ただ気付けばこの世界の狭くない範囲に展開しており、その巣からあふれ出る
巣は怪物を生み出し、生み出された怪物が巣を広げ、広がった巣からまた怪物があふれ、その怪物がまた巣を広げていく……
土地を奪われるということは、住める場所を奪われるというだけではない。
資源も奪われる。
そこで人類は残された資源を分配し節約するのではなく、人にランクを定め、上の者が資源を浪費し贅沢な暮らしをする一方、下の者には困窮を強いて、なおかつ、巣を除去し人類のための土地を広げる兵力としたらしい。
そうして、適切なランク振り分け及び、資源配給量の決定機関として──
降臨した
「なるほど」
ディは巣の中にいる。
感覚的には『ダンジョン』と言いたくなる。薄暗く、しかし視界が完全に閉ざされるというほどではない。
複雑に入り組んだ地形で、罠があり、モンスターが出る。
その中をツーマンセルで進むのだ。
もっと多くのFランクがいた。
だが、なぜかグニズドーの前で二人一組を作らされた。
あの人数で隊列を組んで行進でもすれば、もっと多くの状況に対応でき、もっと多くの怪物を倒せるだろう。
だが、しなかった。なぜか二人組を作らされ、最初の二人組が挑んでしばらく経ってから、次の二人組が放たれる、という──
「非効率だな。まるで、肝試しでもしているようだ」
だらららら、と銃を放つ。
銃口から飛び出した弾丸は、球の形状をしていた。ブレる。飛距離と貫通力が低い。もっといい形状はあるはずだが、この武器はなぜか意図的にこのように不便にされているようだった。
しかも弾数が少ない。トリガーのすぐ前にストックがある。これ一つきりで、換装するためのマガジンは渡されていない。
景気よく撃っていればすぐになくなるだろう。引き金を引いているだけでどんどん弾が出て行く仕組みのようだから、三十秒も引き金を引き続ければすっからかんになる。そういう弾数しかなかった。
周囲は薄暗いが、洞窟という感じではない。
肉だ。赤褐色の肉。触れれば硬いのは固いのだけれど、その硬さというのが、力を入れた筋肉のような硬さで、なんとも不気味だ。
そんな素材が天井、壁、床を構成しており、たまにどくんと脈動する。
また、気を付けて歩かないと時折床だの壁だのが『開いて』、こちらを捕食しようとしてくる。
何もかもが不気味でグロテスクな世界。
「わ、私たちは……『減らされて』るんです……」
ディがツーマンセルを組むことになったのは、猫背で陰気そうな少女だった。
名前はサシャというらしい。
どこにでもある名前だ。Fランク市民の名前は性別ごとに三種類ぐらいしかないようだった。一人に呼びかければ何人もが同時に『自分が呼ばれたのかな?』と反応する。
だがそれでも不便はないようだ。Fランク市民に名前で呼びかける者は、同じFランクの中にもいないから。
満足に食事もとれず、上のランクの者から命令がない限りは半分死んだようにゴミ山の上でぼんやりしているしかないFランクは、他者に呼び掛けて何かをする機会というのがない。
そして上位ランクの者は、下位ランクの『個人』に呼び掛けることがない。『そこのFランク』『Fランクども』と、呼びかけるので、名前かぶりで困ることがないのだった。
「なるほど」
知識はそこまで流入していなかったが、サシャの言いたいことは理解できた。
減らされている。
「確かに、資源の量に比べて人口は多いように感じる。特にFランク市民の数が多いようだ」
そう口にすると、ディの頭の中の知識がそのページを開く。
『成長促進剤』『クローンプラント』などの単語が出てきた。
……ようするにこの世界において、人は『簡単に生み出せる安価な資源』なのだ。
そして手にしている武器もまた、同じ。失っても困らない、というか──
「ヒト生産プラントは、こ、コンピューター様が稼働していますから……」
──多すぎるのだ。
ヒト生産プラントは最優先で稼働を続けられている。
兵器生産プラントも、安価な物は次々と生み出されている。
だが、食糧生産プラントの稼働は止まったり、動いたりとまちまちであり、衣服なんかも、同じだ。
娯楽系の生産プラントなどはほとんど動いていない。数少ない娯楽は、アップタウンの上位ランク市民たちに独占されている。
だから、ヒトの数を減らす必要がある。
『なぜか』コンピューター様がヒトを増やすことを止めないので、ヒト側が、少ない資源をやりくりするため、積極的にヒトを減らそうとしているのだった。
