大規模
それは
そもそもにして、この世界の人類は日々拡大するグニズドーに生存圏を奪われ続けてきた。
FランクやEランク、Dランクなどを使って毎日のようにグニズドーの攻略をさせてはいるものの、相手が増えるペースとこちらが減らすペースがまったく釣り合っておらず──というよりも、こちらがグニズドーを減らすペースがほぼ皆無であるという絶望的な状況を長らく続けてきたわけだ。
そういう状況で、コンピューターが演算により打ち出した戦略。
コンピューターがきちんと統計をとれているという前提になるが、明らかに、なんらかの『新しい変数』が発生したために行われた方針転換である。
(つまり、俺か)
ディの目の前には、今、グニズドーが存在する。
それはどうにも『安定期』のようで、中から
しかしサイズが大きい。ディがBランク昇格の際に蹴散らした『ねずみの巣』も大きなものではあったが、それよりもはるかに巨大であり……
(……努力のしがいがありそうだ)
ディは、舌なめずりをする。
「ディ様」
横に立たせた彫りの深い顔をした男が、声をかけてくる。
彼の名はイワン。先日、ねずみの巣を駆逐した際に参加していたFランクであり、
彼はねずみの巣駆逐とほぼ同時にディに『専属にしてくれ!』と申し出てきた者であり、同じビルに住まわせているうち一人であった。
「どうした?」
「……先の『ねずみの巣』での戦いのせいでしょう。俺はどうにも、壊れちまったようで」
「ふむ?」
「あんだけ巨大な
「……」
「なんなりと、お命じください。……たった一戦をともにしただけで、こんなふうに変わっちまうのは、自分でも驚いてやすが……このクソッタレな世界で、初めて希望が見えたんです。その希望のためなら、死ねるって、そう、盛り上がっちまって、どうしようもないんですわ」
「そうか。だが……だったら、死ぬのはもったいないな」
「……」
「生きていれば、どんどん面白いものを見られる。……絶望しかないような重く苦しい日々を振り返って、『あの頃は、つらかったんだな』と振り返る機会は来るんだ」
ただただ苦しみを己に課していた。それが正しいと思っていた時代が、ディにもあった。
勇者パーティでの日々。報われないことが当然であると思っていた日々。苦境に身を置いて、できることを増やしていくという趣味に傾倒し……
……それだけを楽しみにして、何かを成すこともなく死んでいくのだろうなと思っていた日々。
『努力のしがいがありそうだ』というのは、ディが苦境に際して頭によぎる、口癖のようなものである。
そう思うしかなかった時代が長すぎた。どんな苦しみも、『努力のしがい』に置き換えることでしか、自分を救えない日々が、あまりにも長かった。
……その言葉を口にしたり、思ったりする時、自分が希望のない苦境にいたのだと意識さえできないほど、苦境そのものが人生だった時代が、あったのだ。
だが……
「生きて、思い出話をしよう。そうしたら、苦しみも笑えるネタになる」
イワンは、笑った。
「『思い出話』とは贅沢なこって」
この世界における『古参兵』であるイワン。
彼がクローンプラントで生み出されてからまだ五年。ただの五年で、『古参』なのだ。生産されたFランクの平均寿命は二年である。思い出など作る前に、みな死んでいく。
だからこそ、イワンは笑った。こらえきれない楽しさを、肩を揺らして、喉を揺らして、発散しようとする。
不器用な笑いだった。だけれど、この世界の、特にFランクは、そもそも『笑う』機会さえ、ない。だから、笑い方をよく知らなかった。体が、笑い方を、覚えていなかった。
それが『恐怖に顔が引きつって笑顔のようになってしまっただけの笑い』ではなく、『これから先に起こること、今起きていることが楽しくて浮かんでしまった笑い』なら、なおさらだ。
「俺ぁ、贅沢品っていうのを、一度味わってみたかったんです。『思い出話』は、合成ジンより、いや、蒸留酒より酔えそうだ」
「ああ、浴びるほど飲もう。そのためには──」
ディが拳を握りしめる。
目の前にあるグニズドーに狙いを定め、
「──とりあえず、勝利の美酒を一杯だな」
攻略、開始。
踏み込むディに、小銃を持った兵たちが、続く。
◆
像の怪物どもが出るグニズドー、攻略完了。
巨大な巣をまずは拳で叩き壊し、隙間から兵どもを率いてなだれ込む。
『安定期』にあった巣の中にいた怪物どもは、人の腕のような鼻を生やし、口の中に人面を備える像の怪物。
この堅い表皮に小銃は通じなかった。
だが兵ども、銃弾を切らした銃で以て殴り掛かり、そうして出来た隙にディが殴り込む。
怪我人多数。
だが、死者ゼロで攻略完了。
蜂の巣。
人の顔面ほどの大きさの蜂型の怪物が、人間の舌めいた針と、肋骨そのものの翅を震わせながら襲い来る。
相手の数は多く、その性質は狂暴。
しかし銃弾が通用する相手である。
ディに任せきりではいけない──そう奮起した者ども、最前線にて蜂の怪物どもを蹴散らす。
幾人かが刺されて動けなくなったものの、やはり死者はゼロ。
ディの率いた兵ども、幾人かがランクを上げる結果となった。
水中に存在するその巣の攻略は、これまでにないほど簡単だったと言えるだろう。
中にいたのは人の胴体に尾びれ、背びれを生やした鮫ども。
水の中に沈んだ怪物どもには銃弾など通じない。そもそも、どこからか湧いた──おそらくは地下水──水の表面に粗悪な銃弾は弾かれ、水の中へと入って行かない。
だがしかし、人には拳という武器がある。
ディと、それに教導を受けた数名の『拳士』が踏み込み、水を弾き飛ばし、宙に浮かんだ鮫どもを殴る。
笑ってしまうような光景だった──と、
かくして三つの大規模グニズドーの攻略完了。
ディは見事に、作戦を完遂するに至り……
Aランクに、たどり着いた。