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第35話 火のもたらす熱

 その街で火の手が上がる少し前に時間をさかのぼる。


「今こそ立ち上がる時!」


 それは、男性を保護する地下シェルターにおいて、毎日のように行われている『演説』だった。


 一人の、眉が太い男が拳を握りしめて、広場で主張する。

 通常であれば見向きもされないものだった。少なくとも、彼がここで主張をし始めた当時には、興味深さと声のうるささから目を向ける者はあれど、その主張のあまりに中身のないのに飽きてすぐに去っていく──残るのは、この地下牢に世話役として入れられた女ぐらいのものであった。


 だが、今。


 天井の下、壁の中。石でできた広場。

 そこで行われる『演説』には、たくさんの男性客が、耳目をかたむけていた。


 なぜなら……

『中身』らしきものが、できてしまったから。


「ここから脱出した男のことを、みな、覚えているだろう!? あの男は、俺たちをこの地下に閉じ込める格子を斬り裂いた! そして、外に出て! なんと! 女たちから逃げきっているらしい!」


 演説の内容。中身。

 ただただこの眉の太い男が自分の妄想を連ねるだけだった『演説』にできてしまった『軸』。

 それこそが、ディの脱出劇であり、逃走劇であった。


 ……ミズクメはじめ、良識・常識のある巫女からすれば、『男性のいる場所』にそんな、男性が飛びつきそうなニュースを流すなよ、と言うことであろう。

 実際、箝口令かんこうれいは布かれていた。

 だがこの世界の女には陥穽がある。それは、『男に甘い』こと。男のお願いを断り切れないこと。

 ただでさえ、この地下の『男性の花園』に配備された女は、男性の『出たい』という願いには決して応えられないのだ。

 そもそも要求されることが少ないのはあっても、中には『たまには外を見たい』とお願いをする男性もいるし、この眉の太い男のように、日夜『出たい!』と叫び続ける者もいる。


 そういったお願いを断り続けている罪の意識から、女性は『これと決まったもの以外』なら、お願いを聞いてあげたいと思っており……


 眉の太い男に限らず、男性たちは日夜『外のニュース』を求める。

 そこで語ってしまうのだ。『秘密だよ』『ここだけの話だよ』と。

 世話役の女性が、特別お気に入りの男性だけに教えたその情報は、三日も経つころにはこの施設中に広まり……


 結果として、ここにいる全員が、『ここから脱出した男が、女から逃げ続けている』ということを知ってしまっていた。


 ……とはいえこの眉の太い男、ディの脱出の際に斬り開けられた格子が目の前にありながら、脱出する勇気が出ずにきびすを返した者ではある。

 それが今になって、どのツラ提げて脱出・自由を叫んでいるのかと言えば……


「『男は弱い』。『女は強い』。……これは、間違いだ。俺たちを騙そうという、誤った情報だった。男は、強い! ここから出ても、やっていけるぐらい、強い! 俺たちには──『隠された力』がある!」


『自己の属性化』。

 ディは強い。神鉄しんてつの格子を斬り捨て、女性たちから逃げられるほど、強い。

 妖魔とでくわしてもこれを倒し、喰らえるぐらい、強い。


 だが、それは、『すべての男性』が強いことを意味しない。


 誰でもわかる。


 だが、わからないのだ。誰かができることは自分もできて当たり前だし、優れた誰かを見て『自分の属する属性の者』であれば、『誇りだ。あるべき姿だ。我々同属性の者の可能性だ!』と感動する心の働きが人にはある。

 同じ属性、つまり、この場合は、男性。

 この眉の太い男、『ディの偉業』を『男性の偉業』に頭の中ですり替えた。

 その結果、『自分はディと同じく男性である』というだけの理由で、『自分にもあれほどの強さが眠っているのだ』と勘違いするに至った。

 しかしこの男、怠惰である。怠惰な者は努力を怠る。努力を怠るが、『すごいもの』と『自分』を同じ属性に属するというだけで同一視する。その結果何が起こるかと言えば、


「我々の『隠された力』は、この地下施設で封印されているから、発現しない。つまり──女どもの陰謀により、不当に弱者扱いされていたのが、我々『男性』だったのだ!!!!」


