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第47話 絶望的な世界で

『通例』。


 Cランクにコンピューター様から『戦え』と命令が降ったならば、Cランクはまず、Dランクに呼び掛ける。

 そしてDランクがE、Fランク市民に命じて集め、それを軍団と成す。


 その間Cランクは何をしているかと言えば、何もしない。


 Cランクの『戦い』は戦後なのだ。

 それは戦後処理だの遺族への補填だのというものではなく……


 責任のなすりつけ。


 Cランクは『グニズドーを除去し人類の生存領域を広げろ』とコンピューター様に命じられるわけだが、それは不可能・・・なのだ。

 ……もちろん、『絶対に成功しない』というわけではない。成功する者もおり、そういった者はBランク、Aランクと上っていく。

 しかしその確率は、Cランク市民とB、Aランク市民の数とを比較すれば、だいたい算出できる。

 成功確率一割未満。

 多くの者にとって『失敗するのが当然』な無茶ぶり。それこそが『巣を除去しろ』という命令なのであった。


 だがCランクはコンピューターから『巣を除去できて当然』という圧をかけられており、失敗すれば『資格なし』と判断される。

 と来ると『巣の除去』の命令が降ったあと、ほぼすべてのCランクが命令不達成の罰で降格処分になるわけだが、実際にはそういうことにはならない。


 コンピューター様に、『命令を遂行しようとしましたが、人類の破滅を望む怪物信奉者がいました。それは、こいつです!』とあることないこと訴えて生贄を作り、捧げ、責任転嫁をする。


 ……だから『Cランクの戦い』とは、任務遂行後の責任のなすりつけなのだ。

 どれほど酷い結末になっても、ここさえ抜ければCランクの維持はできる。


 だから戦場に出ない。

 戦場に出て監督してしまえば、下の者に責任をなすりつけるのが難しくなる。CランクはあくまでもDランクに『うまくやっておけよ』と命じる立場であり、それ以上のことはしない。そういう存在なのだった。


 ではディはどうするかと言えば──


 再び、都市の外縁付近にあるスラムへと来ていた。


 メイド服姿のサシャを引き連れた、Cランク以上と一目でわかる、綺麗な緑色の詰襟上着を着たディは、否応なく注目を集める。

 この都市に住まう者の権利の中には『身に着けられる色』も含まれている。緑色というのはCランク以上が身に着けることを許される色であり、この色を見かけたFランクは、気付かれないように隠れるか、平伏してCランク様の機嫌を損ねないよう立ち回るかしかできない。


 ディがFランク区画を歩いているとそのような反応が見られた。多くのFランクが平伏し、Cランク様の機嫌を損ねないようにしている。


(……異様だな)


 こうして見て回ると、改めてこの都市の異様さに気づかされる。


 年寄りと子供が存在しないのだ。


 それはこの都市の住民のほとんどがクローンプラントで培養され、成長促進剤を打たれて適齢──怪物と戦う戦力足り得る肉体まで無理やりに成長させられるからであり、たいていの下層市民は、歳をとる前に死ぬか、うまく『上』に取り入ってスラムから脱するかしかないからだ。


 顔には生きる希望がない。身なりには生きる楽しみがない。


 当たり前だ。彼らは人生を楽しむ『権利』がない。

 この世界において、市民ランクが低い者は、希望を持つことが許されないのだから。


 ディは適当な場所で立ち止まり、目を閉じて考える。


(『生きる希望』か)


 自分は、どうしたいのか?


 ……サシャのように、卑屈だけれど、生きるために前に進む人を見て、好ましいと思った。

 それは『もともと自分が、そういう前向きな人を好む』というのもあっただろう。

 だが、この世界に来て至った『可能性』。未来の自分が持っていた知識の一部、それに──感覚、のようなものが、こんな絶望だらけの世界で、それでも前向きに生きていく人の希少さ、尊さを覚えていたという理由もあるような気がした。


 後ろ向きで人生をあきらめているような者は、どうにも気に入らない。


 ……だが、彼らが人生をあきらめてしまう理由も、よくわかる。


 ディの故郷であるセヴァース王国にも盗みを働いてしまうような者などがいた。

 そういう者は、根っからの盗人、人から何かを奪わなければ気が済まない社会性破綻者──という場合もまあ、まったくないわけではないだろう。

 しかし多くは、生活の困窮などの、『社会の発生させる問題』から、『盗みを働くしか生きていく手段がない』という状況に追い込まれて犯罪を犯した者だったように思われる。

 だから状況さえ整えば──


(──いや。そうじゃない。それは、俺の願望だ。『人は基本的に、善いものであってほしい』という願望)


