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第53話 Sランク

 Aランク──


 コンピューターが『演算』により決定した戦略を達成したディは、ついにその位階に到達した。


 これは通常・・至れるこの世界の最高位である。

 ……だが、事実として、このランクへと至った者というのは、一人しか存在しない。


 このランクにいる者のほとんどは『生まれつき、Aランクとして生産された者』である。

 つまり特別にコストをかけて生産されたクローンであり……


 実戦経験のない者ばかりだった。


(いびつ、だな)


 ディはずっとこの世界を、この世界を管理するというコンピューターのいびつさについて、何がどういびつなのかを言語化しようとしてきた。

『夢想家だ』と言語化したことはある。

 だが、その夢想というのは──


(子供の、夢想なんだ。『こう決めた。こういうものを作った。だから、作ったものの中を埋める』。これを優先している。最初に作った型をなんとしても埋めようと、そればかりを考えて、『実』が伴っていない)


 この世界のランク上昇制度と、神が人に期待することを考えれば、AランクやBランクは、もっと最前線に立って、率先して怪物どもを蹴散らしているべきなのだ。

 だが、そうではない。連中がしていることはいつだって責任のなすりつけであり、立場を守ることに必死、ランクを落として前線に出ないことに必死で、戦いは誰かに押し付け、どう言い訳するかばかり普段から考えている。


 なぜ、そうなったか?


(……ここの神は、人の『生きたい』という気持ちをわかっていない。どんな状況であろうとも人は生きたいし、生きるためになら、なんでもする。だというのにこの神は、『人は使命に殉じるべきだし、使命に殉じる生き方をしようとして当たり前』と思い込んでいる。だから、いびつになる)


 性善説、と言っていいのかどうか。


 上のランクの者が最前線に戦わないのも、言いくるめめいた責任転嫁が通るのも、賄賂やおべっかが横行するのも、すべて、この世界を管理し、最終的な『人と人との争い』に結論を出すのが、『人は根本的に善なるものであり、人というのは生まれ持った使命に殉じることを最大の美徳とする生き物である』という考えを以ているコンピューターだからだ。


 人はそこまで綺麗ではない。


 人はそこまで、完ぺきではない。


 たとえ楽しみのない世界であろうが、人は、生きたがる。死にたがらない。

 特にあんなおぞましい怪物フランケンに喰われて死ぬなんていうのは、ごめんだ。死ぬぐらいなら逃げる。逃げるし、死なないように立ち回る。こすっからく、薄汚く、こずるく、立ち回る。


 コンピューターは『理想的な人』だけが『人』だと思っている。

 現実が見えていない。だから、こうなる。


 ディは、聞くに堪えない『会議』を聞きながら、こんなことを考えていた。


「やはり新参に──」

「我らはこれまでさんざん手柄をあげて──」


 話している内容がBランクと同じなのは、この世界の人類があらかじめ知識をインストールされた状態で生まれるからだ。

 誰もかれもが文字通り同じ教育を受けている。だからこそ、同じ規格で作られたバグのない人類は、同じような考えをし、同じようなことを言う。


 果たしてそれは人間と呼んでいい生き物なのか──


(──というのはさすがに、あまりにも傲慢か。しかし)


 いらだち覚えるのは、事実だ。


 そこに、


「Aランク諸君に継ぐ」


 唐突に割り込む、声。


 同時、円卓の中央に映し出されるソリッドヴィジョン。


 そこに映し出されていたのは、一人の男だった。


 灰色の髪を短く刈り上げた、灰青色の瞳の男。

 その年齢は老年に差し掛かった中年に見えた。……だが、この世界の人類はそこまで長生きできないことを、ディは知っている。だからあれは、老けているだけだ。それも、『生まれつきの性質によって老け顔になってしまっている』ということではなく、なんらかの壮絶な経験が、彼の容姿の年数を進めてしまったがゆえの、顔である。


 その男は──『白い軍服』を着ていた。


 この世界の人類は、まとえる色さえも『権利』により区別されている。


 Fランクは黒、Eランクはくすんだ赤、Dランクは汚い黄色で、Cが緑、Bが青、そしてここに居並ぶAは藍色。

 白というのは、藍色の『上』の色だ。


 Aより上。


 すなわち、この男──


「私はSランク市民のナボコフである」


 名乗りと同時に、会議室のざわめきが大きくなった。


 ……ディは。

 全方向に同じように見えるよう設置されたソリッドヴィジョンの映像だというのはわかっていた。


 わかってはいても、


(この男、俺を見ているな)


 そう感じずにいられなかった。


 ナボコフは、いかめしい顔にわずかな笑みを浮かべる。

 それだけで厳しい、いかなる発言も許さないといった様子から、一瞬で『頼れる親分』という雰囲気に変わる。


 その笑顔だけでわかった。

 彼は間違いなくたたき上げのSランクだ。現場でFやEランクを指揮し、その身に武器を帯びて怪物どもに実際に立ち向かった結果としてSという位階にいる『英雄』だ。

 データで知っていた。けれど、今この瞬間に、そのデータにあった活躍が本物であると、実感させられた。


「諸君らに告げよう。このたびコンピューター様より告げられた、次なる『大規模グニズドー攻略』、これは、先にAランク市民ディが行ったものより、さらに難易度と規模が上のものである。この作戦は私の指揮のもと行われ、Aランク諸君には、Aランクたる責務を果たしていただくことになる」


