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第22話 ヤマタノオロチ

 ヤマタノオロチ。


 その『子供』を見た時に、ディは『山のような巨体』だと思った。

『山のよう』。生物、妖魔、ともあれ『生きて動き回るもの』に対する表現として、『山のよう』というのは、それ以上がない、最大級の、大きさを表す言葉だと思われた。人生で『山のよう』を超える表現を必要とする生物と相対することなど一生ありえないと、無意識にそう判断していたのだ。


 間違いだった。


 ヤマタノオロチ──


 それは、山々を備え、その間に大河の流れる、国土のような化け物だった。


 巨大。だが、全身が筋肉の塊。

 静かに素早く、ヤマタノオロチが動く。


(速い! 俺が最終的に至れる能力を超えた速度だ)


 ヒトとバケモノとのスペック差を如実に感じる。


 ディには才能がない。あらゆる能力の伸びは悪い。それでも鍛え続ければ神を斬る位階には至る。

 しかし単純な能力では、ヒトよりもバケモノの方が優れている。才能があるヒトと比べてさえ、バケモノの方が肉体の性能は上だということがままある。


 ヤマタノオロチが頭部を動かす速度、瞬きでもしようものなら目を開けた時にはすでにヤツの腹の中にいるだろうというほど速い。

 あの巨体が流星のような速度で動くのだ。多くの生物は食われたとて気付けないまま、『ヤマタノオロチの体内』という暗闇の中にいきなり囚われ、困惑しているうちにじわじわと消化されていくしかないだろう。


 では、その流星のごとき速度の『食いつき』を回避できている理由は──


(なるほど。俺は──『相手の動きを読み違えたら死ぬ』ような相手を敵に回す未来もあったのか)


 自分より速い相手の攻撃を避けるにはどのような能力が必要か?


 直観、予測、先読み。それすなわち……


 一瞬後を予知する能力。


 その能力を実現するために、未来のディが獲得したものがあった。


 魔眼。


 この世界に来て最初に『ヤマタノオロチの子供』を相手取った。

 その時に無意識に選択した『片刃剣を扱う剣士』という未来。


 だが、その本質は、薄く鋭く丈夫な片刃の剣を振るう剣術特化ではなく──


 一瞬先を読む目を持っている、ということ。

 そして、


 予測した未来に合わせて、斬撃を置いておく・・・・・

 相手が動き出す前に振るわれた剣の場所を、相手の体が通り抜ける。

 刃筋をきっちり立てた鋭い剣は、丈夫なヤマタノオロチの鱗さえ斬り裂いて、その頭部に深い裂傷を与えた。


(叩きつけるのではなく、相手が来る位置に剣を置いておく。そして、相手の勢いを利用して斬る。そのための、異常な切れ味の剣──という武器選択か!)


 未来の己から技術と能力は渡ってくる。

 だが、知識は渡らない。自分が何を考え、どういう修業をして、『そこ』に至ったのかはわからないのだ。


 だから、戦いながら読み解く。

 己が通る道を。

 己がなぜ、その道を行こうと思ったのかを。


 無意識のうちに選択した『最適な未来』をその身に宿しているのだ。

 己の思考を読み解くことができれば、負けることはありえない。


 しかし、この『読み解く』という作業が難しい。


 鋭い片刃の剣は確かにヤマタノオロチの鱗を斬り裂いた。

 しかし国のような巨体である。その頭部だけで山をひと呑みできるほどのバケモノだ。

 対するディの剣の長さはおおよそディの腕、肩から指先までと同じぐらい。

 明らかに、刃の長さが足りない。この長さでは、どうあがいても、この超巨大なバケモノの命には届かない。


(さて、俺はどうする? 未来の俺はこいつのようなバケモノさえ倒せる。だが、今の俺が知っていること、できていることではどう考えても武器も俺も小さすぎる。と、くれば……)


 剣を魔法で伸ばす?