 陰謀論に走る。


 手軽に見つかる『この世の真実』。自分の無能の責任をなすりつけられる『自分と同じ属性ではない誰か』。『ただただ単純に頭が悪くて体が弱くて努力をしないからだ』という事実から目を背けたまま手に入る『自分が自分の望み通りの状況にない理由』。

 陰謀論を信じれば、これらを簡単に得られる。自分の脳内限定で自分を最強にできるチートこそが陰謀論の正体である。


 チートで無双は誰でも気持ちがいい。


 だが多くの陰謀論に走った者は、それが現実ではなく、あくまでも脳内でしかできないチート無双であることを知っている。

 だから現実の正体を隠したり、自分ではない者に偽装したりという『匿名』での発言のみにとどまる。


 ……しかし。


 陰謀論という概念が言語化されていないこの場所、この状況……

 この眉の太い男にとって、自分の脳内で都合よく点と点をつなげて生み出した線は、『真実』になってしまっていた。


 これまでうまくいかなかった『陰謀論創造』という行為。彼が中身のない主張をし続けた日々で、本当はやりたかったこと。

 これを彼は『電撃的に閃いた』。つまり、『真実に至った』。

 そのひらめきは長年探していたがたどり着けなかった答えが、不意にしし様から授けられたかのような気持ちよさであり、こうして彼は『真理』を得たのであった。


 この気持ちよさから一歩引いて俯瞰し、『自分の脳内にあった点と点がつながって線になったので真理に至ったように感じたが……実は、点と点をつなげば、なんでも線になるのでは?』ということに気付くのは、訓練が必要である。

 特に快楽の最中にいる人間にこのような冷静さを発揮することは不可能だ。


 かくして『炎』は燃え上がる。


 ……だが。まだ、これは管理できる熱狂だった。


 この世界特有の、特異性さえなければ、管理できる熱狂だった。


 この世界の特異性。

 シシノミハシラ。女が強く、男が弱い世界。

 だけれどこの世界の女は、希少で弱い男性を前にすると──


 ──狂う。


「ああああ……そうだった、そうだったのですね……!」


 この世界の女は『男性を甘やかしたい』という欲求が基本的にある。

 だが、一部俗説で『かつて獣交じりの女は男性の愛玩動物として生み出された』というのが、静かに深く浸透してしまうぐらいには、従属願望も持っている。


 そのような願望が根底に流れる世界において、『男性が実は強い』という事実は……


 一部女性にとっても、傾倒したくなる陰謀論だった。


 まして弱々しい男性くんが力強く主張をしていれば、その理非や是非にかかわらず『男性くん♡』と母性本能まで刺激されてしまう。

 結果、『真実』の与える快楽に狂った男の言葉が、『愛情』に狂った女に浸透する。


「以前からそうではないかと思っていたのです! このような地下施設で男性を閉じ込めておくのは、何か、昔の人や、巫女どもが悪いことを考えているのではないかと……!」


 女の中には一定数、このような施設ではなく、日の下で男性といちゃいちゃしたいという願望を持ち、結果、地下施設住まいを嫌悪する者もいる。

 その嫌悪が間違っており、男性を閉じ込めるのは妖魔から守るためだという『教育』はきちんとなされている。知識の伝承はなされている。だから、普段は常識人として、『日の下で男性といちゃいちゃしたい』という願望を封じ込める。


 しかし、もしも、『普段』と違う状況になったら?

 ……実際に『強い男性』を目撃してしまい、この地下施設の存続に疑問を抱いてしまっていたら?


