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第27話 武と舞

「とにかく、彼を戦いにかかわらせないように! いいですね!?」

「わかったわかった」


 タマはだるそうに請け負うと、ディを後ろから羽交い絞めにした。

 それなりに強い力だが、抜けようと思えば抜けられる。

 しかしディは、抵抗をしなかった。


(確かに、獲物を横から奪うのはマナー違反か。それに……見てみたい)


 ミズクメ。


 巫女というのは強い。ディの世界基準で、中位から上位冒険者ぐらいの力を誰もが持っているように見える。

 タマなどは上澄みにあたるだろう。

 その中でも、もっとも強いらしいミズクメ。

 あの、身長の倍はある剣を用いてどう戦うのかも気になる。


 観察──


(俺がこの世界で『渡った』俺も、ああいう片刃剣を使っていたが……あれは、俺の剣より相当長い)


 腕力的には振り回すのに問題なかろう。

 だが、長いというのはそれだけ取り回しが悪い。

 長い武器は有利ではある。しかし、不利もある。


(なるほどあの武器は、こういった野外で、巨大な妖魔を相手にするためのものか。単純に大きな相手には、武器を大きくするのは有効だ。だが……)


 おそらく、ディが最初に襲われた『ヤマタノオロチの子供』。あれぐらいのサイズの妖魔を相手にするには適切なのだろう。

 だがしかし、あの巨大武器でも、目の前の『ヤマタノオロチ』を相手には、針が串に変わった程度のサイズ差でしかない。


(どういう剣術を見せてくれる?)


 ディは、己がどうやってヤマタノオロチを倒すか、その最後のピースが見つかるかもしれないと思い、注意深くミズクメの戦いぶりを観察する。


「対毒結界!」


 ミズクメが指示を飛ばすと、巫女たちが呪符や鈴付きの棒などを手にし、歌い始める。


 不思議な旋律の音曲だった。

 少女たちの声が高らかに長く響く。リズム自体は非常にゆっくりしていて、ともすれば眠くなりそうなものなのだが、途中途中でさしはさまれる鈴の音や地を踏み鳴らす音などを聞いていると、むしろ体の隅々まで活力がみなぎってきて、動き回りたくなってくるのだ。


(毒に対する効果よりもむしろ、活力を増す作用が強い。体に備わった抵抗力を上げて、戦意を高揚させ、動きをよくする作用。……リズムと歌声で発動する魔法陣か。興味深い)


 ヤマタノオロチを倒す最後のピースを探しつつ、神を殺す方法を探る。

 ……それ以前に、好きなのだ。こうして分析し、分析したものを修得し、己の血肉にしていくのが、どうしようもなく、好きなのだ。


 巫女たちの奏でる音曲の中、ミズクメと、五名の巫女たちがヤマタノオロチに斬りかかる。

 どうやら最初からこういった陣形で挑む想定であったらしい。ほとんどの巫女は強化バフを担い、最精鋭が直接相手をする──


(とはいえ、ヤマタノオロチの速度だ。油断をすれば巻き込まれるのは必定。それに……)


 ヤマタノオロチの挙動を思い出す。

 あの時の戦い。ヤマタノオロチは、タマには見向きもせず、一心不乱にディを狙ってきた。

 さらに、ヤマタノオロチの出現が自分を追って来たものと想定しているので、つまり自分は、ヤマタノオロチ、あるいは妖魔全体にとって、かなりおいしい餌だと映る──

 いわゆるデコイ効果を強く発揮している、と分析できる。


 だから、いつ支援している巫女たちが、自分のついでに狙われても守れるように、ディは意識を集中するのだが……


(……ヤマタノオロチの動きに迷いがあるな)


 一本の胴から九本の首が生えた蛇である。

 だから、首の何本かはディを狙うのだが……


 そうやってディに意識が割かれた隙を、ミズクメと、精鋭と思われる五人が突くので、ヤマタノオロチは攻撃に移れないでいた。


(かなり連携訓練を積んでいる? ……いや、そうじゃない。そうじゃない、気がする。あの動きは……そうか、『音に合わせている』のか)


 その概念、ディの知識にはなかった。

 だが、わかる。こうして巫女たちの奏でる音曲を聞いていれば、わかるのだ。


 この世界の戦力は──

 音に合わせて舞う・・ことで、強くなる。


 まいの動作一つ一つ、奏でる音の一つ一つが、どんどん強化バフを積み上げていく。


 その時、脳裏に閃く言葉があった。


「……神楽舞かぐらまい


 巫女は音曲と舞によって──


 神を、降ろす。


 歌声と鈴の音、踏み鳴らされる足が奏でる音が最高潮に達する。


 その時、いまだ鞘に込められたままだったミズクメの刀が、ぼんやりと、黒く、発光を始めた。


 鞘が、解けて・・・いく。


 木の鞘だと思っていた。だがあれは、紙の鞘だった。

 特別な呪文の書かれた紙──呪符の鞘。


 それに込められた黒い刃が解放される。

 ミズクメが、歌う。


「かけまくもかしこき『吠えたてるもの』。御柱のしし──」


 この世界においても、神とは己の似姿であるヒトに寵愛を与える。

 そして、この世界の『ヒト』とは、獣の耳と尻尾を備えた少女たちである。


 獣と妖魔の世界、シシノミハシラ。

 この世界において、『神』は、『しし』と呼び称される。


「──かけまくも畏き大仙狐せんこアメノクリミコト、諸々の禍事、罪、穢れあらむをば、祓え給え、清め給えと申す事、聞こしめせと、かしこみ、かしこみ、かしこみ申す──」


