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第24話 シシノミハシラの巫女たち

衒学げんがく的な物言いをするつもりはさらさらないのだが──」

「つまり俺は、どこに向かえばいい?」

「──街に戻ってくれないか? 君の身柄については、この僕が便宜を図ろう」


 タマという少女の言葉には、多分に信用していいのか疑問に思う要素がある。


 しかしディは、この少女の行動に信用してもいい要素を見ている。


 なので、街に戻ることにした。


 すでに夜である。


 この世界──シシノミハシラは昼夜でかなり妖魔と人とのパワーバランスが変わるらしい。

 昼には人が強く、夜には妖魔が強い。

 で、あるから、城塞都市の門は夜には閉じられるわけだが……


 このたび、『男性が行方不明であり、捜索中』という状況のためか、門は開けられ、巫女装束の少女たちが警備という様子で立っていた。


「止ま──うわあ、男性が、男性がお姫様抱っこしてるううううう!?」


「なんだかよくわからない驚き方をされてしまったが、どうしたらいい?」

「見せつけてやるといい」

「わかった」


 そういうわけでタマを抱えたまま門前に止まり、なぜかガクガク震える獣耳少女らの視線を黙って受ける。

 すると、


「どうした大きな声を出し──あああああああ!? 男性が! 男性が!」


「本当に見せつけるのは正解なのか?」

「衒学的な物言いをする気はさらさらないのだが、時には理非よりも問われるべきものというのがある。人は、論理や正しさによってのみ動くものではなく、人の行動はしばしばこれらを超越したところに正解を見出すということだね、つまり、こうやって見せつけると僕が超気持ちいいから、しばらく見せつけてやろう」

「なんだようするに、もう元気なのか?」

「いやまったく元気じゃない。ああ元気じゃない……元気じゃなさが元気いっぱいだ……」

「わけがわからない」


 タマが抱き着いたまますりすりしてくる。


 そうしているうちにどんどん人が集まってきて、いちいちリアクションをとり、気付けば獣耳の女の子が数十人こちらを取り囲むという状態になってしまった。


「タマ、そろそろ門の中に入らなくてもいいのだろうか」

「『そろそろ門の中に入らなくてもいいのだろうか』。なるほど哲学的な問いかけだ……」

「いや、現実的な問いかけだが」

「しかし街の中に入るとちょっと面倒くさいからなあ……しばらくこのままでいいだろう」

「本当か?」

「僕が今まで、一度でも君に嘘をついたことがあったかい?」

「どうだろう、嘘かもしれないと思えることを言われた記憶は、何個かある」

「嘘とは何か? 僕はこの定義について」


 タマが何か言葉を続けているが、ディはそれをほぼ無視して状況を観察する。

 確かに妖魔の気配は迫っていない。ヤマタノオロチをまけたのは事実だろう。


 それよりも今気になるのは、門から出て来ている女の子たちの反応だ。


(この世界は『男』が珍しいのだったか)


 その珍しさについてディが持っている情報は、『弱くて希少なので地下施設で飼育されている』といったものだけだが……

 どうにも少女たちの様子を見るに、それだけではなさそうな感じもする。


 じりじりと近寄ってくる少女たち。

 尻尾が立っていたり、激しく振られていたり、見える反応は様々だが、みな一様に興奮しているのはわかる。

 この暗闇の中で目がキラキラして見えるのは、全員瞳孔が開いているからだろう。


(……正直に言って、怖いぞ)


 瞳孔ガン開きの女の子たちがじりじり距離を詰めてくる状況、かなりのプレッシャーがある。

 全員が奇妙な興奮状態というのも恐怖を加速させる要因だろう。


 だがディは何かを思い出しかける。

 この状況、どこかで覚えがあるのだ。


(女の子にこうして見つめられるなんて、アーノルドじゃあるまいし、俺には経験がないはず……ああいや、そうか)


 獣の耳と尻尾を備えた女の子たち。

 これを見てディが連想したのは……


(『貴族の犬の散歩』依頼を押し付けられた時だ……)


 ディはなんだか知らないが動物に好かれる。

 貴族の犬の散歩──犬というのはディのいた世界でも、金持ちの愛玩動物としての地位を築いていた。

 そして犬好きの貴族がおり、その飼っている量が膨大で……


 その膨大な犬たちに一斉にとびかかかられ、全身をペロペロされたことがある。


 今の状況は、ぺろぺろの直前だ。

 あの時の犬たちのキラキラした目。ぶんぶん振られた尻尾。ちょうど、そのような様子なのだ。


「…………」


 抱き着いてすりすりしながら何かを言い募るタマの声を聞き流しつつ、目が合った女の子に人差し指で手招きしてみる。

 女の子は『え、私?』みたいに自分を指差すのでうなずいてやると、尻尾をぶんぶん振りながらそろそろと近づいてくる。


 手が届く距離になったところで、『あいさつ』をする。

 そのあいさつは、タマに言われたもの……すなわち、『顎を撫でてかわいいよと言う』というものだった。


「かわいいよ」

「え!? え!? 何!? 全盛期!? 死!?」

「……これが、巫女に対するあいさつではなかったのか?」


 興奮状態の犬を落ち着かせるためにとりあえずあいさつをしてみた、ぐらいの意識なので、反応が意外過ぎて戸惑う。

 しかしそこで女の子、何かを察したらしい。とてつもない察し力である。


「こ、こんばんは! そう、あいさつなんですよおでへへへへへへ」

「何か様子がおかしいな……?」

「そんなことありません。巫女は全員こんな感じです」

「そうか……」


 巫女は全員おかしいのかもしれない、とディは思った。


 そうして一人にあいさつをすると、『次は私だ』というような顔をした女の子たちが距離を詰めてくる。


(完全に犬だ……)