あまりにもいびつな世界。
「ヒトか兵器の生産を絞って、その資源を食料に回せばもっとマシな生活ができ──」
「う、うわあああ!? だ、だめ、だめ、ですよ! コンピューター様に、も、も、文句、みたいなことを言ったら、処刑、されますから!」
サシャがもさもさの黒髪を振り乱すようにしてディの口をふさぎにかかる。
それを避けながら、ディは「ふむ」と声を発した。
「この世界には生きる楽しみはないように思うが、それでもやっぱり、生きたいものなんだな」
「ああああああ当たり前じゃないですかぁ!? 生き残りたい! で、できたらランクも上げたい……」
「どうして?」
「生まれたからですよ! 生きてれば生きたいでしょ!? 楽しいことの一つぐらい経験してみたい!」
「なるほど。そのために努力をする、と」
「そりゃあ……で、でも、私たちにできることは、か、限られて、ます、けど……生まれつきのFランクは、Fランクのまま死んでいくのが普通、です、けど……それでも……そのぉ……生き残りたい、じゃないですか……」
「そうか、では──銃を構えろ」
「へ?」
サシャが間抜けな声を出すとほぼ同時、ディが引き金を引いていた。
だらららら、と銃弾がフルオートで放たれ、薄暗い
ほぼ同時にビシビシと肉に弾がぶち当たる音がして──
暗闇から、吠えながら出てくるモノがあった。
その怪物は、『ヒトのパーツを備えた動物』だった。
ワニである。ワニの顔をしている。ワニの体をしている。ワニの尻尾が生えている。
だが、前足と後ろ脚が、『人間の腕』だった。
ワニの体に人間の腕を備えた生き物が、手のひらをついて肉のような材質の床を進み、吠える。
吠えて開いた口の中には、舌の代わりに人間の足が三本連なっていた。
おぞましく、不気味で、奇妙な生き物。
人と動物とをつぎはぎした化け物。生理的嫌悪感を催す、直視に堪えないそういうモノこそが、この世界におけるモンスター。
そいつを相手にディは弾丸を放つ。
「う、うわああああああ!?」
サシャも同じように弾丸を放った。
だが、効かない。
火薬の炸裂によって飛び出した金属礫は、ワニの鱗を貫くことができなかった。
……それどころか、人間のものにしか見えない腕にさえ、入っていかない。
ディは眼球を狙ったり、口内を狙ったりしてみるが、結果は変わらない。
(いかにも手術で人間と獣をつないだような見た目だが、あれは魔法生物か。……しかも、同ランク以上の魔法でないと通じないタイプ。金属礫を放つ炸薬兵器では勝ち目がないな)
「ひいいいい!? 来るな、来るなあああ!」
サシャが狂乱している。
……だが、狂乱している彼女は『逃げる』という行動をとらなかった。
彼女がとった行動、それは──
「この、この!」
銃弾の切れた銃で、相手に殴りかかるというものだった。
まったく効いている様子はない。
腰も退けている。
はっきり言って、愚かな行動だ。逃げた方がまだマシ、というような行為だ。
……だが。
「そうか、生き残るために、『立ち向かうこと』を選ぶのか」
その姿は、ディにとって、評価できるものだった。
ディが渡った『未来の自分』。
それは──
踏み込む。
殴る。
拳はエネルギーを──
気。
それを纏い、放つ。
銃器はある一定以上の存在を相手には役立たない。
装備はそもそもランクが高くならないといいものが支給されない。
そうして高いランクに行くためには、支給される銃器で倒せない相手を倒すしかない。
そういうどうしようもない世界で強さを求めるのであれば。
肉体一つで戦う技法を身に着けるしかなかった。
ゆえにこの世界に来たことで増えた、『ディの可能性』。
怪物がひしめくこのディストピアにおいて積んだ努力の成果。
それは、
「破!」
拳を突き出す。
ワニに鼻先にぶち当てる。
一瞬の静寂。
そして──鼻先から徹した気が、ワニの中で爆ぜて、その体を内側から弾けさせる。
気功を使う拳法家。
ディがこの世界で至る『可能性』は、それだった。
「思ったより脆かったな。もう少し消費を抑えて立ち回ってもいいか」
銃器の通じない怪物──
暗闇の向こうからこちらを目指す、怪物
それを前に、ディは、素手のまま構える。
「では、やるか」
コンピューターに支配され、銃器で戦う、ディストピア。
この世界でディは──
徒手空拳で、無双する。