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第43話 ヒトランク

「Fランクのゴミども! 装備は持ったか!?」


 横柄、というよりは、何かを恐れている、自分を見つめる『何か』に対するパフォーマンスとしての、『偉そうな態度』である。

 ディは頭の中に『渡って』きた知識と、今、目の前に広がる光景とを照らし合わせる。


(ここは──荒廃した世界)


 世界には名がある。

 だが、この世界には、名がない。

 少なくとも、今のディが『渡って』手に入れられる知識の中には、ない。


 どんよりとした雲に閉ざされた空からは、今が何時なのかという情報がまったく入ってこない。

 薄暗い中で何かよくわからない不快なニオイを放つ素材に火を点け明かりを確保している。

 だが、遠くを見ればそこには、煌々と電灯・・が灯るビル群が存在した。


 あちらは『アップタウン』。

 こちらは『ダウンタウン』。


「このDランク様が貴様らの指揮官となる! わかっていると思うが、逆らう者はすべて『処刑』だ! いいな!?」


 この世界の人間には生まれつき『ランク』が割り振られている。

 首から提げたIDがそのランクを示すものであり、ディの首にも気付けばそれがあった。

 というより──


(俺の異界渡りディメンション・ウォークは、肉体ごと世界に渡ることの他に、魂だけ渡る、ということもできるらしい)


 今回は、魂だけが渡ったケースのように思われる。

 この世界のシャツを着て、この世界のIDを所持し、この世界なりの肉体をしている。


『魂だけ渡るケース』『肉体ごと渡るケース』の差異がどのように生まれるのかは不明だ。その知識はまだない。

 現在、自分の肉体がどこでどうしているのかもわからない。

 だが、『能力』を使うのにはまったく問題ないことは、頭の中に知識が流入していることからよくわかった。


 能力──


 異界渡りはシシノミハシラで肉を喰らったことで進化した。そのお陰で未来の技能・能力だけではなく、知識も流入してくるようになった。

 だが、入ってくる知識はまだ全部ではないし、『知識』以上のものではない。身についている感じがない、他人の人生で使われた語彙についての辞書を手にしているような、そういった感覚だ。意識し調べればわかる。ぱらぱらめくれば変わった単語は目につく。だが即時引き出し、その世界に生き続けたかのように振る舞うことは難しい。


「この作戦を生き残れば、貴様らもEランクに、そしてこの俺はCランクに昇進できると言われている! 『権利』が欲しければ、命懸けでコンピューター様のために戦えよゴミども!」


(この世界は、ランクによって、行使できる権利にかなりの差がある)


 ディが今いるらしい『Fランク』は、最底辺。

 その命は上のランクの者に自由に使われるし、あらゆる権利がないのでスラム最下層のゴミ溜めみたいな場所でしか生活できない。

 遊ぶ権利もなく、何もない時間はエネルギーを消費しないように積みあがった廃棄物の山で寝転がるしかなく、配給される食事も最低限なのでそもそも活力がない。


「も、も、も、もう、いやだ……! もういやだ、あんな、バケモノどもに、勝てるわけ、が、ない、もう、やだ、やだあああああああ!!!」


 唐突に叫び出し、逃げようとするFランク。

 それをにらみつけて、Dランクが銃を抜いた。


 銃。


 ディがこの世界に来たことで広がった可能性。この世界で『至る』場所。

 そこから流入した知識によると、銃というのは二種類ある。


 そのうち一つが、逃亡を試みたFランクが持っていた、たった今、配給された銃。


 火薬を炸裂させて銃弾を撃ち出すものであり、大きさは成人男性の上半身ぐらいの長さで、腕二本分ぐらいの太さ。

 威力は高く貫通力もあり、遠距離から敵を攻撃できる優れもの。……ただし、これから立ち向かう『怪物』に相対するには、豆鉄砲。だいたいにして『残弾』という概念があり、弾切れすれば体力や魔力を回復しても、残弾は復活しない。