 ……わからない。

 盗人には盗みを働く以外にどうしようもない背景がある。

 だが、そういう人が、じゃあ、盗みを働かなくていい状況におかれたら、盗みをぴたりとやめるのか、それとも、『真面目に頑張るより、人から奪う方が楽だから』と盗みを続けるのかは、実際に、彼らの状況をマシなものにして観察してみなければ、判断できない。


 人そのものに善悪はない。

 善人と悪人がいるだけだ。


 そしてディは、こう思う。


(この世界を、ここで暮らす人々を、好きになりたいな)


 悪人一人いた程度で世界に絶望することはないにせよ。

 善人が多数派でいてほしいと思う。


 だから、彼らが自分で判断し、自分の可能性を模索できる状況にしてやりたいと思った。


(傲慢、だな。そうか、俺は傲慢だったんだ。……本当に笑ってしまうぐらい傲慢だ)


 実際に笑いがこぼれた。


 ……だがそれは。

 努力してもどうにもならない状況にある人たちを、努力すればどうにかなる状況にしてやりたいと思うのは──


(やっぱり、報われる努力の楽しさを、俺が知ってしまったから、なんだろうな)


 努力に報いを求めず、ただただ苦境に己を置いて、自分の可能性を模索していた日々。

 あの頃の方が純粋ストイックだったように思う。


 だけれど、今の方が──


 生きていて、楽しい。


 だから、楽しもう。

 できれば、みんなで。


「Fランク、Dランクに告ぐ」


 ディが言葉を発すれば、平伏していた者たちが身を固くした。


 Fランクの暮らしは粗末な食事をとり、ゴミ溜めの中で動けもせずぼやけて過ごすだけのものだ。

 だがそれでも、彼らは生きていたいのだ。そして、上のランクの者からの言葉のあとには、必ず命の危機がある。だから、身を固くする。


 ディは、


「生きて上のランクに行きたい者、俺についてこい。これよりグニズドーの除去に向かう。俺についてくれば、頑張った分だけ、報酬を約束しよう」


 当たり前のことを、言った。


 ……当たり前なのだ。これが当たり前でない世界がおかしいのだ。

『頑張った分だけ、報酬を約束する』。


 現実的に、努力に報いがあるとは限らない。

 そもそも大体の場合、問われるのは『努力』ではなく『成果』である。『努力しましたよ』というアピールのみならず、当人視点で本当に死ぬ気で努力したところで、成果が伴わなければ評価されようがない。


 ディもその事実は否定しない。


 だけれど、


「『次も頑張ってみよう』と思える人生を歩みたい者、俺の前に並べ」


 努力の結実を待つには、多くの時間がいる。

 その時間もなくただ潰されていく者たちが、『頑張ろう』などという選択肢を抱けるはずがない。


 だからまずは、機会を作る。

 彼らに『時間』と『改善のために顧みることのできる経験』を渡す。


 その上で、どうか、善い人たちであってくれとディは願う。


 ……人が集まり始める。


 Cランクの号令だ。明らかに聞いていた者たちは、これに逆らえない。

 上のランクからの『来てくれ』というお願いは、下のランクの者たちにとっては『来い』という命令になる。


 ……だが、ディは捉えている。

 物陰に潜み、上のランクの者から隠れ、逃げていた者。

 そういう者たちが、身を隠していた場所から出て、ディの前に集まってきているのを。


 そのまま隠れていれば気付かれなかった──と少なくとも本人たちは思っているはずの者たちまで、出てくる。


 ディの言葉は、少しだけの期待を人々に抱かせることに成功したのだ。


 だから、あとは、


(戦って、生き残らせるだけだな)


 自分は指揮官向きではないと思うし、指導者向きでもないと思う。

 だが、この世界での自分はきっと、絶対にこうする。


 ならば、この世界で長年を過ごし、『至った』自分の能力は、多くを生かす方向に育っているはずだ。


 絶望的な世界で可能性を模索する戦いが、こうして始まった。

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