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第64話 神の戦い、人の戦い

 光剣こうけんのナボコフ。


 この絶望的な世界に生まれた英雄。

 Fランクとして生産された彼は、グニズドーの攻略の時、手にした武器を破壊され、死にかけた。

 だがしかし、その時に彼は、壊れた銃から光の剣を生み出すに至ったのだ。


 気の産物。

 人が本来持っているはずの──しかし、この世界においてはバグが起こらないと実装されない機能。

 コンピューターという『不完全な神』の手からこぼれた再現性のない人類。それこそがナボコフであった。


 ……だが。


 この手のバグは起こるのだ。

 この世界は資源に乏しい。そして、この世界の神は不完全である。

 バグは起こる。たとえばサシャというFランクが、誰もがインストールされて生まれて来る『文字を読む』という機能を持っていなかったように。


 ただし、バグは基本的には歓迎されない。

 この世界のヒト生産プラントは、そもそも『現在ある資源の中でもっとも人類が存続・繁栄しやすいように設計されたヒト』が生まれる。バグというのは潰すべきものである。たまたまいい方向に転がったバグが、この十年でナボコフ一人であったという事実から考えれば、そしてナボコフを『量産』できない事実を鑑みれば、バグなど潰されてしかるべきなのだ。


 本来、バグが起きれば、『何か』が正規生産品より劣っている。


 ……実際のところ、光剣のナボコフもまた、いくつもの陥穽を抱えていた。


 最初、彼は言葉を発することができなかった。

 言語機能に異常があったのだ。


 最初、彼は体が小さかった。

 成長促進剤がうまく働かない特殊な抗体を保持していたのだ。


 そして、彼はそもそも──銃を扱うことができなかった。

 狙いをつけて、引き金を引くということができなかった。『狙いをつける』『引き金を引く』──つまり、『狙いをつけた状態を維持しながら、引き金を引く』ということが、できなかった。

