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第2話 後輩との初電話と待ち合わせ

『どどど、どうして高丈たかじょう先輩ががが』

「いきなり連絡したのは悪いと思ってるから、落ち着け」

 ビデオ通話じゃないのに目を回しているのがわかる取り乱し方だった。わ、う、は、と声を上げて、どうにかセナが冷静になるのを待つ。


『……ごめんなさい。取り乱しました』

「いいよ。悪いのは俺と、いきなりスマホを渡したイケメンだ」

「褒められると照れるな」

 悪びれもしないソラを横目で睨む。もちろん、効果なんてなくただ微笑むばかりなのがムカつく。


 廊下の壁に背を預けて、電話相手の顔を思い浮かべながら話す。

「急に連絡して悪いな」

『いえ、それは問題ありません。ですが、どのような用なのでしょうか?』

「ん」

 さて、どう切り出すべきか。

 ストレートに言うと遠慮するかもなーという予感がある。でも、だからといって迂遠な言い方も思い浮かばず、とりあえず言ってみるかと素直に口にしてみる。


「昨日は色々と悪かったと思ってな。お詫びの1つでもしようと」

『そんな。悪いのは私です』

「まぁ、そう言うだろうとは思ってたが」

 恐縮しているセナが目に浮かぶ。

「俺は俺が悪いと思ってるから、なにかしら詫びさせてくれ」

 正直、誰それが悪いと言い出すのは不毛だと思っている。互いに自分が悪いと思っているのだから、どれだけ論理を展開したところで行き着く先は自罰的な感情論でしかない。


 だから、俺がこうしたいからとハッキリと告げる。

 こういう本音を隠さない物言いが人付き合いに向かないのはわかっているが、まどろっこしいのは好きじゃないのだからしょうがない。

『……高丈先輩は、強引ですね』

「知ってる」

 悪いとは思うが、そんな先輩を持ってしまった不運を呪ってほしい。


「ま、別に今日じゃなくていいから、どこかで茶の1つでも奢らせてくれ」

『……それなら』

 躊躇ためらうような息遣いが鼓膜を震わせた。

『今日、会えませんか?』

「ならそれで」

 息を呑む音が気になりつつも了承する。そこからはこれまでのやり取りが嘘のようにテンポよく話がまとまる。


『それでは、お待ちしております』

「あぁ、よろしく」

 スマホを耳から離す。

 画面を見ると、通話時間が伸び続けている。切らないな、と思ったのでこっちから赤い通話終了ボタンを押した。

 今日なら今日がよかったけど、決まるとは思わなかったな。

 花の女子高生なら放課後は忙しいだろうに。気を遣わせたかなーと、若干パワハラめいたものを感じて不安になる。


 ソラにスマホを返す。

「助かった」

「こちらこそ」

 なにがこちらこそなのか。楽しさの交じる表情を見ると、口の両端がうぇっと下がる。ソラの琴線がどこにあるのかわかったためしがなかった。


「ちなみに、僕への詫びはないのかい?」

「あると思ってるのか?」

 根本的な原因はお前にもあるんだぞと睨んでも、肩をすくめるだけだった。ほんと柳に風だなと嘆息する。

「ジュースでいいか?」

「! あぁもちろん」

 はっと顔が上がって、すぐにパァッと笑顔が輝く。廊下を歩き出すと、横に並んでくる。その足取りはうきうきで、ジュース1本のなにが嬉しいのか。


「いいよね。こういうの。友達っぽくて」

「お前の友達像どうなってるんだよ」

「ユイトは?」

「……放課後の寄り道、とか?」

「一緒だ」

 こいつと一緒は嫌だなぁ。


  ◆◆◆


 別れを寂しがるソラを蹴飛ばして、学校を出て待ち合わせ場所に向かって歩き出す。

「1人で学校を出るのは久々だな」

 公園の横を歩きながら、隣にいない幼馴染を思う。

 アオが引っ越してきておよそ1ヶ月。行きも帰りもどこに行くにもアオが隣にいた。するりと自然にではなく、強引に入り込んできていながら馴染むのが早かった。

 1人で歩く。

 ただそれだけのことで、アオを思い出すくらいには。


「よくないなぁ」

 空を覆う雲を足すように憂鬱を吐き出す。

 そうした当たり前から離れようとしたのに、結局2年も保たなかった。痺れを切らしたのはアオのようであって、最終的に受け入れたのは俺だ。

「我慢できなかったのは誰なのか」

 悶々としていると、気付いた時には待ち合わせ場所に着いていた。喫茶店という看板が目印の、民家のようなお店。


 中に入ると年若い大学生くらいの店員さんに出迎えられる。

「いらっしゃいませ」

 と、最初は笑顔で接してくれたバリスタっぽい雰囲気の女性は、俺の顔を見るなり「あ」と手で口を塞いだ。

 ん? と目を細める。

「なんですか?」

「いえいえなんでも」

 なにやら含みのある笑顔で店内に案内された。


 気になる反応をする店員さんの後を付いていくと、案内された席にはセナがいて、文庫本を読んでいた。

 落ち着いた雰囲気があるからか、喫茶店に本というシチュエーションがよく似合う。

 年下というイメージがあるからか普段は感じない、理知的な美人さがあった。

 制服ではなく、白いタートルネックのセーターにロングスカートという私服だから、余計にそう感じるのかもしれない。

 これで眼鏡をかけていたら完璧だったな。なにが完璧なのかは知らないけど。


「では、ごゆっくりぃ」

 語尾を軽く伸ばした店員さんがささっと離れて、カウンターの中に戻っていく。そのままミルでコーヒー豆を挽く……振りをして、ちらちらとこちらを窺っている。

 前回来た時はこうも注目されてなかったんだが。というか、待ち合わせしているとかなにも言ってないのに案内された。

 顔を覚えられているのか、なんなのか。

 微かな疑念を感じながら、向かいの席に座ろうと椅子を引く。と、その音で気が付いたのか、文庫本から顔を上げたセナと中腰で目が合う。


「あぁ、お待たせ」

「……」

 声をかけると、無言のままパタンッと文庫本を閉じる。それを小脇の鞄に収めて咳払い。膝に手を置いて、にこっと微笑んできた。

「私も今来たところです」

「……お待たせしました」

「っ!? 待ってないです!」

 どうしてそうなるのかと、あせあせするセナに頭を下げるようにしながら椅子に腰掛ける。本人にその皮肉の意味はないのだろうが、今のは本を読むくらい待っていたという煽りにしか聞こえなかった。


 メニュー表を取って、これかなと開いてセナに向ける。

「冬のクリスマスパンケーキで許してくれるか?」

「待ってませんからっ」

 泣くようなセナの声が店内に響いた。


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