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第73話 一時的な帰郷

 ディが渡った世界、そこは──


「ディ!?」

「帰ってきやがったのか!?」


 ──冒険者・・・ギルド・・・


 ディが生まれ育ち、苦境を乗り越え……

 アーノルドと、それを依り代に降りて来た神、インゲニムウスを倒した世界。


 ディはざわめく冒険者ギルドの入り口で、手を握り、開き、また握り、また開く。


(あの世界──ナボコフと戦ったあの世界での肉体は、『あの世界の俺』のものだった。だが、今は、『俺のもの』だ。そう見た目が変わるわけではないが、なんとなくわかる)


 この自分の肉体にしばらく『いなかった』はずだった。

 だが、肉体はどこかに放置されて朽ち果てているということもない。神の肉を喰らい充溢した肉体のままだし……


(あの世界で人々の願いを受けて神になった。その残滓みたいなものも感じる)


 ナボコフとともに、その世界の人の願いを受け、神と化した感覚が残っている。

 ……さすがに世界が違うので、あの世界の人たちの祈り──神の力までは持ち越せていないように思える。だが、残っている。『この肉体』ではなく、『あの世界の肉体』で受けていたはずの力、それを扱った感覚が、手に、足に残っているのだ。


(……『異界渡りディメンション・ウォーク』)  


 知識は、多少・・流入するようになった。

 ある知識を意識して引き出そうと思うと、その知識について書かれた本のページを開くかのように、知識が流れ込んでくる──そういう感じだ。


 だが今、『異界渡り』という己の能力について調べようと思っても、『ページ』は開かない。

 ぼんやりしすぎているのだ。もっと詳細に『異界渡りのこの要素について』と調べなければならないのだが……


(『異界渡りの最中の肉体について』……こうではないな。『異界渡りの時に肉体がご当地のものになる場合があるのだが、その時のもとの肉体について』……これでもダメなのか)


 何かこういった要素を表す一つの単語がありそうで、それを知るまではわからない、という雰囲気だ。

 ならば、


(『異界渡りをしている最中の肉体の扱いについて、一単語で表す方法』……うん、やはりだめか)


 万策尽きた……というほどでもないが、今、急いで考えるべきことでもないとディは判断した。


 ……今、急いで考えるべきこと、それは。


「何も言わずにいなくなってしまったから、こっそりあいさつに戻ったのだが──ずいぶん、閑散としているな?」


 冒険者ギルドの、閑散とした様子。


 ディのホームである街は王都にも近い、都会だ。

 冒険者ギルドはいつも人でごった返している。……まぁ、大勢が仕事に出かけている時なんかはそこそこ空くこともあるが、みんなが仕事に行っている最中も一定数は酒盛りをしているはずだった。


 ところが今は酒盛りをしている者が誰もおらず、みなの表情がどこか固く、暗い。

 この様子は──


(最初のころのサシャのようだ)


 あの滅びかけた世界で最初に出会った『Fランク』。

 その後、メイドになったり秘書になったり、特攻したりしたサシャ。

 彼女、あるいは出会った当初のイワンらのような、何をしてもこの先に絶望しかなく、迂闊に声を上げると寿命が縮むと、そういう暗い気持ちがべったりと心の奥底にこびりついている、そういう雰囲気を感じるのだ。


 いったいどうしたのかと聞き出そうとしたところ、


「ディさん! 無事でしたか!」


 冒険者ギルドのカウンター奥から、ディを見つけて慌てて出て来る女性がいた。


 大きすぎる眼鏡をずり落ちそうにさせながら走ってくるその女性は、


「アンネか」


 ディのなじみの受付嬢、アンネである。


 ディは彼女がそばに来るまで待ち、口を開いた。


「なんだかいつも『無事だったか』と心配されているような気がしないでもない」

「それはあなたがいつも危険なことを平然と──ではなく! あの、あれからいろいろあって……でもなく……! と、とにかく、教会の人にはもう会われました?」

「いや、戻ってすぐギルドに来た。突然いなくなったことを謝ったらまた別なところに行こうかと──」

「教会の様子が、おかしいんです」

「──ふむ? ……興味があるな」


 おかしい。


 ……それはまあ、おかしいだろう。

 何せ教会が崇めていた神は、ディが殺してしまった。


『才能を与えし者』インゲニムウス。

 その実態は人の可能性を定め、狭め、『勇者』が気持ちよくなるためだけの舞台を形成しようとする女神であった。

 だがしかし、長くこの世界で信じられていた神ではあるのだ。……それをあんな大勢の前で斬られては、おかしくもなるだろうが……


 どうにも。

 そういう話では、なさそうで。


「最近、教会が……問答無用で、いろいろな人を勝手に捕まえて、教会に閉じ込めて……」

「……なんでまた、そんな乱暴なことを? そもそも、そこまでの狼藉を王宮が許すとは思えないが」


 王宮所属の将軍とは会話をしたことがある。

 たった数分言葉を交わしただけだが、あのヴォルフガングという将軍がそのような横暴を許しておくとは思えない。


 アンネは視線を床へ向ける。

 それはどこから言ったらいいのかを迷い、言葉を探している様子であった。


 ……そうして、たっぷりと言葉を探したあと、


「『神託』なんです」

「……神の託宣、のこと……だよな?」

「はい。……神は斬られたと、現場にいなかった私たちも、知っています。でも……出たんです。新しい神が」

「……」

「それも──現人神あらひとがみが」


 ……すぐに発つ、一時的な帰郷のはずだった。


 だが──


(──そうも言っていられない何かが、起きているな)


 次に倒すのは、現人神……


 なのかも、しれなかった。

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