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第65話 信仰と信頼

 ある場所での戦い。


 分断されたディの軍がいる場所には、あらかじめそこで備えていたナボコフの軍がいた。

 それはそうだ。Sランクで購入できる権利を利用しての分断なのだ。あらかじめ考えた場所に分断し、あらかじめそこに部隊を配置しておく。


 英雄ナボコフは『英雄たれ』という願いをかけられて存在している。

 その軍略に瑕疵などあろうはずもない。


 だからこそ、分断された軍にとって、ナボコフ軍と向き合うことは『死』だった。

 ……しかも、軍団長のディの意向で、自分たちを殺そうと備えているこの英雄の軍を、殺さずに抜けなければいけない。


 無理難題だ。


「放て!」


 ナボコフ軍が号令一喝、手にした小銃を斉射する。

 やや高い場所から、すり鉢状の穴の中にいたディの部隊を相手に放った斉射である。回避のしようもない。


 煙と砲火があたりに広がり、けたたましい音が残響する。

 もうもうと上がる白煙が晴れるまで、ナボコフ軍指揮官は油断なくそこを見据えていた。


 ……この指揮官もまた歴戦の者。

 才能が──バグがなかったがために光剣こうけん隊にこそ所属できなかったが、英雄ナボコフに惚れ込んで、彼とともに戦い続けてきた者である。


 だから、英雄の指示による出撃で、彼が油断することはない。

 必殺の状況。必殺の戦術。慢心も油断もない指揮官。兵卒に至るまで、自身が英雄ナボコフの手足であることに誇りを持っている。


 ちょうど、ディの軍が、そう思っているように。


 負けられない理由は、どちらにもある。

 で、あるならば、


「いやー……死ぬかと思った」


 この戦いの勝敗を分けるのは。


 ディやナボコフ──彼らの『神』をどれだけ信じ、神にどれだけ尽くすか、ではなく・・・・


「すごいな、『ディさんのSランク』」


 神からどれだけの権能を分け与えられているか。

 彼らの神がどれだけ身を削り、自分の力を分けているか。


 それが、勝負を決める。


 ディは己が行使するべき『神としての力』を自分の部隊に分け与えた。

 その結果、


 バグが広がった。


 この世界のコンピューターの想定しえぬ挙動。

 人は人を神に出来る。その機能はあえて取り除かれていない。だが……


 神とされた人が、自分を神とした人を、神にしようとする。

 信仰の循環参照。


 ……誰か一人が神となり君臨するのではなく。

 誰もが努力と勇気によって、神に届きうる。


 ディの考えをそのまま形にしたような信仰の捧げ合いにより、バグのないはずの『正しいヒト』が……


 気を、扱うに至った。


 気。魔力。神力。あるいは他の呼び名をされる、いわゆる『科学・物理』ではないエネルギー。

 本来、ヒトはそれを持っていた。だが、技術が積み上がり、『不思議』が消え失せるにつれ、それは消え去って行った。

 もはや神話、伝説──否、そこまで立派な呼び名がつかない。『与太話』『都市伝説』『四方山よもやま話』のたぐい。『気』。


 この技術が発達し、コンピューターが管理する、夢も希望もない世界で。

 銃器が武器として認識され、ドローンが飛び、ナノマシンが空気中に漂う世界で──


 気を扱う、御伽噺の軍隊が誕生している。


 気で銃弾を弾く。

 気を用いて急加速し、急接近する。


 銃を持った軍隊が、素手の集団に圧倒される。


 ……なぜ、『気を扱う拳士』だったのか?

 この世界でディがたどり着いた可能性が、なぜ、拳足けんそくで戦う者だったのか?


 その理由は──


 ナボコフの軍を殴り倒す。

 嘘みたいで、夢みたいで、冗談みたいな戦果を挙げて、


「……」


 拳を握りしめる者がいた。

 己の拳をじっと見つめる者がいた。


 ……あるいは、彼が見ているのは『拳』ではなく。


「……そうか。そうなんだ」


 どれほど絶望的な世界でも。

 どれほど、何も得られない暮らしでも。

 どれほど理不尽に奪われる場所でも──


 拳を握れば、抵抗できる。


 力をダイレクトに、実感できる。


 手の中に握りこんだもの、その名は──


 ──希望。



「ディィィィィィィ! なぜだ! なぜ、貴様は、そんなにも余裕なんだ!?」


 光剣のナボコフが、ディへと斬りかかっている。


 周囲にはナボコフの部隊もいた。けれどもう、この二人の戦いに誰もついて来ることができない。


『かくあれかし』

『さにあらず』


 神たるナボコフが奇跡を起こさんとする。

 だが、『奇跡であろうが、そんな可能性は存在しない』とディが否定する。


 繰り返す。


 繰り返せば繰り返すほど不利になるのが人の側。

 疲労、集中力の乱れ、あるいは尿意などの生理現象。『奇跡でさえも及ばぬほど完璧な対策をし続ける』という神への対処方法は、ヒトの側が疲労などで弱ればたちまちに堅固さを失う。


