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第34話 灯火

「うん、……食事というのは、楽しいな」

「また言っているね……」


 肉を、食べている。


 鷲のような妖魔の肉だ。

 やはり木の枝に突き刺して直火で焼くというのが最高の調理法になってしまうのは、調理技術を修めた『可能性』の感覚からすればいかんともしがたい。

 だがこの世界の妖魔肉はこれが一番うまいのは、どうしようもない。


 鷲のような妖魔の肉──


 噛むと『ぎゅむ』という感覚を覚えるぐらい、歯ごたえがしっかりしている。

 だが噛みちぎれば肉の線維がばらばらにほどけて、瞬間あふれ出す旨味はついつい動きを止めて目を閉じて味わってしまうようなものだった。

 イノシシに比べればあっさりめの味わい。しかし、魚ほどではなく、肉質は何度も何度も咀嚼して味わえるぐらいにしっかりしている。

 噛めば噛むほど口の中にあふれ出す美味さは、『口の中でとろける』とか『噛んでいるとほどけてクリーム状になる』とか、そういった類ではない。しかし硬いという感じもなく、無限に味のする旨味の塊をしゃぶっているような感覚だった。


 そして何より……


 ディは、自分の腕を見る。

 夜の暗闇だ。深夜の森の中だ。

 焚火に照らされたわずかな視界、ゆらめく光源の中で見る、自分の腕。


 太くなっているわけではなく、長くなっているわけでもない。

 だが、


「……強くなっている」


 内在する力が上がっている、というのか。

 魔力、とも少し違う、なんらかの力が増している感じがする。


(やはり『異界ディメンション渡りウォーク』でたどり着くことのできる可能性は、『今、何をしたか』『これから、どうしていくか』によって増えるし、強化もされるようだ)


 異界渡りとは、『未来の鍛え上げた果ての自分にたどり着く』という才能スキルだ。

 だがそれは、より強く神を殺そうと意識して努力をすれば『聖剣を持つ者』という未来が増え、シシノミハシラに降り立てば『神楽師』という未来が増えたように、自分の努力によって拡張・強化されていく。

 決して定まりきった何種類かが最初からあって増えも減りもしないわけではない。


 未来は、今、自分がしている努力によって変化するのだ。


「報われることがわかるというのは、嬉しいものだな」


 ぽつりとこぼれた。


 ディは最近、こういうふうに、『喜び』が口からぽつりとこぼれることが増えているのを自覚している。

 誰かに聞かせたいとか、褒めてほしい、共感してほしいとか、そういうことは思っているつもりがない。

 ただ、ある一定の閾値を超えた感情というのを言葉にしないではいられない。

 それは自分の特徴というよりも、言語を操る生物の生態のように思われた。


「……ヤマタノオロチの肉を食べたら、どんな可能性が増えるんだろう」

「また言ってる」


 タマが苦笑しているのは、ディの最近の発言がだいたい、『食べるのは楽しい』『ヤマタノオロチを食べたい』ばかりになっているからだった。

 はたから見ればとんでもない食いしん坊である。

 しかもあの馬鹿でかい蛇を狩って喰おうという、怖れ知らずの食いしん坊であった。


 その食いしん坊に対するタマの感想は……


「ディ、君ねぇ、そういうのは僕の前でだけにしておきたまえよ。僕らはわんぱくな食いしん坊の男性というのが好きなんだからね。他の巫女を魅了するようなことは避けたまえよ、君は僕のものなのだから」

「そうだな。気を付ける」

「ん!? 今、『君は僕のもの』を肯定した!?」

「…………」


 そこでディが黙って立ち上がったので、タマは『やべ、調子に乗ったか』と思ってちょっとびくっとした。


 しかし、ディの立ち上がった理由は、最近行き過ぎ、ある程度言葉を無視されることに慣れてきたので『反論がないなら僕の勝ちだが?』的に挟む自分に都合のいい発言を咎めるため──では、なかった。


「……不穏な気配がする」


 ディの言葉を聞いて、タマもまた立ち上がり……


「……焦げ臭い?」


 焚火からではない。

 ここからではなく、もっと遠くから、燃えてはならないものが燃えている、そういういきれが感じ取れたのだ。


「行ってみるか」


 ディが焼いていた肉をひっつかみ、がぶりと噛みながら言う。

 タマは「食事のあとはまったりと休みたいところなのだがねぇ」と肩をすくめながらも、土をかけて火の処理をした。


 二人に荷物はほとんどない。

 駆け出す。


 ……ディの中には、よくわからない焦燥があった。


 その焦燥は、覚えがある。

 いつ感じたものか、なんだったか……考えていくうちに、思い出した。


 ……いや。

 駆けていく先で、『その光景』を見たことで、思い出させられた。


 この焦燥は。


「……『王からの召喚状』の時か」


 何か、集団が──悪しき目的を持った少数が、多数を動かす力をもって、暗躍している時。

 それによって、本来は関係がなかったあまたの人が、巻き込まれようとしている時。


 ……陰謀と我欲によって多くの人の人生がないがしろにされかけている時。


 そういう時に感じていた、焦燥。



 燃えていた。



 城塞都市から立ち上った火の手が、天まで焦がすかのようだった。

 騒ぎが聞こえる。悲鳴が聞こえる。


 この城塞都市は──

 タマに案内され、例の『地下牢』に通された場所。

 ディがミズクメと出会った場所。

 そして、ミズクメから逃れた場所。


 現在、多くの巫女たちが詰めているはずの、ヤマタノオロチ討伐隊本部が存在する場所だった。


 それが燃えている。

 高々と火柱を上げて、燃え盛っている。


「……何が起きた?」


 ここまでの大火が上がっているのは明らかに異常だ。

 正しく述べれば、ここまで大火が上がるほど、巫女たちがたくさんいたはずの都市で、火の手が消されもせずに燃え盛るというのが異常だ。

 巫女たちは優れた能力を持っている。その中に、火事を小さなうちにどうにかできる能力の持ち主がいなかったとは思えない。また、腕力・体力といった点でも、水を運んでぶっかけるというだけのことを簡単にできるはずだ。


 だというのにこの大火──


 一体何が起きているのか?


 ……これは、神の手によるものではない。

 この大火を成したのは、誰か強者がこの街を襲撃した、というわけでも、なかった。


 この大火の原因は、弱者である。


 当事者ならぬ、その他大勢の──


 否。


 原因という意味で言うならば、希少な・・・少数の・・・弱者たち。

 すなわち、『男性』であった。

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