予定、というのは億劫だ。
たとえ遊びであっても、いざ時間になると面倒になることもある。そのまま家でごろごろしてたいなーという気持ちを振り切って外に出るのは、思った以上に労力を要する。
だから俺は予定なんて立てないで、その日その時の気分で生きていきたい。自由ってそういうことだと思う。
そんな自由を愛する俺だが、それでもやっぱり予定を立てなきゃいけない時がある。それだけで億劫なのに、その予定が実行する前から嫌だとわかっていることだと、余計に足が重くなった。
これが遊びの予定なら体調悪いから行かねーで済ませられるのに。
「俺を遊びに誘う友達はいねーがな!」
「それは誘ってほしいという、遠回しな誘いかな?」
「ちげーよお前の顔なんぞ見たくなかったけどしょうがないから来たっていう俺の嘆きだよ」
察しろと、珍しく困惑気味のソラに言う。一生その顔をしていてほしいくらいには、こいつの困惑顔は見ていて悦に浸れるが、すぐにいつもの調子を取り戻すのもソラだ。爽やかな微笑みがつまんねー。
「ユイトから僕の教室に来てくれるなんて初めてじゃないかい? 嬉しいよ」
「来たくて来たわけじゃねーんだよ」
これでもかって、意識して顔に皺を寄せるが、爽やかイケメンのソラに通じるはずもない。むしろ、放課後の教室でソラを囲って談笑していた友人であろう奴らからの視線が鋭い。邪魔して悪い……と思わないのは、俺が捻くれてるからか。
「何の用かな? いや、用なんてなくてもユイトが会いに来てくれるのは嬉しいけどね?」
「きっしょいなー」
そして、その発言のせいでこいつの友達であろう男子や女子の視線の圧が強くなる。友達じゃないから安心してくれ。ただの天敵だ。
「大した用じゃないが、とりあえず外」
無神経を地で行く俺でも針の
「そうだね」
疑問に思うことなく、ソラはすぐさま応じてくれる。こいつの周りに集まる友人たちに「ごめん。先帰ってていいから」と伝えている。
残念そうな彼女彼らの中で、凶悪な眼光で睨みつけてくる金髪女から逃げるように先に廊下に出る。
「あの金髪の女子って、彼女?」
「え。違うよ」
鞄を持って追いついてきたソラに尋ねると、瞼を持ち上げて意外そうな顔で言われた。
むしろ俺の方が意外なんだが。
とはいえ、そうなると片思いか。
「お前モテるよな」
「そんなことないよ」
あるだろ自覚しろ。
「彼女は同級生だよ。お互いね」と悪意なく言うソラに、心の中で合唱する。こんな朴念仁を好きになってご愁傷さまだ。
「むしろモテるのはユイトだろ」
「あ? お前友達すらいねーぼっちがモテるわけねーだろ。世辞だろうが発言には気をつけろよ?」
「お世辞じゃないよ」
どうだか。
こいつは空気を吐くように人のいいところしか口にしないからな。
陰口叩いてるところなんて見たこと……いや、アオのことは嫌いって言ってたな。そう考えると、やっぱりあの発言はソラにとって珍しすぎた。
「本当なんだけどな」
俺が信用してないと見てか、苦笑交じりに零す。
「それに、本当に僕はモテてない。教室の彼らも、友達ってわけじゃないから」
「酷いことを言う」
「でも、そうなんだよ」
ソラの目元に影が落ちる。
教室に入った時に見たのは、ソラを中心に楽しそうに談笑していたグループの和だ。初めてくるクラスだったが、見るからにカースト上位といった集まりで、仲の良さを周囲にアピールしているんじゃないかってくらい笑いが絶えない。
なのに、こいつからすると友達ですらない、か。
アオの顔を頭に思い浮かべて、はーっと天井に向かって息を吐き出す。
「尊敬と友情は違うからな」
言って、ふと視線を感じて隣を見る。