 同様に、『目標Aを達成、その状態を保持したまま、目標Bを達成する』ということができなかった。


 どう考えても死ぬはずだった生命。


 ……ただし彼は、目の前のこと、一つの目標に対する集中力が高かった。

 その性質が光剣を生み出すに至り……


 その性質ゆえに、目の前の命を救い続けた。


 そうして、願いを捧げられた。


『光剣のナボコフ』

『人類の英雄』

『我らが希望』

『この曇った世界に輝く太陽』


 願いによって、彼は『かくある』。

 生まれつき持っているはずの、しかしどうしても修得できなかった機能を修得する。

 目の前のことにしか集中できず、まともな動きさえできなかった彼は、長期的な思考能力を得た。

 努力もあった。だが、それらは本来、努力だけで解決できる問題ではなかった。生まれついての脳の機能の問題だからだ。


 しかし、彼は、目の前の命を救い続けた。

 そうして英雄たれと望まれて、英雄らしい者になった。


 聡明で、頼りがいがあり、その背中は大きく、常に脅威に向けて最初に突撃する。

 出れば勝利する。何者にも負けない。

 そういう──多くの人が、この絶望的な世界で望む『英雄像』を体現していったのだ。


 その英雄が、


「ディィィィィィィィィ!!!」


 剣を振る。

 光剣を、一心に振る。


 対するは徒手空拳の『神殺し』。


 ディは光剣を半歩退いてかわし、ナボコフの手首を抑える。


『かくあれかし』


 ナボコフの手首が消え失せる。同時、ディの首筋に剣が迫っていた。

 願いを捧げられた人造の神『英雄ナボコフ』がディを殺すと決めた。それゆえに、因果だの物理法則だのは、その決定に合わせてゆがめられる。

 失敗はなかったことになり、願いの叶わないルートは通らなかったことになる。

 振り下ろし、避けられた──なんていう事実は存在しない。最初から首に向けての横薙ぎだった。そのように事実を歪曲させる神の権能。


『さにあらず』


 だが、その権能を否定し拒絶するのが『神殺し』。

 結果を決めてから行動を起こし、世界にさえ無理筋を通す神という存在に対し、あっけらかんと異を唱える。


 首筋に迫った光剣を、ディは両手で挟み込むようにとる。

 剣それ自体が気で出来ている。触れれば焼ける。触れれば斬れる。

 だから両手に気をまとう。


 互いの気と気がぶつかり合い、雷のような音が周囲に響く。


 ナボコフは剣に力を込めながら叫ぶ。


「何をした、ディ!」


 ディは応える。


「何もかもをだ」

「……こいつは……!」

「『神殺し』──『こういうことが起こる』と決めつける神に、『いいや、起こらない』と反論するだけの力だよ。まぁ、つまりこの攻防において……」


 神の権能は『かくあれかし』と望みを叶えるものである。

 奇跡を起こすのが神の御業。


 で、あるならば。


「『たとえ奇跡であろうとも、お前が俺を殺せる可能性は存在しない』ってことだ」


 努力によって奇跡の余地を潰す。


 いかに奇跡を引き寄せようが、奇跡でさえ起きないことは存在する。

 であるならば、そうする・・・・


『神殺し』の正体は、あらゆる可能性に渡ることにより、神の奇跡を潰す『人間』である。


「あらゆる奇跡を起こせよナボコフ。奇跡なんかじゃ俺は殺せないって証明し続けてやる」

「ほざけ!」

「さあ、互いの可能性を比べ合おう。──努力のしがいがあるな!」


 神と人の戦い。

 ディを殺せる可能性が皆無な一合を終え、また、次の一合に『奇跡』を探す。



 彼の前には光剣隊が存在した。


「いやはや」


 つい先日までEランクだった彼は、ディについてから一気にCランクまで昇進した。

 それを手放したんだからさっきまでの自分は熱に浮かされていたと思う。

 とてつもなく後悔している。


 そして、


「こいつはまさしく──」


 その、手放すべきではないものを手放した感覚。腹の底が冷えて、足が震えて、『どうしてさっきまでの自分は、あんなに愚かなことをしてしまったんだ。戻ってやり直すなんてできない。進むしかないんだぞ』と自分で自分を大声で罵倒したくなるような、この退くも避けるもできない過酷な一本道に入ってしまった状況──


「──生きてるって感じがしますねぇ」


 とてつもなく、高揚していた。


 ……よくある名前を持って出荷された、よくいるEランク市民。

 生まれて一週間ももてばいい方と言われる、死ぬために生まれた生き物。


 彼はもともと『死』を求めていた。

 なんの因果か偶然にも生き残ってしまった。一年間もだ。早い段階でこの世界に希望なんかないと気付いたのに、死ぬに死ねずに生き延びた。だから、『死』を求めていた。


 ……彼には『バグ』がある。


 コンピューターに製造された人間には、基本的に『生きたい』という欲求が備わっているものだ。

 それは人間にそもそもある生存本能なのだ。どのような世界でも人は生きたいと願うものである。それが、彼には実装されていなかった。

 ただ同時に自殺もなんだかもったいないな、と思う感性があった。いろいろなバランスがかみ合って偶然生きていた、そういう人物。


 その彼が、拳を握る。


 彼もまたディのもとで拳による戦いを教わり、それを修得できたうち一人。

 コンピューターの計算外である『バグ』を抱えた者であり、それゆえに様々なものを失っていた。


 その彼が、


「最高に生きてりゃ、最高に死ねる。ようやく休むにしても、せっかくだから、いい具合に死ななきゃもったいない。そうでしょう、みなさん」


 ナボコフのSランク権利行使による、ディの部隊の分断。

 そうした中で彼のもとにいたのは、彼の近くにいた者──彼に共鳴した者。ようするに、


『いい具合に死にたい』連中。


「相手を殺すなとディ様は仰せだ。やれやれですよ。無茶を言うなって感じです。はぁ、心底嫌だ。面倒くさいったらない。逃げたい。やっぱ、死にたくない。──だからここで死ねたら最高だ」