 教育は簡単に敗北する。歴史だの事実だの過去の人の試行錯誤だの論理だのを無視して飛びつきたい、『この自分が不満を持つ現状は間違いだった』と後押ししてくれる、わかりやすい答えがそこにあるから。


「出ましょう! このような穢れた場から! 我々がお連れします!」


 ……かくして、施設で世話役を務める女性の協力があり、男性どもが表に出ることに成功する。

 この時点ではまだ、『それだけ』だった。



 火を放つような事態になったのは、脱出後だ。


 男性管理施設から男性が大挙して飛び出し、街を歩いていれば、否応なく目立つ。

 目立てば『何をしてるんだ』ということで、街の治安を守る者が誰何する。


 誰何した者は『どうしてこうなったのか正確な理由と弁解』を求める。

 ところが陰謀論に染まった者どもは、自分の脳内設定しか話さないので、当然、話はかみ合わない。


 話が通じず狂態をさらす暴走集団を前に権力側がすることは、『逮捕』になる。

 これは法規に則ったことであり、この世界の文明レベルからすれば、暴走した女どもは多少強くぶん殴ってもまあいい、みたいな価値観があるので、強めにぶん殴ることになる。


 ところが仲間が殴られるのを見た女が、こんなことを口走る。


「男性に暴力を振るうのか!?」


 振るっていない。男性を連れ出した女を逮捕しようとして気絶するぐらいぶん殴っただけである。

 ……『属性の同一化』。

『男』と『女』は施設から脱出するのに『分かり合った』時点で、『施設からの脱出者』という同一の属性を持つ者という自認になっていた。

 だから、『施設からの脱出者』を殴ることは、殴られたのが女であろうとも、『男性への暴力』ということに、彼女たちの中では、なる。


 なるが、相変わらず意味がわからない。


 意味はわからないが、法規に則った活動をしているだけの権力側、出し抜けに『男性を殴った!』と言われるとひるむ。

 この世界において男性くんは愛でるものであるからだ。

 現代日本においても、食い逃げ犯を引き倒して地面に抑え込んだ時、『俺の犬だけは殺さないでくれ!』とか『連れてる子供に酷いことをするな!』と叫ばれればギョッとする。そこまでしねーよ、そもそも無関係だろ、というのをとっさに冷静に言える者はそう多くない。


 そして現在、この脱走集団が注目を集めていただけに、『男に暴力を!?』の声に、多くの女たちが集まってくる。

 集まってくると、陰謀論男性が主張を始める。


 主張が始まると賛同する女が出る。

 もちろん冷静で賛同しない女もいる。


 女が『二つ』に分かれる。

 二つに分かれた女ども、まずは口喧嘩から入る。

 そして脱走者側の主張に『そもそも、男性に暴力を振るう連中が何を言ってるんだ』というのが入る。

 この時すでに真実はどうでもいいし、確かめようもない。とっくに既成事実化しているからだ。


 相手側がひるむ。

 脱走者男性、ここで気持ちよさのあまり、こんなことを口走る。


「俺たちは自由になる! この城塞都市にも、女にも支配されない! 俺たちこそが、新しい支配者だ!」


 ずっと快楽物質が出続けている脳内、思考能力は酔っ払いと大差ない。

 とにかくでっかいことを言う。でっかいことを言うのは気持ちがいい。

 気持ちがいいと派手なことをしたくなる。


 ずっと地下に閉じ込められていた男性にとって、『でっかいこと』『長年してはいけないと言われ続けてきたこと』『今の自分ならばできる極悪なこと』。それは──


「火を放て! この街の灰の上に、俺たちの支配する街を創る!」


 ──地下室での暮らしは火気厳禁であった。

 あらゆるものがある地下施設であったが、火だけはなかった。

 だから、『火を放つ』という、『以前まではできなかった行為』をしてみたかった。

 後先など考える思考能力はすでに彼にはなく、彼の周囲でヒートアップした群衆にもない。


 かくしてまずは小火ぼやが起きる。

 ところで火を見ると人は気が大きくなるものだ。


 小火は破壊活動につながり、破壊活動が大火になるまで、同じステップを八度ほど繰り返すだけであった。


 つまり、この城塞都市の火災の原因は……



「つまりお前たちは馬鹿なんだな」


 街に入るなり『ああ、あなたは!』というノリで眉の太い男に発見されたディの言葉である。


 ことの経緯はかなりの装飾つきで語られており、完全に自分が正義であり、鬱屈した状況から真の使命に気付いて脱した天命を得た者である──というような視点からの意見がつらつらと並べられた。