大きく目を見開いてソラがこっちを見ているかと思えば、次の瞬間には嬉しさが輝きとなってキラキラしているような笑顔を浮かべてうわーっとなった。
「なにお前その……なに?」
「やっぱり僕は、ユイトの親友になりたいって、改めて強く思ったよ」
「なんだよほんと」
そういう言葉も、そういう顔も、お前に好意を寄せてる女の子に見せてやれよ。なんでソラを毛嫌いしている俺に向けるんだよ怖いなぁ。
「このまま遊びに行くかい?」
「行かん用事を話させろ」
「そうか……」
本当に残念に肩を落とす。
こういう本気っぽいところが気色悪いと言っているんだが、ソラにはまるで伝わってくれない。
男からのガチっぽい好意って本当に鳥肌が立つんだよ。それとも、友達付き合いがない俺だからそう思うだけで、これくらいは一般的だったりするのだろうか。知りたくもないが。
「それで、用事って?」
「セナに連絡取れないかと思って」
「
どうして? と尋ねるような反応に、仕方なく説明を付け加える。
「昨日の昼休み、落ち込んでたろ。その後も流れ解散になったし。気にする必要ないくらいは言っておかない、と…………なんだよその顔」
「いやー」
にやにやと、これまた珍しいからかうような笑みが癇に障る。うるせー顔とデコピンしたら、叩かれた額をふふっと嬉しそうに
「人付き合いは苦手ってユイトは言うけど、意外と気を遣うよな、って」
「これくらい気を遣ってる範疇に入らないだろ」
あれだけ露骨に落ち込んでいるのだから、声をかけるくらいはするべきだ。常識的に考えて。
「だいたい、原因の一端は俺にある。責任くらい取るさ」
「……それ、夢観さん本人に言ったら、とっても喜んだろうに」
「なんでだよ」
喜ぶ要素皆無だろうが。
どういう意味だと睨むも、ソラは苦笑するだけだ。
「些細なことに気づくけど、そういうところは朴念仁だよね、ユイトは」
「
創作の中ですら使い古されていそうな言葉だった。
「でも、なんで僕のところに来たんだい?」
「連絡先知らない」
「直接教室にいけばよくない?」
「……あのなぁ」
はぁ、と呆れを込めて嘆息してみせる。
「上級生の男が下級生の女の子に会いに行くとか、迷惑にしかなんねーだろ。常識だぞ常識。理解しろ爽やか陽キャイケメン」
「……本当にユイトは、気を遣うよね」
笑って、ソラがスマホを取り出す。
ちょっと意外。
スマホの所持は許されているが、基本的に緊急以外の使用は許されていない。もちろん、そんな校則を律儀に守る生徒はいないし、先生に見られても軽い注意くらいだ。
でも、優等生として振る舞っているソラが学内でスマホを使っているところなんて見たことがなかった。
連絡役を頼んだのは俺だが、
物珍しく見ている間も、ソラはスマホを操作する。そして、そのまま「はい」、と手渡してくる。……受け取る。え、どうしろと。
「メッセージは自分で送れってことか?」
「通話かけてるから」
「は?」
微笑んで耳を叩くソラを小突いてやりたい。
せめて先に言えと小言を零しつつスマホを耳に当てると、丁度通話が繋がった。
『もしもし。
「残念ながら水も滴る爽やかなイケメンではないんだ」
冗談交じりに言ったら、通話が切れたみたいに無言になってしまった。
滑った? 冗句センスを培える人間関係がなかったからな。自分が受けることしか知らない。ぼっちの宿命だ。
「
『…………高丈、せんぱぃ?』
「そう」
名乗ってなかったので改めて口にすると、オウム返しのような調子の返答があった。通話は切れてなかったなと再確認して、
『…………………………~~~~~~っ!??!??っ』
キーンッと耳鳴りするほどの甲高い悲鳴と、物をひっくり返すような騒音にスマホを放して指で耳を閉じる。
いくらなんでも動揺しすぎでは?