Cランク──
それに付随する権利として、まずは『中級市民区画』へ入ることが許される。
この都市は城壁が幾重にも
なので安全な場所にはランクの高い者のみが入ることができ、もしもランクにそぐわない場所に侵入した場合、即座に『処刑』されることとなっている。
ディが入ることになったCランクの区画、『中級市民区画』というのは、Fランクであった時よりもずっと安全で、いい場所だった。
まず、集合住宅ではあるが、それなりの広さの一室が与えられる。
その部屋の中にはベッドがあり、シャワールームがある。そして、『部屋』なので、天井や壁が存在するのだ。
Fランク市民の暮らしは『上位ランクの者が廃棄したゴミ』以外の資源がほぼなく、天井だの壁だの、つまり部屋というものを自力で『製作』するしかない。
それが、プロ──おそらくは専門のプラント──が造った部屋に住めるのだから、これだけでも大した出世と言えるだろう。
それに加えて、食事もよくなる。
Fランク向け配給食は『よくわからないゼリー』の三種盛りのみだったが、Cランクともなればパンや干し肉などの固形物が出る。
それに合成されたジンを六十日に一本支給される。
このジンを十本溜めることで蒸留酒
加えて、
「えへへへへへ……あ、ありがとう、ございます、Cランク様……」
Cランクは、FかEランク市民から一人を選んで『専属』にすることができる。
部屋があるので、家事をさせる人員を連れ込めるというルールのようだ。
……もちろん、下位のランクの者は何をされても文句を言えない。
CランクがそのへんのFランクを無理やり専属にさせ、飯も与えず働かせたり、あるいはストレスのはけ口としていじめ殺したりといったことをするのは、常態化している。
この『専属』は、『お前、今から専属ね』と言えばそれで契約が完了するものであり、多くの下層市民にとっては『
専属の人数がコンピューターの定めた規定に抵触していない限りは、専属の契約続行も打ち切りも上位市民の意のままであり、死んでしまっても上位市民が咎められることはない。
……なお、下層市民、特にFランク市民は街の外側のゴミ溜めしか自由に行き来できない。
そんなFランク市民を『専属』にして特権を与え自分の区画に連れて来たあと、専属契約を解いて『上位市民の居住区に勝手に侵入した』扱いにし、処刑されるのを見て楽しむという趣味の悪い娯楽もあるようだった。
そういうわけで『絶対に嫌だ』という感じのものが本来の『専属』契約なのだが……
巣においてツーマンセルを組んでいた少女、サシャ。
彼女は自ら頼み込んで、ディの専属にしてもらっていた。
というより、『専属』のことも、『専属』の扱いや、上位市民が下位市民を使って行う『遊び』のことも、すべてサシャからの情報だ。
「ああ、すごい、すごい……歯ごたえのある食事だぁ……ぐへへへへ……」
いわゆる『メイド服』を与えられた(専属に選ばれた者用のお仕着せセットを購入できる)サシャは、床でパンを食べながら恍惚の表情を浮かべていた。
その様子を文机に着いて眺め、ディは困った顔になってしまう。
「……テーブルがあるのだから、そちらで食べてもらって構わないが」
「いえいえいえいえ! そんな、めっそうもない! Cランク様──」
「それと、『Cランク様』という呼ばれ方は好きじゃない。『ディ』でいい」
「いえ、でも、ランクが紛らわしい……あ、はい。では、ディ様と呼ばせていただきます」
「それでいい。……しかし、テーブルがあるのだから、テーブルで食べて欲しいものだが」
「あんまり下のランクの者を平等に扱おうとしないでください。コンピューター様はすべてを見ておられるんですから、そのお方が定めたランク制度に異を唱えるようなことは、その、えっと…………ねぇ?」
ディはため息をついた。
サシャの言うことは正しいと思う。というより、この少女の『生き残る道』を嗅ぎ取る力は、異常だ。
だから彼女が『それをしたら危ない』と思うようなことは、きっとその通りなのだろうとディは思うようになっていた。
何せディがCランクに昇格した時点では、まだ、ディの人格をサシャは大して知らなかったはずなのだ。
だというのにその場で『専属にしてくれ』と頼み込まれた。ディが彼女で『遊ぶ』可能性も充分にあったにもかかわらず、だ。
実際、ディにそんなつもりはないし、こうして食事だって自分と同じものを与えている。
ベッドを使わせるのは今と同じ理由で辞退された──ただ単純に『ベッドで寝ていい』というのを『
(生き残るために、進む。だから、正解の道を選ぶ。そういう気質の持ち主、か)
サシャ。
どことなく根暗そうで卑屈。あまり頭は敏くないらしい。
一緒に暮らしてみると、その粗忽さが目立つ。メイドとしての仕事は──まあ、あまり得意ではなさそうだ。
けれど、生きることに懸命だ。