 その長話の感想はといえば、


「タマの長話より聞くに堪えない」

「僕の理知的な語り口をこれと比較する!?」

「……いや、悪い。さすがに比較するのは間違いだった」


 しかし眉の太い男性──なんだか金銀装飾をされていたり、謎の豪華な椅子を材料にした輿に乗っていたりする──は、「で、でも」と食い下がろうとする。


「俺は、あなたの活躍に感銘を受けて、ここまでくることができた! あなたのお陰で、今の光景があるんだ」

「はっきり言おうか。不愉快だ」

「……」

「お前たちの馬鹿な行為の責任を俺になすりつけるな」

「でも──」


「なぁ、タマ。この世界で男性に暴力を振るうのはいけないことなんだよな?」

「大罪だよ。女性は男性より強いからね」

「じゃあ、俺がこいつを殴ったら大罪か?」

「男性はあらゆる法律が適用されない。一部は除くがね」

「そうか。安心した」


「お、おい、何を──」


 これ以上口を開く前に意識を刈り取る。

 輿をかついていた女どもがどよめく。

 ディはため息をつき、


「消火活動を手伝いたいので、時間が惜しいな」


 極めて雑で短絡的な手段……

 すなわち暴力で、まとめて黙らせることにした。


 数秒後には、周囲でぎゃあぎゃあ騒いでいた連中は静かになる。

 しかし、この混乱は街の中に広がっているようだった。……止めるには、荒療治が必要になるだろう。


 ディは、頭を掻き、舌打ちをする。


「……もっと精神的に成熟していて、もっと経験が──経験に基づく知識があれば、きっと、もっともっといい手段をとれただろう。『暴力で黙らせる』というのは、気分がよくない。人は言葉を交わしてわかりあうべきだと思う。そのことを学んだはずだったが……未熟だ」

「まぁアレはしょうがないんじゃあないかな」

「……消火活動をする。それから……まぁ、やれる範囲で、混乱をどうにかしよう。どうにも俺が原因のようだからな」

「いやぁ~~~~~……………………今の話を聞いて君を『原因』と呼ぶのはこう……道で走ってた相手に横からぶつかられて『お前が家を出る時、右足を先に出したから、自分ではなくお前が悪い』と言われるような、そういう理不尽さがあると、理知的な僕ならずとも思うはずだよ」

「……とにかく、まずは、冷や水・・・を浴びせるか」


 魔法。

 それを極めた『可能性』に渡り、天空から雨のごとく水を降らせる。


 自分の頭にも容赦なく『冷や水』がかかるのを感じながら、ディは髪をぐしゃりと握る。


「……甘く見ていた。自分という『異文化』の影響を。……俺は、お前たちの暮らしを壊したくはなかったんだ。そう言いながら、うまくやれなかった。本当にすまない」

「でも君、ヤマタノオロチ討伐はゆずらないんだろう?」

「まぁ、そうだが」

「だったら別にいいんじゃないかな。その程度で揺らぐ『現存文化』の方が悪いよそれは」

「それはあまりにも、俺寄りの意見すぎる」

「だって僕が君寄りだもの」

「……」

「……あ、そうだ。こういう時に言うべき言葉があったね」

「なんだ?」

「世界を敵に回しても──僕だけは、君の味方だ」

「いや、普通に世界の味方をしてやれ。あまりにも愚かな選択だぞ、それは」

「そういうことじゃないんだけどなぁ!? 本当に君は!」

「俺は一人でも大丈夫だ。それよりも、自分の身の安全を気遣ってくれ。その方が助かる」

「だからそういうことじゃあないんだよ。そういうことじゃあないけど、今のはいいな。もう一度言ってくれ」

「……お前の元気さに救われる」

「今のももう一度言ってくれ」


 永遠にリピートを求めてきそうなのでディはあたりの様子を探り始める。


 ……異文化。混乱。影響力。

 もしもこれからも『界』を渡るならば、こういうことは起こるのだろう。


(立ち回り、か)


 意識はしよう。

 大丈夫──とは言わないけれど。


 努力によって、身に着けられることは本当に多い。

 だから、


(努力のしがいがあるな)


 ディは新しい努力目標を定めた。

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