 破綻した論理。

 だがしかし、狂信からの殉教者とはこのようなものである。


 殉教者たちが立ち上がる。

 目の前にはナボコフ直下最強の『光剣隊』。


「印象に残る最期にしましょう」


 狂信者が静かに立ち上がる。

 拳を握り、剣に挑みかかった。



 また別な場所──


「あの、どうして私が指揮官なんでしょう。私は……ディ様のメイドですけど」


 サシャが周囲の仲間に問いかける。


 仲間たちは目を見合わせ、口を開いた。


「だって、ディ様のお気に入りじゃないですか」

「ディ様のSランクにされたの、ここらじゃサシャ様だけですし」

「やったりましょう」

「ええ、やっちまいましょう」


「みなさんの方が戦った経験あるでしょう!?」


「戦いなんて『突っ込め!』でいいんです」

「誰が『突っ込め!』って号令をかけるかです」

「そんならむさくるしい男よりも、綺麗なお嬢ちゃんがいい」

「サシャ様、最高!」


 サシャは今まで想像もしなかった扱いにめまいを覚えそうになった。

 確かに自分を磨いていた。だがそれはあくまでも、ディの方向を見てのことであり、自分を磨き続けた結果、自分に対する視線や扱いが変わることは、彼女の想像の外にあったのだ。


「でもやっぱり、そのー、あるじゃないですか、機微? みたいな……」


 サシャはメイド・秘書として自分を磨き続けてきた。

 ディのランクが上がってからは、ディについて行かず、領地でメイドとして自分を磨き、ディのいない場所を守ることこそが『尽くすこと』だと信じ、そうしてきた。


 ……生き残るために嗅ぎ取った『ディ』という可能性。

 だがいつの間にか、これに尽くすことそのものが喜びとなった──というのは、この世界で生きる者たちがみな、潜在的に持っている特徴のせい、ではある。


 この世界の人は神を生み出すことができる。

 だが、自身を神にはできない。……無意識に、探すのだ。信仰対象を。頼るべき相手を。


 あるいは──『親』を。


 工場で生まれ、成長促進剤を打たれて適齢になり、そうしてわけもわからず死んでいく彼女たちは、自分が愛する人を、自分の愛を向けるに足る人を探す。

 それがサシャや多くの人にとってディであったし、また、別の多くの者にとってはナボコフだった。


 ……そしてサシャは信仰を捧げる──ディへの『礼拝』のため己を鍛えた。

 だからメイド・秘書業務については『まかせてください』と言えるような心の強さを得たが。


「戦闘は、ちょっとぉ……」


 努力した自信のないことにかんして、元の卑屈で気弱なままである。


 だがしかし、


「いたぞ!」


 敵は、サシャが決意を固めるのを待ってはくれない。


「うひっ、ひっ、き、来た、来たんですけど!?」


「サシャ様、今です」

「今、ほら銃持って」

「走りながら、ほら」

「ついてきます、ついてきますから」


 兵たちに促され、サシャはぶるぶる震えた。

 怖い。自信がない。命なんかあずかれない。今、命の大事さを知ったんだから、そんな無責任なことなんか……


「…………う」


 だけれど。

 努力をした自信のない分野については前のままの彼女は──


「うあああああ! と、とつげきいいいいい!」


 ──死が迫ると、生存の可能性に向かって突っ込む彼女のままである。

 ディとのツーマンセルの時、弾切れの銃で怪物に殴り掛かったように。


 号令一発、誰よりも最前線で駆けて行く。


「突撃ぃ!」と兵たちが続く。

 ナボコフの部隊が相手の急な行動に驚き、銃を構える。


 ここでもまた一つ、戦いが始まる──

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