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第55話 侵攻開始

『天使』がいるグニズドー──複数の巣を含む巨大な巣は、『アグロームヌイ・グニズドー』と呼ばれることになった。


 これはSランクまでも含むすべての市民が総力を挙げて打倒すべき敵であるとコンピューターより布告された。


 同時に、


『北方からはSランク市民ナボコフが、南方からはAランク市民ディが中心となって、この巨大な巣アグロームヌイ・グニズドーの攻略に乗り出します』


 ……というように、神より名指しで方面指揮官に任命されてしまった。

 否応なく、この二者の成果は比べられる流れが出来上がったというわけだ。


 アグロームヌイ・グニズドー。


 これは都市から見て西に発生したものであり、『天使』を捉えた映像も、はるか西で撮影されたものである。

 なので都市を中心にして北側、南側と部隊を分けて、西へ進んでいくわけだ。


 ……どう考えても『途中にある巣を潰しながら西へ西へと進む』という戦略になるため、北方部隊と南方部隊の足並みはそろえた方がいい。


 そういう意図でディはナボコフに連絡をとろうとしたのだが……


「嫌われてしまったかな」


 ナボコフは、連絡を拒絶している。

 ……コンピューターを通しての連絡だというのに、これに従わない。


 そのことからわかるのは、『人々が恐れるほどコンピューターは横暴な絶対者ではない』ということだ。


 下層の市民ほど『コンピューター様』に恐れを抱き、これに何か少しでも反することをしてしまったならば、たちまちに『処刑』されると思い込んでいる。

 しかし上り詰めて接したコンピューターは、かなり話のわかる神だ。

 ではなぜコンピューターが下層の者に恐れられているのかと言えば、


(神の威を借り、自分の嗜虐心や欲求を満たす者たちが多い、ということか)


 上の市民が下の市民に残酷な行為を働く時に持ち出すのが、神の定めたルールであったり、神に逆らったなという難癖・・である。


 だから下の者ほど神を恐れる。

 けれど、それら『下の者にもたらされる被害』は、神のせいではないのだ。神を語る、人のせいなのだ。


 ……それが見えてしまったからこそ、ディは、ナボコフの言い分への理解を深めることができた。


 ディがBランク、Aランクを黙らせるため、神を呼びつけて『何かあるなら神が黙っちゃいないぞ』というのは、まさしく、多くの者がやっている『神の威を借る行為』に他ならない。

 ……ディがいくら『拙速に話を進めることが、より多くの人を救う道だ』と思い、そういった善なる行動のために威を借る真似をしたとしても。

 この世界でさんざん生きてきて、さんざん戦ってきて、さんざん、この世界の人間を見てきたナボコフからすれば、生理的嫌悪感と拒絶反応が出る、『神への冒涜』に見えたのだろう。


(出来れば話し合って理解し合いたいものだが──難しそうだな)


 少なくとも、『天使の打倒』という神から下された使命がある限り、向こうはこちらに会わない理由を作れる。

 何より向こうはSランク。ディは未だAランク。向こうが望まない限り話し合いなどできない。


 つまり、やることは一つ。


『天使を倒してSランクにのぼる』。


(まあ、『そこまでして分かり合わなくてもいい』と誰かに言われればその通りではあるのだが……すれ違ったまま別れるというのは、なんだか悲しいからな)


 分かり合えないまま終わった関係性──

 勇者アーノルドのことが、ずっと、心に引っかかっている。


 彼には彼の悩みがあって、物語があった。

 だが、ディはそれをわからなかった。……分かり合えない、分かち合えない、仲良くできない。すべて、話し合いのあとに決めるべきであると、最近のディは特に思う。

 ミズクメの時もそうだった。もしもディが話し合いを望まず、敵対的なミズクメと、そのまま敵対してしまえば……神がほくそ笑んだような気がするのだ。


(とはいえ、ここの『神』はほくそ笑むような存在ではなさそうだけれど)


「ディ様」


 斜め後ろからかけられた声に、ディは振り返った。


 そこにいるのはメイド服を着たもさもさ髪の、背の高い少女──サシャだ。


「部隊の整列が完了しました」


 いかにも『私は有能な従者です』といった様子で背筋を伸ばして立つ彼女は、最近、本当に有能な従者になりつつある。

 まだまだ粗忽なところも、不足なところもある。

 しかし、文字を覚え始め、秘書役もこなせるようになってきている。


 今も、大規模な部隊展開だからこそ、整列のために時間が必要だった。

 そういった時に、ディの手をわずらわせず、細かい処理をし、報告が揃ったらディに話しに来るという役割をやってのけている。


(……そうだな。変化をしない人はいない。もちろん、悪い方向への変化もあるだろう。でも、良い方向への変化をする人は、それ以上に多いはずだ)


 ──地道な努力は裏切らない。


 孤児院の先生が言っていた言葉は、ディにとって人生の指針だった。

 ……いい先生だった。ディがいなくなってすぐあとに亡くなったらしいというのは、後年になって知ったことではある。


 葬儀もきっと、行われたのだろう。

 孤児院の『自慢の子供』には、招待状も届いたのかもしれない。


 ディは『無能』だったからか、そういうのはなかったが──


 もし、苦境に身を置くことだけが成長のために必要なことだ、なんて思考停止をせず。もっと、『今』成果を出すことにこだわった努力が出来ていたならば、葬儀に参加させてもらえたかもしれないと思う。


 成果を出そう。

 Sランクは辞退する──と神に言った。明らかにエサとしてちらつかされたのと、『唯一のSランク』というのに誇りを持っていそうなナボコフを気遣ってのことだ。


 だが、撤回する。


 話し合うという目標のために必要であるならば、Sランクを目指して努力をしよう。

『頑張っているな、俺』と満足するためだけの努力ではなく、成果を目指して、己を磨こう。


 そうして、きちんと話して、分かり合おう。

 すれ違ったまま別れるのは、やっぱり悲しいことだと思うし。


 だから、


「では、進もう」


 望みを叶えるため──


 ディの進撃が、始まった。

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