 長い刃が毒々しく輝く。

 ミズクメの背後にうっすらと、九本の尾を備えた『ヒト』型の影が浮かぶ。

 まばゆいばかりの黄金の光でできたそれがミズクメにふうっと息をかけるような動作をすれば、ミズクメの超長刀が黒々とまばゆく輝きを発する。


 その刀が、一閃される。


 目にも止まらぬ速さだった。


(もともとかなりの速度で戦っている、が……今の一太刀、明らかにものが違う)


 ……思い出すのは、女神イリスとの戦い。

 あの女神は速いようには見えなかった。

 ただ、『そこにある』と望んだから、『そうある』。『かくあれかし、ゆえにかくある』といったモノ。すなわち……


(神の権能だ)


 神の息吹を受けた瞬間、あの刀は『斬る』という運命を付与された。

 だから斬った。経過などは問われない。ただ、そういう結果になる運命をつかんだ。


 その一刀、ヤマタノオロチの首を一つ断つに至る。


(『神楽舞』『神降ろし』『剣術』……いや、剣術ではない。あれば、舞踊なんだ)


 剣技のつもりで剣を振るってはならない。

 この世界の片刃剣は、鋭く、強く、丈夫で、なんでも斬れる。だからついつい、剣の術理で考えたくなるが……


 だが、そうじゃないのだ。剣の術理という軸で使ってはならない。

 この世界の剣とは、祭儀のための儀式道具であり、神に捧げる舞のための道具である。

 剣術はあくまでも『うまく舞うための基本』であり、本番で行うのは、『剣技』ではなく『舞』なのだ。


(……わかってきた、気がする。まだ、知識が足りないが、わかってきた、気がする)


 ヤマタノオロチを倒すための最後の一ピースが、はまりかけている。


 ミズクメの戦いは優れた見本だった。音曲を奏で、舞い、最高潮のところで神を降ろして奇跡を起こす。


 だが……


「……まずい。タマ、もしかしてあれは、『一撃撃ったら動けなくなる』というような技なのか?」

「ええ? いやいや。ミズクメ様の神楽舞は一度神降ろしをしたらどんどん速くなって強くなるもののはずだけれど」

「ミズクメ、崩れるぞ」

「え?」


 後ろから羽交い絞め(していたのだが、いつの間にか普通に抱き着いている)しているタマが、ディの体の横から顔を出す。

 その視線の先のミズクメは……


 確かに、息を荒げて、足元をふらつかせていた。


「……僕が解説めいたことを言うと怒られそうだが、本当にまずいな。どうして今日に限って」


 タマのつぶやきと、ミズクメの発言とが、ディの中で結びつく。


「俺のせい、だろうな」


 男の前では狂う。

 それは、ミズクメも例外ではなかったと、ようやく、気付いた。


 だから、


「責任をとる。横入りについては──あとで謝ろう」


 刀を抜き、突撃。


 ほぼ同時、ミズクメに迫っていたヤマタノオロチの首を、刀で斬り、滑らせ、逸らした。


 すさまじい勢いで、真横をヤマタノオロチの巨体が通り抜けていく。


 ディが振り返れば、そこではミズクメが地面に膝と手をついて、息を乱していた。


 ミズクメが舌打ちする。


「まだ、いたんですか……!」

「舞を見ていたら立ち去るタイミングを逃してしまってな。それで──」


 ……もはや、タマタノオロチから、ディへの注目を咎める者は、いなかった。

 直接戦闘を行っていた巫女たちは、みな、ミズクメと似たような状態になっている。疲れ果て、立っていることもできないほどだ。


 ミズクメの舞が乱れたのに釣られてしまったのか。

 それとも、全員が、『男性』に乱された結果か。


 この状況を招いたのは、あらゆる意味で自分だと、ディは気付く。


(実感が足りなかった。ただ、『おかしくなる』と言われて、理解はしていたつもりだった。ここまで重篤に影響が出ると、実感できなかった)


 無理もないこと、なのかもしれない。

 どれほど男に乱されても、命懸けの場で影響が出るほどではないだろう──そんなふうに、思ってしまっていた。


 甘かった。

 だが。


(この影響は、利用できる。が……今は、悪影響しか及ぼしていない。つまり、俺のせいで、こうなっている。だから」


「──ミズクメ、お前にしてしまったことに対して、責任をとらせてほしい」

「………………へ?」

「お前は納得していないだろうが、今この時だけ、お前を守る。だから、」


 剣を構える。

 ヤマタノオロチが、八つに減った首をゆらゆらと揺らし、白い鱗の中にある小さな目を、真っ赤に輝かせている。

 それは首を一本落とされたことによる怒りか……

 あるいは、『首を落としたもの』と『極上の餌』、この二つを一口で丸のみにできそうな状況への、興奮か。


「俺の背中に、隠れていろ」


 ヤマタノオロチが迫りくる。


 ……巫女たちの奏でる音色が、止まっている。

 あまりにも静かな中……


 ヤマタノオロチとの戦いが、再び始まった。


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