 いや、もしその方法をとるならば、この片刃剣士という未来、魔法剣士に似たものになるはずだ。

 だがこの未来へ渡ったディは、この能力をふるう自分の魔力がそう多くないことを察していた。


 ディには才能がない。

 だから、何かに至るためには、何かをあきらめなければならない。


 すべての能力を最高まで上げることはできないのだ。時間というのはどうしようもなく流れるものだし、増えない。だから、ディは上限が決まった数字を割り振って自分自身を作り上げるしかない。


 ヤマタノオロチの攻撃を避ける。

 刃を置いておき、鱗を裂く。


 だが、ヤマタノオロチにつけた傷が……


(治っている。妖魔もモンスターも、力が強いと当たり前のように自己再生能力を持つ)


 だから、裂傷を無数につけて相手を弱らせる、という戦い方でもないはずだ。


(考えろ。俺は、この超巨大なバケモノを相手に、どう戦う?)


 この、相手に比してあまりにも小さな身の丈と、相手の大きさに対すれば針のように細く短い剣で、いったいどうやって、このバケモノの命に刃を届かせる?


 魔法剣ではなく、持久戦でもない。


 一瞬先の未来を読む目を持ち、刃筋さえ立てればなんでも斬り裂く鋭い剣で、いったい、どのようにして……


「はははは……!」


 考える。


 この時間が。


 命懸けの最中。『死』がそこらを飛び回り自分を呑もうとしている夜の暗闇。

 その中で、未来の己の思考を読み解く、その時間が──


「たまらない。楽しいな!」


 ディにとって、狂喜すべき時間であった。


 九本の首が迫りくる。

 自分の動きのせいで自分の首が絡まって動けなくなる──なんていう間抜けなことも期待できなさそうだ。


 すれ違う。

 そのたび刻む。

 だが、自己再生される。


 ディの攻撃は幾度も幾度もヤマタノオロチの体を裂いて、しかし、致命傷どころか、相手を弱らせる傷さえ、一つもない。

 一方でヤマタノオロチの攻撃は当たればその一撃のみでディを粉々に挽き潰す──いや、『食事』が目的であるから、丸呑みにして、出られなくされてしまう。


(体内に入って中から? ……違うな。それは『悪手』だと直感が言っている。目や舌などのいかにも弱そうな、この針一本のごとき剣でも相手に痛手を与えられそうな場所を狙う? ……それも、違いそうだ。こいつは眼だろうが舌だろうが普通に再生するだろう)


 もう一つの要素。

 ヤマタノオロチは毒の息を吐き、周囲の草木を枯らしている。

 まともな毒ではないだろう。神経毒とか麻痺毒とか、そういった薬師が分類できるような毒ではない。もっと概念的、神秘的な毒だ。たとえば『吸った者の時間を進める』とか『腐敗状態を強要する』とか、そういうもの、なのだろう。


 だがディはこの毒の中で普通に呼吸し、体になんの支障もないことを把握する。


 毒に強く、一瞬後を予知し、鋭い剣を使う剣士。

 魔力はない。もちろん、巨大化もしない。


 だが、倒せる確信がある。


 自分がどうするのか──


 読み解くディが、幾度目かの斬撃をヤマタノオロチに浴びせた時だった。


 一瞬後、ヤマタノオロチが不自然に停止する未来を予知した。


 この停止は、



衒学げんがく的な物言いをするつもりはさらさらないのだが──」



 よく見れば飛ばされてきた符が、宙に浮いている。

 その符から不可思議な波動が発生し、ヤマタノオロチの『時』を止めていた。


「君はよくよく蛇に好かれる体質のようだ。そして僕は、君の窮地に駆けつける運命──」

「手短に頼む」

「助けに来たぞ」


 真っ白い毛並みの、猫の耳と尻尾を生やした、巫女。

 タマが暗闇の中から、浮かび上がるように現れていた。

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