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第12話 敵中散歩

 王軍の指揮を任されているのは、優れた才能スキルを磨き続け将軍位にまで上り詰めた者だった。


 スキルの名前は戦士ウォリアー。されどその練度は発覚から四十年間積み上げてきたもの。貴族出身でもある彼が英才教育受け、財力や環境の許す限り磨き上げた力はすさまじい。

 また、指揮能力も勉学に勉学を重ね、兵たちとのコミュニケーションをとり、時には貧民街でのケンカというやんちゃ・・・・までして磨き上げたもの。


 今回の戦い、モチベーションが高いとは言い難いが……

 それでも、『冒険者一人程度』には間違っても負ける理由がなかった。


 なかったはず、なのに。


(……なんだ、アレは)


 速い。

 強い。

 巧い。


 人数差というのはどうしようもなく強い力だ。

 相手のスキルは『渡りウォーカー』というもので、そこにはなんの技能も身につかないはずだった。

 それでも『神殺し』らしいという話が渡っているので、自分も含め全軍に油断はなかったと思う。……いや、『油断しないように努めていた』という方が、正しいか。


 神殺し、とは言うものの、その具体的な『神を殺した方法』は、不明なのだ。

 強そうだから、相手がたった一人でも油断することは許さん、と兵たちを締め上げてはみたものの、締め上げる以外の方法で緊張をたもつことは難しかった。何せ、将軍である彼さえも、いったい何を恐れればいいのか想像もつかない──


 ──無才の冒険者、一人。


 それが、剣を振るうたび、軍隊を『隊』の単位でなぎ倒していく。


 だが、それだけならば『強い剣士だったのか』で済む話だった。


(剣技でわが軍を相手取りながら、魔法まで発生させている……? いやあの剣自体が魔法の代物……? いくら教会の者らが傲慢バカとはいえ、引っ立てる犯罪者の武装をそのまま、ということはあるまい。であればあの剣は『持っていなかった』。だが、『今は持っている』)


 そういう才能があるかどうか、軍人としてあまたの『戦う才能を持った者』を見てきた将軍は考える。

 ……なかった。

 記憶の中に、魔法を使いながら剣技も使うという才能は、一つもなかった。


『才能を与えし者』。その名をインゲニムウス。


 神への不敬にあたるので表立っては決して言えないことではあるが、かの女神の与える才能というのは、かなり、限定的・・・なのだ。

 戦士。魔法使い。癒し手。勇者。盗賊。商売人。

 戦士の派生で剣士や槍士がある。

 魔法使いの系統で火魔法使いや水魔法使いがある。


 昔はそれでよかったのかもしれない。

 だが、文明が進み、様々な職業が出現し、多く者たちがより個性的であろうとするこの時代において、あまりにもカテゴライズがおおざっぱすぎる。


 それは信仰よりも実務の中で暮らしてきたこの将軍からすれば──


 ──神が、人に多様性を許さぬかのような。


 そういう『神の意図』を感じざるを得ないものだった。


 その中で燦然と輝く個性こそが『勇者』。

『この才能を持つ者だけ、すべての可能性が許される』という、神に愛された才能。


 将軍は、こうも思うのだ。


(……この世界がまるで、勇者という才能を輝かせる舞台であるような。……そうあれかしと神が望まれているような、そういう印象を受ける)


 不自由な世界。

 だが、その中で、あの『神殺し』は。


 剣を使う。

 魔法も使う。


 魔法による剣を槍のようにして軍勢を薙ぎ払う。


 おまけによく見れば、あれは、癒し手の能力も使っているのではないか?

 その能力の向かう先は『こちら側』、すなわち、『神殺しに敵対する我ら』で……


(……殺さぬようにしているのか)


 将軍は恐ろしい事実に気づいた。


 一万対一人。

 戦う才能を持った軍人対、戦う才能を持たないとされる『神殺し』。


 その戦いの中で、一人の側がこちらの生命に気遣いながら戦っているなどと……


(これが『納得できる出陣』であれば、『舐めやがって』と奮起するところだが。もともと、教会のごり押し、勇者のわがままのような戦いに駆り出されている身としては……)


 折れる・・・


 圧倒的な実力差に、折れる。

 こちらを気遣う優しさに、折れる。


 ……将軍は、考えた。


 あの『神殺し』と自分および側近の精鋭たちでぶつかり、自分たちは勝てるかどうか。


 将軍はもともとあった才能の上に、努力を重ねた人だ。

 そして側近も同じように訓練を積んだ無双のつわものども。


 それと、あのたった一人の『神殺し』とが戦えば……


わからん・・・・。あるいは勝つかもしれん。あれが、本当に人類にとっての脅威だと言うならば、命懸けでも勝利をもぎとる気概もわこう。しかし……あの男を相手に、命懸けの全力の勝負はできん)


 モチベーションを高く、死力を振り絞ってようやく勝機が見える。そういう相手だ。

 だがそのモチベーションが今はわかない。


 ……神からの『託宣』が事実であり、あれが本当に神を殺していたとして。

 それがどう、この世界の危機につながるかがわからないのだ。


 教会は『神が殺せと仰せだから殺せ』とのことであり、『託宣に基づいた要請』を王家も断ることができなかった。

 だがしかし、王家・貴族は自分の領地や人々の守護者であって……


 神や勇者の守護者ではない。


 むしろ、神や勇者こそが、人類が危機に陥った時に、その『危機』から人類を守るべき立場であろう。

 だというのに今は、どう考えても、神や勇者がいたずらに人類を危機に陥れているようにしか思えない──


(……仮に、本当に、あの『神殺し』が、ここで殺さねば人界を破滅させる存在であれば、私は将軍失格だな。だが……)


 将軍には、あの男が、『人類にとっての危機』には思えなかった。

 むしろ、


(神を殺すから、神が神の保身で人を操り、あれを殺させようとしているというのなら……『勝手に戦え』というところだ)


 将軍は、決断した。


「伝令。道を開けよ。『神殺し』の前をふさぐな」

「……将軍、それは」


 横につけている副官が苦い声を出す。


 将軍は馬上から副官を見下ろし、


「戦いの才能を持った者どもが、ああも蹴散らされている。であるならば、あれは我らの才能には余る相手よ。勇者に見せ場を作って差し上げろ」

「……」

「その上で我らは、もしも勇者が倒れた時のために、軍勢をなるべく無傷で残すのだ。理由を問う者にはそのように説明せよ」


 すると副官は、ニヤリと笑った。


「これは独り言ですがな。坊主どもに降った託宣で、なぜ我らが前線を固めねばならなかったのか、疑問に思っていたところでありました」

「そういうのは酒の席で言え。……ま、そういうこと・・・・・・だ。ははは。これであの者が人類に牙を剥いたならば、我らは戦犯も戦犯、大戦犯よな」

「その時は身命を賭して人々を守ればよろしいかと」

「そうさな。ま、『その時』が来るようにも思えんが。あれは……」


 将軍は、荒れ狂う『神殺し』の、雷をまとった戦いの様子を見て──


「人類を滅ぼすほどにはまとも・・・じゃなさそうだ」


 軍を、動かす。


『神殺し』と『勇者』との戦いの舞台を整えるために。

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