 神と人との戦いならば、追い詰められているのはいつだって人の方だ。


 ナボコフは己に力が充溢しているのがわかった。

 ディに力がほとんどないのも、わかった。


 だというのに、ディは余裕のある微笑を浮かべながら、奇跡でさえも及ばないほどの防御を続けている。

 だが、


「余裕なんかないさ」

「では、その笑みはなんだ!? 私を馬鹿にしているのか!?」

「馬鹿になんかしていない。あなたには敬意を払っているよ──まぁ、クソガキだとも、思うけれど。そうじゃなくてさ」

「なんだァ!?」

「──楽しいだろ」

「……何?」

「努力が実を結んでいるのがわかる。一回、拳と剣を合わせるごとに、『死』がそばを横切っているのがわかる。だが、乗り越えている。……努力をしてきてよかったなって、実感するよ」

「……貴様は、狂っている」

「最近、周囲の反応でそう思われていそうだなと感じることも増えた。でも、楽しくないか?」

「……」

「持てるすべてを出し尽くす戦いだ。しかも、相手が尊敬できる人なんだから──楽しいに決まっているだろう」

「……」

「あなたは楽しくないか、英雄ナボコフ」

「神の寵愛と身命を懸けた戦いだ。楽しむなどという不義は働けん」

「そうか、まじめだな。何回かやれば楽しむ余裕も出るぞ」

「こいつ!」


『かくあれかし』

『さにあらず』


 神と人が離れ、ぶつかり、また離れる。

 衝撃が大地を揺らす。高まる神意が周囲に圧力となって降り注ぐ。


 そこに、


「ディ様!」


 最初にたどり着いたのは、サシャだった。


 分断されていた部隊が、敵対者を倒し、ここに再び現れる。

 貸与されていた『ディという神の力』が戻ってくる。


「ディさん!」


 また一つ、部隊が顔を出す。

 またディに力が戻る。


 一つ、一つ。また一つ。

 ディが分けていた力が、ディへと帰ってくる。

 対して──


「ありえん……!」


 ナボコフが光剣を振る。

 だが、その剣はディの片手でつかまれた。


「盤面は詰みだ。耐えしのいだ俺の勝ちのようだぞ、英雄ナボコフ」

「っ……」

「降参するか? それとも、最後までやるか?」


 ディから突き付けられる選択肢。


 ナボコフは、理解させられた。

 ……明らかに、力が落ちている。もう、ディに届く奇跡が起こせないのが、わかる。


 自分を信じてくれた者たちが、倒されている。

 ……こんな戦いに、抑えきれない感情を振り回すような戦いについて来てくれた人たちが、倒されているのだ。


 だからこそナボコフは──


「……選ぶのは」

「……?」

「どちらでもないッ!」


『『かくあれかし』』


 ヒトの願いによって生まれた人造の神が二柱。

 互いに奇跡をぶつけ合う。


 ディはあくまでも『ナボコフを穏便に倒すため』に。


 そしてナボコフは──


「……しまった」


 ディのつぶやき。

 すでに、ナボコフの姿は──遠い。


 彼は、残された力を使って、逃走を開始した。


 情けない姿で間違いない。

 勝負をつけるでもなく、負けを認めるでもなく、逃げる。幻滅されるような姿だ。


 ……だが。

 英雄が積み上げてきた信頼は、その程度では損なわれない。


 ディの前に、『ナボコフ軍』が立つ。

 英雄に捨て石にされた──などと思っている者は一人もいないことが、目つきでわかった。


 あの英雄が逃走を選んだのだから、それは何か意味があることで。

 だから、英雄が『意味』を成すまで、自分たちがここを守る。命懸けでも、守る。……そういう顔つきだ。


「これを殺さずに倒すのは、骨が折れそうだ」


 彼らが折れる『可能性』が見えない。


 ……だが、ディもまた、一人ではないのだ。


「ディ様、ここは、私たちが引き受けます」


 サシャが隣に立つ。

 ディは彼女をちらりと見て、


「戦いは好きではないと思ったが」

「好きじゃないけど、やってみたら案外できるものでした。……それに」

「?」

「引き受けるって言ってるんだから、ぐだぐだせずにさっさと行ってください。その方が──『信じられてる』感じがしますから」


 ディは、思わず笑った。

 こんなもの、笑顔にならずにはいられなかった。


「……わかった。任せる」

「はい。お任せください」


 オーダー通りに走り出す。

 折れない。どかない。奇跡でも阻めない、ナボコフを守る軍。


 だが、ディの仲間たちが、ナボコフ軍という壁がどく『奇跡』を生み出す。


 かくしてディとナボコフの戦いは──


 コンピューターの鎮座する壁の中へと、移っていく。

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