「ハハハッ、どんな卑怯な手段を使ったのかは知らないが──お前は神を怒らせた。おしまいだよ、ディ!」
勇者アーノルドは、有頂天だった。
ディ──ダンジョンの奥で囮にして見捨てた。『勇者を生かすために死んだ』という栄誉を与えてやったはずだった男。
だが、戻って来た。戻ってきてまた自分の役に立つならばよかった。しかし、この男は、あろうことか、勇者をないがしろにし、後ろ脚で砂でもかけるようにした。
せっかく話しかけてやっても『忙しい』と無視した。
ありえない無礼だった。
だが今、教会の軍と、王宮の軍を率いて来てみれば、素直についてくる。
(見ろ! 最後は
そこでアーノルドが横を歩くディを見ながら考えたのは、教会も王宮も、神さえも無視した、こんなアイデアだった。
(こいつがもしも、まだ僕に許しを乞うて、今までのことを謝るようなら、また僕の仲間にしてやってもいいな)
絶対的優位を確信した瞬間、アーノルドの中に『哀れみ』がわいたのだ。
むしろ、一言ぐらいは謝らせないと気が済まない。王宮に引き渡して神明裁判の中で死刑にし、死なせる? ……いやいや。その程度じゃあ、これまでの無礼、これまでの侮辱のツケはどう考えても返せない。
ディがこの勇者アーノルドへの無礼と侮辱のツケを払うならば、それは、法に則って死ぬのではなく、一生、奴隷として自分に従属する以外に道はないのではないか──
それは、アーノルドにとって、天才的なひらめきだった。
だから、街の外へ展開する王軍へと連行する最中、手首に縄を打たれて、周囲を教会の兵に囲まれて黙っているディに、勇者の名のもとに『慈悲』を与えてやることにする。
「ディ、お前は今、絶体絶命だ。だが……僕もな、昔の仲間がこうやって死刑にされるのは、見てられない気持ちがあるんだ。何せ僕は優しいからさあ」
「……」
「だから、僕に謝れよ。全力で謝罪して、もう一生逆らわないって誓えよ。そうしたら、僕から王や教会にとりなしてやってもいい」
「……」
「おいおい、なんだ? 恐怖で口も利けなくなってるのか? 本当に助けてやるって、だから──」
「そろそろ」
「──あ?」
「街の外だな」
そう述べるディの見ている先は、街の西側にある門だった。
モンスターというのはダンジョン以外にも出るため、たいていの街は城壁で周囲をぐるりと囲み、その城壁の間に門がある。
この街も王都に近い大きな街だけにそういった法則が適用されており、今、ディが出て行くのは、王都方面にある西門だった。
「だからなんだよ」
自分の『慈悲からの申し出』を無視されたアーノルドは、舌打ちしながら言う。
ディは黙って西門を踏み越え、
「少し、考えていたことがある」
「……何がだ?」
「教会の兵の多く、王宮の兵の多くはきっと、生活があって、仕事だから、こうして一人に対して大軍で向かってくるんだろうなと思ってな。……俺が見向きもしなかった場所にも、『人の暮らし』はあって……いっぱいの人が生きてるんだ」
「……だから、なんだよ」
「最初は、全力で『抵抗』するつもりだった。でも、冒険者ギルドでさ、仲間扱いをされてみると、それ以外の人にも、事情とか、暮らしとか、そういうのがあるんだって思ってしまって、少し迷ってたんだ」
「……だから、なんだって、聞いてるんだよ」
「だからさ」
ディは──
自分の手首を戒めていた縄を引きちぎる。
そして、右手を前にかざす。
このたびたどり着く可能性は『魔法剣士』。
この世にはない才能だ。『魔法使い』は『魔法使い』。『剣士』は『剣士』。それがこの世界の
だが、生まれついての才能を無視して己を磨き続ければ、魔法による剣を扱う剣士という存在にもなりうる。
努力によってしか至れないモノ。
ディの右手に出現させた剣は、バチバチと雷の輝きをまとっていた。
それを確かめるようにひと振りし……
「全員、殺さずに倒すことにした」
振って、少ししてから。
ディの周囲を連行のために囲んでいた教会の兵たちが、一斉に倒れる。
その者らは体を痙攣させ、白目を剥き、ヨダレをこぼすという醜態をさらしながらも──
──生きている。
死なない程度に、麻痺させられている。
勇者アーノルドが、教会の兵たちの惨状を見て……
じり、とディから離れる。
彼は一瞬、腰にある見事な剣の柄に手を伸ばした。
だが、勇者がとった行動は……
「は、犯罪者が暴れてる! 全軍! 殺せ! 殺せええええ!」
叫びながら、逃げる、というものだった。
声に反応し、軍勢がざわめきだす。
逃げ去る勇者がどんどん小さくなっていき、もう少しで軍に混じって見えなくなるところだった。
ディは魔法剣の切っ先でアーノルドを『引き留めよう』かとも思ったが、
「まぁ、全部倒してからの方が、ゆっくり話ができていいか」
後回しにすることにした。
教会・王軍連合、合わせて一万人。
いずれも『才能を与えし者』、女神インゲニムウスにより戦いの才能を保証された者ども。
その中を、無才の者が一人、進む。
あまりにも呑気に……
敵中への