ここではない世界を知るディだからこそ、こんな絶望的な世界で、泥臭く、卑屈に、それでも生きようとする姿は、素晴らしいものに思えた。
『こんな絶望的な世界』。
……この世界で生きる限り、人々は『唐突に駆り出される戦い』から逃れられない。
上のランクに行けば絶対に安全ということは──立ち回り次第ではあるけれど、戦いと無縁の生活というのは、ないのだ。
ディが首から提げているIDカードが、音と光を発する。
カードを手にして持ち上げると、そこから、少女の声をベースにした合成音声が流れ始めた。
『Cランクの戦士たちへ。定例戦闘の時間です。所定の数の
先ごろ、ディが動員された戦闘はどうやら、こうして発令されるらしい。
CランクがDランクに声をかけて、DランクがEやFランクを招集して部隊を編成する。
そうやって出来上がったいくつかの部隊を率いるという形で、Cランクも戦場に参加する。
そしてこの世界の常識として、『Fランクをなるべく減らすように立ち回る』というのがあるらしいことは感じている。
……基本的に、Fランクは減らすためにわざと非効率な方法で巣へと追い込む。
ではどのようにしてコンピューターが求める戦果を出すかと言えば、Fランクのディたちが二人一組で肝試しのように巣へ送り込まれていた一方、Eランクで編成された他の部隊が本命として巣の攻略を行っていたらしい──ということを、当時、ディを徴兵した元Dランクが、聞いてもいないのに教えてくれたのだ。
……とはいえ、それでも巣の除去というのはなかなかできるものではなく、この定例戦闘のたび、何人もの降格者が出るようだ。
それでCランクの絶対数がそこまで減らないのは、Cランクから誰かが降格されたら、新たにCランク人員を『生産』するからである。
そうして生産された生まれながらのCランクもまた、定例戦闘によって資格を問われ、満たせなければD、E、Fと落ちていく。
(この世界の人は、Fランクを殺して、資源がなるべく尽きないように立ち回っている。それは、コンピューターが、人の生産ラインを常に動かし続け、人を増やそうとしているからだ。人を増やそうとしているのに、人を生かしておく食料などの資源がどうしようもなく少ないから、そういういびつな『現場判断』が生まれる)
この世界の神は夢想家である。
現実が見えていないのだ。『人を増やす』という目的があるのはわかるのだが、そのためにすることが『人が生きていける環境を作ってから、人口が増えるように働きかける』ではなく、『人口を工場でとにかく生産する』という、極めて場当たり的な資源の浪費になっている。
神というのは別に全知全能ではないのでうまくやれない神もいるのだけれど、さすがに誰かが何かを言ってやるべきだと思うし、『すべてを見ておられる』のであれば、データをとって効率的なやり方を模索するぐらいはしてほしいと、ディは思う。
(もっとも、『人命』を『人命』、つまり『数』としか見ていない……見られないのであれば、正しいやり方、なのか)
とにかく人を増やす。
人を増やせば、それを兵力にして、巣を除去する確率が上がる。
そうして巣を除去できれば、人口が増える礎が出来上がる。
だからとにかくヒトという名の兵力をガンガン生み出して土地を確保していけば、いずれ総人口は増えていく。
ヒトを生み出す資源量が食料や燃料なんかよりも安いのであれば、効率的な手段ではあるのだろう。
ただしそれは、あまりにもヒトを『数』としか見ていなさすぎて……
「……気に入らないな」
ディの肌には、合わない。
「え!? え!? 何か失礼をしてしまったでしょうか!?」
ディのつぶやきに、サシャが過剰反応する。
「いや……」ディは説明しようと思ったが、面倒そうなので労力を省く。「それより、出陣しなければいけないらしい。行こうか」
サシャはとても嫌そうな顔をしていた。
「……ですよねえ。行きますよねぇ」
「なんだ、いやなら待ってても──」
「とんでもない! Cランク様──ディ様の専属ですから! ディ様からあんまり離れた状態でこの区画にいたら、『処刑』されちゃいますよ! それに、『ご主人様』を巣に送り出して自分だけ安全地帯にいるなんて、反逆行為とみなされます!」
「……なかなか面倒な世界だな」
「それは本当にそう!」
「では、行くか。……まぁしかし、心配はない」
この世界は、人を資源の一種と数えている。
だが、それはディの肌に合う考え方ではない。
なので、
「──俺が率いる。一人だって死なせない」
人を守り、成果を挙げてみせよう。
資源のない世界でそれは致命的なことかもしれない。
この世界の文化にどうしようもない変化をもたらすことかもしれない。
だが……
「誰も死なせず──巣を、ぶち壊すぞ」
自分がもたらす変化によって生じる不利益。
それ以上の利益を、もたらす。
この世界の常識。誰もが『現実的に考えて仕方ないことだから』と呑むしかない理不尽。
それに対する叛逆が、始まった。