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第63話 人造の神

「光剣隊、我に続けェ!」


 ナボコフが吠える。

 英雄の声は兵に勇気と力を与えた。

 その進撃の勢いはすさまじく、数十名の集団が駆けてくるだけだというのに、グニズドー攻略でねずみどもと遭遇した時よりも、よほど強くディの生存本能が刺激される。


(やはり、無意識にだろう。ナボコフも『願い』を託されている)


 この世界で強くなるためにとれる手段は二つある。


 一つは『ランクを上げる』。

 神に祈祷し、礼拝し、神に働きを捧げることで、加護と寵愛を頂戴する方法。


 そしてもう一つは、『人から願いを捧げられる』。

 この世界の人々は、多くの世界では切除されている『神を生み出す』という権能を保持したままだ。

 だから、人々に希望を与え、人々から願いを捧げられることで、人は強くなる。


 ナボコフは──


「貴様を、倒す!」


 ──人からの願いを背負う英雄である。


『そうあれかし』と望んだ攻撃が、ディに迫る。


 ゆえに、『そうある』。


 視界から消え失せるように加速したナボコフが、ディの目前に出現する。

 剣を振りかぶるところまで、ディは認識できた。

 だが、まるで一瞬気絶したかのように、いきなりディの脳天にナボコフの光剣が迫っていた。


 速さではない。

『そういうつもりで振るわれたので、命に届く』。そういった性質のもの。剣技や身体能力ではなく、世の法則そのものに働きかけた結果の動き。


 で、あるならば。

 この戦い──


「倒されるわけには、いかないな!」


 ──どちらがより多くの希望を人々に見せられるかの比べ合いとなる。


 ディの拳が気をまとい、ナボコフの剣を受け止める。


 殺すという決定に逆らう、生きるという決定。

 背反する『そうあれかし』がぶつかり合う。


 ナボコフが歯を食いしばり、剣を振り下ろし……

 もう片方の手で、もう一つの『剣』を抜く。


 ディも、もう片方の拳で対応する。


「斬る!」

「やられるわけにはいかない!」


『そうあれかし』と望み合う。

 互いに相反する二つの結果を志し、人々から捧げられた願いによって奇跡を起こし合う。

 一瞬にして無数の衝突が起こり、衝撃の余波は周囲の者たちを吹き飛ばす。


 だがしかし、人の願いを根幹にする二人の力は、互いの後援者だけは傷つけない。


 これは、神と神との戦いなのだ。

 人の願いにより、生み出された神。ディとナボコフ。ともに人類の希望。

 この同格の二人がぶつかり合う現状、その結末を決めるのは──


「コンピューター様、万歳! Sランクの権利を行使する!」


 ナノマシンがうごめき、地形が変化していく。

 ナボコフの軍が展開する正面で、ディの軍がせりあがった壁によって分断されていく。


 ──願い、それに加えること、『権利』。


 人々に願いを捧げられ力を得たこの二人は人造の神である。

 だがしかし、その一方で人である。人であるならば、すでにある神の寵愛を得ている者の方が有利。


 そしてディは己の意思で神の寵愛を手放している。

 いかに神を気遣ったがゆえの『神への叛逆』だとしても、その寵愛を向ける相手は厳格なルールで決められている。神が神自身に課したルールは絶対だ。


 だからこそ、ディが勝利するには──


「分断された部隊の者たち──お前たちを、Sランクとする」


 ──威の分配。

 この世界の神を見本とした、力の分配。


 それは限りある力を分ける行為だ。

 だからディの速度が鈍り、出力が鈍り、身にまとう奇跡が鈍る。


 多くの者の願いを一身に背負うナボコフと一対一で向き合っている状況で、あまりにも不利である。


 だがしかし、


 ナボコフの剣が弱まったディに迫る。


 ──異界渡りディメンション・ウォーク


 ナボコフの成す『奇跡』。

 それに応じる可能性は、『神殺し』。


 最上位にほど近いであろうイリスを数百回殺した時の力。

 ディが最初に渡った可能性。


 それが、人の身にほど近い力で、神たるナボコフの攻撃を予測し、さばき、いなす。


「……ああ、よかった。やはり、使えるか」


 ディは才能のない者だ。

 だから、どこかの『可能性』に渡ると、何かを犠牲にして、何かに特化している。

 ディの『異界渡り』の本質をたとえるならば、最大値の決まったステータスの割り振りであり、同じく最大値の決まったスキルポイントの割り振りだ。最大値が100で、攻撃力に100を振ったら、防御力は0になる。そういうものこそが異界渡り。凡才のディが至れる先の限界。

 だが……


「やっぱり、この力は──シシノミハシラで『肉を喰って得た力』、それに、この世界で『人から希望を贈られて得た力』は、『今、ここで得ている力』なんだな。俺が別の可能性に至り、別な未来に至っても──みんなと過ごした思い出は消えないし、得た信頼も、消え失せはしない」


 実感する。

 肉を喰った日々は可能性を広げた。

 ここでみんなと信頼を寄せあった日々も、可能性を広げた。


 ディの能力が100の数値を割り振るものならば──

 異世界で過ごした日々、肉を喰い、人々と信じあって集まった『信仰』は、ディが所持する数値そのものを増やすことができる。


 ディは、小ぶりなナイフを抜く。

 それは神どころか、死んだ獣の肉を裂くにも頼りない代物だった。


 だが、それを構えたディは、女神イリスさえ殺してのける。

 ……しかし、構えてみて、同時に、理解する。


(この『可能性』では、ナボコフは倒せない)


 ディのあだ名ともなった『神殺し』。

 この『可能性』はそれを成すが──『殺し』に特化しすぎているように感じられた。

 生かしたままのす・・ことは難しい。


 だからディの狙いは、


「さあ、ナボコフ。俺の仲間が、そっちの仲間を──お前に捧げられている『願い』をうちのめして、お前を弱める」


 神は信者があって成り立つ。

 その信者を、自分の信者によって倒させることで、神の力を弱めることができる。


 仲間に神の『威』を分配し、信者を倒させ……


「そうして弱まったお前を、『倒す』。それまで──せいぜい俺は、お前に殺されないようにするよ」

「出来ると思うかァ!?」


 攻め時と見たのだろう、ナボコフが斬りかかってくる。


 ディはその攻撃を見切り、避けながら──


「思うさ。だって、俺は仲間を信じてるから」


 仲間の活躍を待つ。


 一身に願いを集めたナボコフと、仲間に願いの力を分配したディ。

 どちらが勝つか──


 信仰と信頼を巡る、宗教戦争が始まった。

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