 Aランクたちのざわめきの中、ディはじっとナボコフを見つめ続ける。

 ナボコフもまた、ディの方をじっと見て、今この瞬間に斬り合いが始まっても対応できるよう、備えているかのように見えた。


「このたび、特別な怪物フランケンが出た。それは多くのグニズドーを支配し、連携させている様子を見せている。先の大規模攻略も、この怪物の指揮する巣、その末端を削るものであった──と言えば、このたび倒すべき怪物の脅威と、その規模がわかっていただけると思う」


 ディが壊した三つの巣は、どれも『都市』にたとえたくなるぐらい大規模なものであった。

 それが『末端』。


(国家、いや、大陸と呼びたくなるサイズの巣を支配している──ということか)


 努力のしがいがありそうだ、とディは口元を笑ませる。

 同時、応じるように、ナボコフも口角を上げた。


「さて戦い・・慣れた・・・諸君──」わずかに鼻で笑う響きがあったのは、この言葉が皮肉である証左であり、戦わないAランクにナボコフが『思うところ』がある証明でもある。「──には言うまでもないかもしれないが、我ら人類から生存圏を奪い続ける怪物たちについて、改めて話しておこう。この世界で生まれた者の頭の中にはデータがインストールされていることとは思うけれど、な」


(やはり、俺に向けて話しかけているし──俺が『異界』から渡って来たことも、知っているのか)


「怪物どもは、旧人類の生きていた時代の動物たちに、我ら人類の肉体をつぎはぎしたような姿をしている。基本的には、人体に似たパーツが多いほど強い──というところまでは、常識である」


 確かに、サイズよりもパーツ数が『魔法生物』としての強さだったな、とディは回想する。


「そしてこのたび、複数の巣を含む超大規模な巣を支配する、支配階級の怪物の姿を、ドローンカメラが捉えた。その映像を出す」


 ナボコフの顔が映し出されていたソリッドヴィジョンの映像が切り替わる。

 地面いっぱいに広がる毒々しい赤褐色の肉の繭ども。

 そのひときわ大きな肉のドームの頂上にたたずむモノがいる。


 ……会議場がざわめく。

 その理由は、明らかだった。


 ……誰かが、恐慌に耐えかねた、という様子で、『肉のドームの頂上にたたずむモノ』の姿を、こう表現する。


「『人』ではないか!」


 それは、『翼の生えた人』だった。


 人のパーツが多ければ多いほど強いとされる怪物。

 ……それは、人だった。人に、黒い三対の翼が生えている怪物だった。


 それは、自分の姿を捉えるカメラを見て、笑う。


 笑顔のまま、指を向ける。


 すると、カメラの映像が乱れ、ドローンを飛ばしているプロペラが不穏な音を立て……

 落下していく。


 破壊ではなく、機能を停止させられたのだ。

 なんらかの力で、止められたのだ。


 ……『あまりにも人の姿すぎる怪物』というインパクトにやられている者たちは、その事実がどれほど重いものなのか、気付いていない様子だった。


 この世界は、機械や電気といったものを利用している。

 下層には全然ないが、上層の市民たちが暮らす場所ではロボットがあり、電気による通信網が存在する。生活のそこらじゅうに、電気があることを前提とした機会が存在する。

 さらにFやEランクが戦いの時に与えられる武装もまた、機械制御を使っている。


 ……あの怪物は、指さしただけで、機械を乱し、壊した。

 それがこの文明に与える甚大な被害は、想像するまでもない。


 間違いなくあれは、この文明の天敵であった。


「コンピューター様は、あれに『天使』という呼称を用いた。あれは、我ら以前の、まだ世界に巣も怪物もなかった時代、人々が神話の中でのみその姿を確認した、想像上の生き物、『天使』に酷似しているのだそうだ」


 天使。

 その名前は遺失した古代文書にしかなかった。


 この世界に神が降り立ったその時、神の国も、人が死後に神と出会う場所も、すべてまやかしとなり、その表現は失われた。

 ただし残ったものもある。


 それは、『地獄』だ。


 死んでも許されぬ場所。ただ存在するだけで責め苦を受ける場所。


 すなわち、『この世』のこと。


「我らはこの地獄の中で、『天使』を倒す。Aランク諸君であれば、必ずや成し遂げるであろう。ではこれより、各自、対『天使』のための行動を開始せよ。人類に繁栄と勝利を。コンピューター様、万歳!」


 そうして通信が切れる──と、同時。


 ディのIDカードに、通信があった。


 電子メールである。

 差出人は──


 ──ナボコフ。


(……なるほど、俺にだけ『秘密の話』か)


 ディは笑いながら、いまだに騒ぐばかりのAランクたちを置き去りに、会議室を出た。


 ここでの話よりよほど有益な話し合いが、控えている。

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