 興奮状態の犬は一応『待て』ができるのだが、飛び掛かってもいい雰囲気を察して一斉に飛び掛かってくる。

 飛び掛かられてはたまらないので、次の女の子への『あいさつ』をする。

 こういう場合は一匹一匹興奮を解いていくのが肝要だ。全部に一斉に飛び掛かられると……大変なことになるのを、ディは経験で知っていた。


(一応『同い年か年下にしか見えない女の子を撫でている』という状況のはずだが、なんだろう……野生の犬の群れにうっかり遭遇してしまって、噛まれないようにしているような心情だ……)


 男と女がさほど接点がない世界で、数百年単位で男と接触がない乙女たち……

 ディは興奮状態にある彼女らを一人一人落ち着かせていくことにした。


 気分は完全に犬の世話であった。



「俺は一体何をしているのだろう」


 ようやくすべての女の子の興奮状態を収めたころ、ディは周囲を女の子たちに取り囲まれ、団子の中に埋まってる感じになっていた。


(……女の子に囲まれるというの、アーノルドはかなり嬉しそうにしていたが、俺には不向きだな……)


「はー満足した。……ってなんだねこの状況は。なんで僕のディにみんなしてたかっているんだ?」

「俺はお前のものではないが」

「そんなことよりもこの状況について説明をしてくれたまえよ」

「何かとてつもない興奮状態で、あのまま放置しては飛び掛かられたり噛まれたり服をむしりとられたり全身舐め回されたりする危険性を感じた。しかし暴力で蹴散らすわけにもいかないので、一人一人にあいさつを交わし、興奮状態を解こうと試みた。結果、こうなっている」

「なんだかわからないが気持ちはわかる。実物の男に顎を撫でられるのは我々の数ある夢の一つだからね」

「あいさつではなかったのか?」

「もちろんあいさつだが。僕が今まで君に嘘をついたことが一度でもあったかい?」

「どうだろう、だいぶ『ある』と言いたい気持ちになってきている。……しかし、この人数が『ヤマタノオロチ』討伐に集められているんだな」

「まあほとんどが僕より弱いが、みなそれなりの巫女たちだよ」

「……勝ち目はあるのか?」

「実際に戦ってみた所感を聞きたい」

「……ここにいるのが全部だとしたら、勝率は五分を上回らないだろうな」

「まぁ、全部ではないが、全部を集めたとして同じぐらいだろう。ただ、『彼女』を含めればもう少し勝率は上がるはずだ」

「彼女?」

「今から来る人だよ」


 タマがそう述べると同時、城塞都市の門の中から一人の巫女が歩いてくる。


 その巫女──


 漆黒。


 真っ黒い髪をかかとに及ぶほどに伸ばした、黒い巫女装束の少女。

 その装束は、タマや他の少女たちのように布地が減らされて露出度が高い(当人たちの意識では『動きやすくしている』つもりだが)ものではなく、肌の一部も見せないようにびっしりと着込んだものである。

 唯一見える顔はとても白く、暗闇の中でおのずから輝き浮かび上がるようであった。


 ただしよくよく見ていけば、城塞都市内から漏れる明かりに照らされたその巫女装束、袖口や襟首に黒いレースがあしらわれているのがわかる。

 革手袋をつけた手の中には鞘込めされた刀があった。長い刀だ。……本当に長い。立てれば身の丈を超えるだろうほどの、長さ。明らかに、大きな獲物を狩るためにあつらえられた、対人には過剰な長さ──すなわち、妖魔を斬るための、刀。


(かなり、強いな)


 ディの見立てにおいて、今出てきた少女、相当に強い。

 今、ディを包み込むように団子状になっている少女たちもそれなりには強い。だが、段違いだ。立っている姿だけでも、それがわかる。


 その少女は、ディの方へ接近してきて、口を開いた。


「こんばんは」


 にっこりと微笑む。

 ついディも「こんばんは」と返した。返したあとで、この世界の巫女に対するあいさつはこうじゃなかったなと思い出した(顎を撫でて『かわいいな』と言うことがあいさつだとタマに教えられている)。


 だが、あいさつをやり直す暇はなかった。

 見惚れるような微笑のまま、少女が口を開いたからだ。


「施設から脱走し行方不明であったお方と推察します」

「そうだな」

「少し失礼しますね」


 にっこり笑ったまま少女が近寄ってきて、ディを取り囲む団子に手を突っ込む。

 それからの光景はすさまじいものだった。


 べりっと剥がしてぽいっと投げる。

 団子を形成していた女の子たちが、次々に力づくで引きはがされていく。


 中には剥がされることに気付いて抵抗を試みる女の子もいたが、その抵抗はまったく無意味だった。

 むしられ、投げられ、まとめられる。


 一分ほど経つころにはもう、ほとんどの女の子が引きはがされて、ディのそばにはタマだけが残っていた。


「何するんですかミズクメ様!」

「そうだそうだ! 我々が生まれて数百年で初めて手にしたぬくもりを奪うな!」

「横暴だ! おーぼー……」


 しかし女の子たち、ミズクメがひと睨みすると、一斉にすくみあがって黙ってしまう。


 ミズクメは、にっこりと笑顔を作り直し、ディに向けて話しかける。


「少し場所を変えてお話をしたいのですが、よろしいでしょうか?」

「構わない」

「では、こちらへ」


 ミズクメが歩き出すと、進路上にあった女の子塊が一斉に左右に割れた。

 そのあとを続きながら、ディは……


「相変わらずおっかない女だ。やはり淑女というからにはお淑やかでないといけないと僕は思うんだ」


 なんだか離れる気がなさそうなタマを見下ろし、ため息を一つついた。

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