。

『ユイト、一緒にお昼を食べようか』

 昼休みにそんな誘いをしてくるのはおかしな話じゃないが、俺がそれを了承すると思っている神経が信じられない。

『嫌に決まってるだろ脳みそ取り替えてこい』

夢観ゆめみさんも一緒にね?』

『あ、えぇっと』

 ソラの誘いを辛辣に断るのは決まり切った流れだったが、そこにセナの名前を出されるとむぐっと口を閉じざるおえなくなる。


 来たばかりで俺以上に状況を理解していないセナは、戸惑いを見せつつ俺、アオ、ソラの順番で顔を見る。そして、最後にまた俺を見て、もじっと肩にかかる毛先を弄る。

高丈たかじょう先輩が、それでよろしいのなら』

 全然よろしくないわけだが。

 アオが俺の手を握り潰そうとしているんじゃないかってくらい、強く握り絞めてくる。はたから見れば甘い恋人繋ぎに見える手の繋ぎ方も、こうまで力が強くなるとプロレスの組み合いめいてくる。折れる痛い加減しろ。


 この行動から答えなんてわかりきっているが、後輩の手前一応確認してみる。

『だってよ』

『…………ユイトの好きして』

 投げやりな言葉に顔を覆いたくなる。じとっとした目でセナを牽制していて、友好的とはかけ離れた態度だ。絶対嫌だろ。


 気を遣って食事がまずくなる、なんてのはごめんだ。

 ソラ相手ならノータイムで断る。実際断った。ただなぁ、となるのは相手がセナだから。

 中学で唯一後輩と言える相手。別に部活や委員会の後輩というわけじゃないが、俺がそう呼べるのはセナしかいない。

 断りなさい、とアオが手が砕けそうなくらいの強さで握ってくる。無言の圧力を送ってくる幼馴染に冷や汗をかきながら、『あー』と諦観にも似た声を吐き出す。


『ぜっっっ…………たいっ! めしう空気にならないが、それでもセナがどうしてもって言いたくなるくらいの衝動があるなら受け入れるのもやぶさかではない気がする』

 潔さはなく、99%の『断るよな?』という気持ちを押し込めた、1%の許容だった。普通、これならどんなに空気の読めないバカでも断るだろうという言い回しかつ空気の重さだったのだが、

『そらなら、せっかくですのでご一緒させていただきます』

 なんて応じられrるとは思わなかった。あぁはいそうですか、と無意識に返事をしてしまうくらいには予想外すぎる了承だった。


 そして、やっぱり地獄である。

「あの空気でよく一緒に昼食を取ろうと思えたな」

「高丈先輩とご一緒できるせっかくの機会でしたので」

「はぁ、別にいつでも腕が折れるからタイミングは気を遣おうか痛いって」

 弁当を出したはいいが、蓋を開けすらしないで俺の腕を抱えているアオが関節を外す強さで抱きしめてくる。

 ここまでされると胸の感触がとか、焦ったり堪能する余裕なんてなくてただただ生命の危機を感じる。別に俺を痛めつけようとかではなく、無意識っぽいのが逆に恐ろしい。力加減間違って、不意にポッキリいきそう。


 いい加減離れて食べなさいと、代わりに弁当を開けて箸を持たせる。表情は固く、不満そうな顔で見上げてくるが、一応腕を放してくれた。

 やっと開放された腕の可動域を確認しつつ、室内を見渡す。書類の乗った机に、薬品棚。部屋の隅に段ボールが積まれていて、準備室という名前がよく似合う教室だった。


「片付いて……はないが、よく教室を使う許可が取れたな」

「保健委員ですので」

 タグの付いた鍵をセナが顔の前まで掲げる。

「先生から許可はいただいています。ただ、今回は特別ですので、あまり言いふらさないでいただけると助かります」

「言いふらす友達なんぞいないから安心しておけ」

「僕がいるだろ?」

「きしょい」

 逐一友達だろ? って確認取るみたいにアピールしてくるところが、なによりきしょい。だいたい、同じ秘密を抱えたこの状況でソラに言う意味はない。


「ま、こいつら引き連れて教室で昼食なんて、注目集め過ぎて味がしないどころか食欲そのものが失せる。助かったよ」

「いえ」

 お礼を言うと、照れたようにセナが顔を伏せる。年下らしいかわいらしい反応だ。そんな風にいとけなさも相まって微笑ましさを覚えていると、ずいっと顔に唐揚げが迫ってきた。


「あーん」

「なに急に」

「あーん」

「はずい」

「いつもやってることでしょう?」

「やってない」

 いつもは、という言葉は音になる前に口の中で噛み砕いた。家だとたまにやってくる。俺にも羞恥はあるので、どうにかこうにか断ろうとはするが、最後には諦める。諦めてばかりの人生だ。


 とはいえ、今日は人前だ。家でも恥ずかしいのにできるはずもなく、自分で食べれるとアオの手を押し戻す。不満そうに唇を尖らせるが、見なかったことにして自分の弁当の唐揚げを摘む。


「仲、いいんですね」

「そう「幼馴染だから」おい」

 人が話しているとこに割り込むんじゃない。

 今日はやたら主張が激しいというか、縄張りに他の生き物が入り込んだ猫みたいになっている。最近は俺にべったりか、授業中の物静かなアオしか見ていないから、やや扱いに困る。


 最初からわかりきっていたとはいえ、こいつら相性悪すぎないか?

 俺はともかく、それぞれ美男美女。アオが抜けているが、揃って顔がいいのは間違いない。

 顔だけ並べれば最高に相性よさそうなのに、実際に顔を突き合わせるといがみ合う。同族嫌悪みたいな感情というか、本能のようなものが働くのだろうか。マウントの取り合いというかなんというか。


 俺がいなければ。

 なんて、卑屈めいた想像はしたくないが、その可能性もあるんだよなぁと考えていたら、誘ったわりに言葉少なだったソラがそれはそれは爽やかな微笑みで地雷を踏み抜く。


「幼馴染だから仲がいい、なんていうのは優しさに甘えた盲目だよ」

「…………なにが言いたいのかしら?」

 もうやだお腹痛くなってきた。


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