「ひ、ひいいい!」


 Dランクから『銃』を向けられたFランクが、配給された銃を放つ。

 狙いも何もあったもんじゃない射撃。ただ恐怖のせいで誤って引き金を引いてしまったというだけの発射。

 しかし銃口から飛び出す金属の弾丸は、並んでいた──整列命令を受けて逆らわずにいた──Fランクたちの後頭部や背中を打ち抜き、何人かを絶命させた。

 その弾丸は偶然にもDランクにも届いた。


 だが、銃弾がDランクの肉体に触れる前に、ジュッと溶けて消える。


(『権利』か)


 下位ランクの者は、上位ランクの者を傷つけることができない。

 それが、この世界のコンピューターの布いたルール。


(……だが、高い出力の攻性防御というだけだ。熱と磁力によるものか。……突破しようと思えば、可能だな)


 この世界における『力』とは、『身に着けた兵器の質と、それを操る技量』に基づく。

 なので、その法則によらない、たとえば魔法などの技術であれば。……あるいは『神の防御』を貫くほどの出力であれば、突破は可能。

 ディは自分なら突破できると確信する。


 そして、


「貴様ァ! Dランクに! Fランクが逆らうなどと、許されん! 処刑執行!」


 ……もう一種類の、銃。


 それは銃口にあたる部分が緑色の鉱物でふさがれていた。

 弾薬を装填する場所はなく、全体的につるりとした軽そうな素材でできていた。


 だが、その銃の引き金が引かれると……


「あ、びゃ」


 ……Fランクが、爆散した。


(生まれつき埋め込まれたチップに特殊な波動を注ぎ込むことで、内部から人体を爆発させる仕掛けか)


 血の雨が降る。

 ……上位ランクの者はこのように、下位ランクの者への『処刑』を行うことができる。

 処刑執行──これは絶対に逃げられない確実な死だ。だから、Fランクが逃亡し、銃弾をめちゃくちゃに放っても、居並ぶFランクたちは逃げ惑うことも、列を乱すこともせず、その場で直立したままだった。


 なぜならDランク様に整列を命じられているからだ。

 Fランクの銃弾が相手ならば生き残れる確率はある。だが、Dランクの命令に逆らって『処刑』の対象になってしまえば確実に死ぬ。

 だから、下のランクの者は、上のランクの者に逆らわない。……命懸けで、その命令を守るしかないのだ。


(銃やIDを奪う、という手段は無意味か。そもそもIDによる防御も、銃による死も、その本質は『兵器から放たれるもの』ではない。あの銃は対象を定めるだけのもの。埋め込まれたチップにある情報こそがIDの本質。銃口を向けられ引き金を引かれた瞬間、この世界の神がその『祈祷』に応じて『願い』を叶える──それが今起こったことの本質だ)


 だからこの世界で力を得たいならば、神に功績を認めていただき、人間としてのランクを上げるしかない。


(……まぁ、チップへの攻撃の無効化も、上位ランクの者のまとう障壁の無効化も不可能ではなさそうだが。しばらくはこの世界のルールでやってみるか)


「Fランクのゴミども! 貴様らが愚かなせいで早速肉壁が一つ減ってしまったぞ!? だが、俺は慈悲深い! 普段であれば連帯責任に問うところだが、これ以上頭数を減らさないでおいてやる! 早速グニズドーに向かう! 貴様らにできることは、一匹でも多くの怪物フランケンを殺し、コンピューター様のための土地を確保することだ! わかったな! 行け!」


 Dランクが怒鳴るとほぼ同時、荷台付きの三輪自動車が何台も来た。


(なるほど、この荷台に詰め込まれて、バケモノの巣へ『出荷』されるわけか)


 基本的には『死にに行く』。

 だが、上位ランクに逆らえば『確実に死ぬ』のに対し、バケモノの巣へ向かって戦えば生き残れる確率が多少はある上に、うまくいけばランクを上げてもらうこともできる。

 ……それは『希望がある状況』とは言えないが、それでも、『やる気を出すべき条件』は満たしているのだろう。

 小銃と簡単な胸プレートという防具のみをまとった粗末な身なりのFランクたちが、次々に荷台に乗りこんで行く。


 ディもそれに続く。


 この世界での『戦い』が、始まろうとしていた。

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